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 岩場はまだまだ続く。だけど、この先にはきっとあの場所が待っている。
 なんてラッキーなんだ?蘭が見つけた海が偶然ここだったなんて。
「蘭にすっげー見せたいものがあるんだ」
 嬉々として言う。
「え?ここ新一知ってたの?」
「それがさ、ずっと前から来たかった場所なんだな」
 蘭と、な。
「小さい時に親父たちに連れてこられてさ、」
 そして例のロマンスを蘭に話して聞かせた。

「へぇ、そうなんだ。おじさまとおばさまの出会いの海かぁ…。でも、なんだかそっくりで笑っちゃう」
「そっくりって?」
「さっき追いかけて来た車、後の方ね、あれ多分芸能レポーターだよ」
「芸能レポーターってなんで蘭なんて追っかけてんだよっ」
「また新一怒るかな?」
「ん?蘭、またオメー…アイツとなんかあったのか?」
「なんにもないわよー!…もう新一までわたしのこと信じてくれないの?」
 蘭が頬を膨らませて睨んだ。なんかあったなんてオレ、全然思ってないぜ。だけど、つい言っちまうんだよ。…それはオメーのことが心配で心配でたまらねーからだなんて言えねーだろ?
 蘭のジト目が次第に悲しそうな表情に変わる。ついには立ち止まり涙目になって。
「わたし、なんか甘く見てたのかな。映画に出るってこと。はじめての現場が楽しくて…そりゃ上手く行かないことも多くて戸惑ったり泣いたりもしたけど。でも演じるのって楽しかった。それから出来あがったの見てすごく感動したの。自分が自分じゃないみたい。監督さんも裏方さんもみんなスゴイって。…でも、それで終わりじゃなかった。キャンペーンや取材、映画なんて全然関係ないような質問もいっぱいされて。プライベートまで色々聞かれて。笑いたくないのに笑わなくちゃならなくて。すごく疲れて、それで、それで………」
「蘭…」
 震える蘭を抱きしめる。今、蘭のそばにいることができて、…よかった。
「あの草場さんとも、あのあと二人で会ったことだってないんだよ。だけど噂されるようになって。色んなこと言われるの。ほとんど嘘ばっかり。…それで今日も憂鬱で。こんな毎日なんてもういやで。そしたら、新一に『海へ行こう』って言われたの思い出したの」
 言うこと言ったらスッキリしたのか、蘭の笑顔が少し戻った。
「そんな蘭にプレゼントするよ。とっておきをなっ」
 更に手をつないで先へ進む。海はもうすぐそこだ。

 陽が随分傾いて来ていた。
 最後の岩場をようやく見つけ、先にその場に立った。
 …ああ、これだった。これをオレは見たかったんだ。

「じゃ、そこで目ェ閉じて」
 蘭は大きく頷く。
 そういえば、昔の映画であったな。花嫁を抱きかかえて家に入るって。あの映画の台詞「愛とは決して後悔しないこと」…なんか覚えてる。でもその意味は今のオレにはわかるはずもなく。
 目を閉じている蘭にそっと手を差し伸べる。ゆっくり抱きかかえる。目の前にある蘭の顔を見ていると、このままこうしているのもいいなと思ったりもする。
「新一?」
 …駄目だ。オレは蘭に夢中だ。よからぬ妄想と闘いながら、蘭を岩場に降ろした。
「もういいぞ。目、開けてみろよっ」
 蘭は、陽の光を浴びて輝いている。特等席から見るこの景色よりも、もっとずっと綺麗だ。
「すごーい!!」
 風になびくその黒髪も美しい。見とれてしまうのは海よりも蘭の方だった。
「すごいね、すごいねっ」
 蘭は子どものようにはしゃぎ、同じ台詞を繰り返した。
「こんな綺麗な海ははじめて。なんて素敵なのぉ!!」
 でも、一番は、蘭、オメーだよっ。

 岩場に腰掛け、贅沢な二人の時間を過ごす。
 二人のほかには誰もいない。それでも照れてる自分に苦笑しながら蘭の肩を抱いてみたりする。鼓動が聞こえる。それはオレの鼓動なのか蘭のものかがわからないくらいに近くに蘭を感じている。そしてどちらともなく口づけを交わした。
 時よ止まれと心で唱えてみる。

