し あ わ せ 間 近
昼下がりの提向津川で、蘭さんを見かけた。
ベンチに腰掛け、心地いい風を受けてキラキラと輝く水面を見ている。その表情はとても穏やかでしあわせそうで。
あの表情から見て待ちぼうけってわけではなさそうね…。あ、じゃあ待ち合わせ?…そうね、じゃあ、お邪魔だろうし声をかけるのはやめておこう。
そう思ってすぐそばを何も言わずに通り過ぎようとした。
だけど蘭さんは、あっと気づいて手を振った。
「志保さん!!」
呼び止められて、挨拶代わりに微笑んだ。
「デートの待ち合わせ?」
そう聞くと彼女は首を横に振った。
「え?違うの?」
「今までいたんだけどね、新一……」
「もしかしてまた事件?」
「そう!!」
頷きながら、とてもしあわせそうに微笑むのはなぜだろう?
「また行っちゃった。ホントどうしようもない推理オタクよねぇ。いやんなっちゃう」
って言いながら、だから、その微笑は一体なに?
…何かいいことあったんだ。
蘭さんにとっていいことって…?
この前の学生空手道全国大会優勝以上にいいことって…。毛利探偵と妃弁護士がこのところ上手くやってるって言うのは噂で聞いたけど、それはちょっと前のこと。工藤君は相変わらず新聞を賑わせてるけど、そんなのは今にはじまったことじゃないし。博士が開発した「受験生の諸君に送る、神経集中スリッパ&スニーカー」が大当たりしたなんてこと、蘭さんには全然関係ないし。わたしの英国留学が決まったことなんて、これこそ蘭さんには無関係よね。
……じゃ、何?
はたと思いついた。
そうか、それしかないじゃない?ああ、わたしって鈍いわ。ホント、こういうことには疎すぎるのよ。
蘭さんのこの笑顔。彼女をこんなふうに笑顔に出来るのは彼しかいないじゃない?もしくは彼の言葉ね?
それはきっとプロポーズ?…ね?違ってる?
わたしはそっと蘭さんの頬に手をかざした。
「おめでとう……」
心からしあわせを祈ってる。
だって、わたしは蘭さんが好き。多分、一番しあわせになってほしい人。
蘭さんからもらったやさしさ。哀だった頃、どんなに癒されたか知れない。ずっとずっと言ってなかったけど、言えなかったけど感謝してる。ありがとうって。でも、今のわたしも素直に言えない。その言葉は口にするとなんだかとても安っぽいものになってしまいそうで。
「…志保さん、どうして?」
蘭さんは驚いてわたしは見たけど、やっぱり当たりだったようね?
「とってもしあわせそうな顔してたから…。だけど、残念ね。あの推理フェチさんに蘭さん持っていかれるなんて。わたしがオトコだったら、張り合っちゃうのに………ふふ」
かなりそれは本気。さながら愛の告白といったところかしら。
だけど、オンナでよかった。なぜなら……
わたしは蘭さんの頬にキスしてギュッと抱きしめた。
ホラね。こんなことも出来ちゃうっていいでしょ?
それに、相手がわたしなら、あの工藤君も文句も言えないってもんよね。
「ちょ、ちょっと志保さーん!!」
蘭さんは少しじたばたしたけど、「しあわせになってね」と耳元で囁くと小さく「うん」と答えた。
さぁ、しあわせのお裾分けもしてもらったことだし、帰ろうか。早速博士に伝えなくちゃ…。
川を背に歩きはじめる。──懐かしの「お嫁サンバ」かなんかを口ずさみながら。