微笑返し 

 今日はたくさんの人に会って、たくさんのうれしい言葉をもらった。
 着替えを済ませて初夏の太陽の日差しを浴びる。大きく深呼吸し、緑の木々の香りを感じる。…なんて清々しくていい気持ち。
 ベンチがあるのについ草の上に座り込む。
 待ち人はまだ現れない。
「新一、まだかなぁ…」
 遠くに見える提向津川がキラキラしてる。
 そこへガサガサと人が来る気配を感じ、てっきり新一だと振り返った。
「あ…おじさま?」
 と言ってから口を噤んで頬を染めた。
「ああ、いいんだいいんだ。…今日は疲れたろう?」
 現れたのは新一の父・優作だった。
「ええ、少し…。でも、まだなんだか夢の中にいるみたいで…」
「ハハ、まさにそんな顔してたよ。……ところで、新一を待ってるんだね?」
「はい。なかなかみんなに離してもらえないみたいで…」
「多分、他の奴らがやっかんでるんだよっ」
「えっ?やっかむって何を?」
「こんな可愛い奥さんを手に入れた新一を、だよ」
「おじさまったら…」
 クスッっと笑って、またハッとする。
「あ、ごめんなさい。おじさまじゃなくて…」
 なんとか「おとうさん」と呼ぼうと試みたが、恥ずかしくてもごもごと口篭もってしまう。
「わたしにもこんな可愛い娘が出来たってことだな。新一のおかげで」
 優作は嬉しそうに微笑んで蘭を見た。
 蘭もまた、とてもその言葉がうれしくて、微笑を返す。
 すると、優作がそっと左手を差し延べ、蘭の頬にかざした。
「今日から君はわたしの娘だ、蘭。新一をよろしくっ」
 そう言うと、優作はウインクを決め、手を振り行ってしまった。

 しばらくして、遠くから走ってくる新一が見えた。
 頬があたたかい。風が心地いい。
 ああ、今、心に流れ込んでくる、これがしあわせなんだと思ったら、笑顔と一緒に涙まで零れるから不思議だ。
 もう走り出さずにはいられなかった。しあわせが溢れて全てが零れ出してしまわぬうちに、新一の元へたどり着くために──。


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 蘭が駈けてくる。まるで風に乗って。
 ウエディングドレスを着た蘭も眩しかったけれど、ドレスのせいじゃなかったんだな。今も蘭はとても眩しかった。
「よぅ、待たせたな」
 目の前で息が切れてゼイゼイ言ってる。それでもニコニコと笑いながら、とてもうれしそうに。
「お父様がね……あのね………今、ここにお父様が……」
 何をどう話していいのかわからないふうで言葉が続かない。だけど、クスクスと笑ってる。
「オヤジがどうかしたのか?」
「ううん。…たいしたことじゃないのよ。ただ、うれしくって」
 ホント、しあわせそうに笑うよな…。オヤジが何か言ったのか?
 ほんの少し、少しだけオヤジに妬いてしまう。こんなふうに蘭を笑顔に出来るのは俺だけだってうぬぼれてたもんだから。
「蘭……」
 蘭の笑顔のその頬にそっと触れた。
「この笑顔もこの頬も、ぜ〜んぶ俺のもんだからな?」
 俺はニッと笑ってその頬にキスする。
 すると。「み、……見てたの?」と蘭は急に顔を赤らめた。
 …見てた?なにをだ?…え?お、オヤジ……一体蘭に何を???
 動揺する中で、俺は更に「蘭を誰にもやるもんか!」と心に強く誓ったのだった。そして、即態度に示す。
 強く抱きしめ、強烈で熱烈なるくちづけを蘭に…………。


 しばし、我を忘れてくちづけを堪能していると、突然周囲がざわめきはじめた。いや〜な予感が……。
 途端。
 パン!パン!
 …とクラッカーの鳴る音。
 大歓声。
 はやし立てる声と口笛。
 大きな拍手。
 先ほどまでの列席者がまだ取り巻いていたとは…。やられた!!
 俺は自分の顔が熱くなるのを知って、次にどうすべきか考えあぐねていた。
「蘭、とりあえず逃げるぞ?」
「う…うん」
 困り果ててるのは蘭も同じで。
「よし、じゃ行くぞ。よーい…」
 そして二人一緒に叫ぶ。「ドン!!」
 手をつなぐ。駆け出す。光の中へ今──。



 

 

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