 寄り添っていると蘭の香りが届く。香水?あの日と同じ香り…。
「香水つけてる?」
「あ、いい香りでしょ?これ。気に入ってるの」
「プレゼント?」
 蘭は悪戯っぽくフフと笑った。
「お母さんよ。あ、でもこれ香水じゃないの。オードトワレよ。ディオリシモっていうの」
「なんだ、そっか…」
「安心した?」
「え?なにがだよ?」
 フフッとまた意味ありげに笑う蘭。ちょっと艶っぽくて。

「もうすぐ日暮れかな?空が赤く染まってきてる」
「う、うん…」
 日暮れ。この言葉にハッとしていた。なにも考えずにここまで来たけど帰りはどうするんだ?真っ暗になったら、この岩場だらけの道は危ないし、自転車は再起不能だ。更にあの小さな駅に電車は何本来るんだろう。果たして今日中に帰れるのか?
 もう、いっそどこかに泊っちまうってのも手だな。
 …二人で泊る?想像すると、顔が赤くなった。
「なに?新一。ボソボソ何言ってるの?」
「え?いや、その。もう帰らないと……」
「そっか。暗くなると危なそうだしね。残念…」
 立ちあがろうとする蘭を、もう一度引き寄せ抱きしめる。
「新一…」
 胸の中で蘭が幸せそうに微笑んだ。
「このまま朝までいっしょにいられたらどんなにいいだろ…」
 何気なく呟いた言葉の大胆さに蘭は気づいていなかった。オレだってこのままずっと蘭と……。黙りこんだオレの様子にハッと我に返った。
「あ!やだやだ。そういう意味じゃなくって。やだ、もう、新一ったら…」
 おい、オレは何にも言ってねーぞ。
 だけどそうやって真っ赤になる蘭がとても可愛くて。ついいつもより素直になれたのかもしれない。「ホントに朝までいっしょにいようか?」──なんて。
 そんなふうについ口を滑らしたから、二人とも胸が高鳴って言葉が見つからない。
 その時、目の前のパノラマに目を奪われた。
「あ、見て、新一。日が暮れていく。ホラ…!!」
 夕陽が沈んでいく。ちょうど水平線上、宝石のかけらのように輝く太陽。弧を描く海。空も海も風も、それらすべてが二人だけのものになった。
「蘭、ちょっと寒い台詞言っていいか?」
「え?なに?」
「笑うなよ」と釘を刺して。それでも顔が火照るのがわかった。
「いつか結婚しよう。この夕陽を指輪にかえてオメーにプレゼントする!!…ホラ、手を出してみな」
 蘭は呆気に取られたまま手を差し出す。
「バーロー!右じゃなくて左だって。左の薬指。そういうもんだろっ?」
「あ、ごめん…」
 そして蘭の手を取って太陽にかざす。夕陽が宝石のように蘭の指を彩った。
 これは約束。いつの日か必ず……な?
「ホンモノはもうちょっと後でな。誕生石は…えーっとエメラルドだっけ?」
「うん。…宝石言葉は『過去と未来を知る』って言うんだよ」
「過去と未来を知る石、かぁ」
 その時、蘭の目に光るものを見た。…大粒の涙。きっとその涙はエメラルドなんだよ。またしてもこの夕陽よりも綺麗だ。おまえの勝ち。

 その特等席をあとにして、オレたちは歩き出した。途中真っ暗で道を見失いそうになりながらも、二人でいれば不安はなかった。つないだ手は決して離さない。ようやく壊れた自転車を隠した場所までたどりついた時には、頭上には星が瞬いていた。
 さて、ここからどうしよう。思案していると、つないだ蘭の手に力が入った。
「あっ、流れ星!!」
 慌てて目を閉じて願い事をしている。
「暢気に星見てる場合じゃないぜ?」
 半ば呆れ半ばそんな蘭を愛しく思いつつ。
「なんて願い事したか知りたくないの?」
 蘭は意味深長に笑ってみせる。
「なに願い事したんだ?」
「ふふふっ、ヒミツ」
「おい、コラ」

 それは星だけが知っている。
 二人の願いを叶えて欲しい。
 それは特別なことなんかじゃなくて。一緒に笑い一緒に泣き、そして一緒に歩いていきたいと、ただそんな願いごと。いつかじゃなくて今から。いや、今からじゃなくてずっとずっと小さい頃から──その願いは変わらずに。
 見上げた二人に星たちが一斉にウインクした。

 

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