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 暗闇を二人、ひたすら駅へと歩いていた。ずっとずっと先まで暗闇は続いている。
「電車何時まであるのかなぁ」
「うん、もうないかもしれねーな」
「え、じゃ、どうするの?」
 どうするかなぁ…。こんな田舎じゃ泊るトコだってないような気がする。探せば民宿くらいはあるかな。
 通りかかる地元の人にでも尋ねたいところだが、誰ともすれ違わない。
 途方もなく、海岸線の国道を二人どこまでも辿っていた。

 そんな二人の前方からやっと人影が近づいてきた。それは自転車。
 すかさず声をかける。
「あの、すいませんっ」
 ギーッっとすごいブレーキの音を立てて自転車は止まった。
「おやまぁ、あんたたち。こんなとこで何してるの?」
 それは駅の売店のオバチャンだった。
「駅に行ってももう電車は来ないからねぇ」
 やっぱり…。
「じゃあ、この辺にどこか泊るところがあったら教えて欲しいんですが…」
「はぁ…。なんせ田舎なもんでねぇ」
「…ありませんか?」
「ふむ」
 オバチャンは少し考えて、「まぁついてきぃ」と自転車を押しはじめた。
「ウチんとこで管理してるとこなんだけど、もう長いこと持ち主は帰って来とらんのよ。一日貸しても文句は言わんやろ」
 途中オバチャンの自宅に立ち寄りオバチャンは鍵を取り出した。「これがキー」と。
「いつ帰ってきてもいいようにしとるんで、困らんと思うよ」
 そう言うと口頭で場所を案内した。
 この道をずーっと真直ぐドン突きまで行くと長い階段がある。その長い階段を登りきったところに赤い屋根に白い壁、その屋根に風見鶏がシンボルの古い洋館がある。
「あの長い階段はシンドイから二人で行ってね」
 そう言ってオバチャンはキーを手渡した。
「あ、あの。そこのオーナーって…?」
「ああ?持ち主ね?…なんでも有名な作家さんなんだけどね、ここ数年海外に住んでいて滅多に顔を出さなくなってな…。それでも帰国するとちらと寄っていってくれる」
 …へぇ。まるでそれってうちの…。と考えて、そうかもしれないとそれは確信めいたものになる。
「どうして、そんなところを僕たちに貸してくれるんです?」
「ああ、それはな。そのオーナーのぼっちゃんに、あんたがよう似とるもんでね」
 そうか…。やっぱり。そこは多分親父の別荘だ。今はもう人手に渡ってると思っていたのに。

 キーを握り締めて歩き出した。オバチャンは「気ぃつけてね」と手を振った。

 キーを受け取ってから蘭は黙り込んでいた。考え込んでいるのか、一緒に泊ることになったんで戸惑っているのか。
「なぁ、蘭…」
 言いかけて何を聞こうとしてるんだか自分でもわからず言葉が途切れた。次の言葉を待っている蘭は、黙ったままオレをうかがった。
「…泊ってくしかないし。な?」
 …オレらしくもない言い方だ。言い訳がましいっていうか。
「うん、そだね。しょうがないもんね」
 合わせて蘭も言う。
 オレは自分自身がとてもじれったくもどかしく……言葉に出来ないから、蘭の肩を抱いた。強く抱き寄せてその香りに酔いしれた。

 道のドン突き。二人の目の前に長い階段が現われた。見上げて、一つ深呼吸をする。
 心臓の音が高鳴るのはどうしてだろう?緊張しているのはどうしてだろう?
「ここの上だな」
 蘭はただ「うん」と頷く。
 なんとなく「せーの」と最初の一歩を合わせて一段目に足を進めた。一段登って顔を見合わせ微笑みあってホッとする。緊張の糸がほどけていく。いつもの……いや、随分昔の二人に戻ったみたいな気分になって、蘭が先に声を上げた。
「競争だよっ」
 そう言って走って登りはじめ、オレは慌てて追いかけた。
「あ、おいっ!!ズルイぞっ」
 オレたちは振り返らずに、どんどん上へと駆け登っていく。
 登りながらオレは、蘭の後ろ姿に小さい頃の姿を重ね合わせていた。思い出が駆け巡る。
 幼い日々の蘭。どんな時の蘭も思い出せる。その笑顔や泣き顔、怒った顔も拗ねた顔も、……みんなみんな愛しくて。
 さびしい思いをさせたこと、やむを得ずにとはいえ嘘をついたあの頃。そんな日々の涙に暮れる蘭、逆に涙を我慢して強がる蘭を思い出すと今でも胸が痛む。…だから、もう絶対泣かせたりしない。嘘もつかない。約束する。
 階段の途中でやっと蘭に追いついて、ようやく並ぶ。微笑が返ってくる。オレは、再び蘭の手を取って今度は一緒に駆け登る。次第に息が上がって、さすがの蘭も「もうダメ」と泣き言を言いはじめる。オレは引っ張り上げるようにしながら蘭の手を引く。
 あともう少し!!
 二人で登りきって、階段のてっぺんで息を整える。
「着いたぁ!!」
 そう叫んで今登ってきた道を振り返る。
「なんだ。暗くて何も…」見えないと言おうとして視線を上げると、満天の星空が見守っていてくれたことを知った。

 そして目の前に洋館。
 オレは鍵を取り出して、一度高くそれを放り上げた。そうして、落ちてきた鍵を手のひらに仕舞うと、蘭を振り返ってニッと笑った。
「行こうか」
「うんっ」

 星も月もこの暗闇を照らしてくれる。だけど、オレの光はいつでも蘭だと信じたい。
 with─そのあとに、君の名前を綴っていいか?

fin
 

 

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