Remember
春一番が吹いた。リビングの日溜りで、有希子は窓の外を眺めていた。そのあたたかな風を見ていた。
ふっと予感がして、同時にインターホンの音がした。どこかで「やっぱり」と思いながら玄関先に出ると、来訪者は高校時代からの親友英理だった。
「いらっしゃーい」
弾んだ声でリビングに招きいれ、熱い紅茶を入れた。
二人でカップに唇を寄せ、二人は互いの姿を見やりながらニコリと笑った。
「あなたがねぇ」
「あなたこそ」
言ってまた笑いあう。
二人はその容姿から、それとわかる妊婦だった。お互い初産だからか妊娠してからと言うもの、こうしてお茶を飲む機会が以前より増えた気がする。
「で?英理のところはどっちって?」
「オンナノコ」
「ふーん、そりゃ先が心配ねぇ。小五郎くんの親バカぶりが今から想像できちゃう」
英理はプッと吹きだして「確かに」と頷いた。
子供が出来たと知ってからのあの人ときたら、暇を見てはお腹に…否、お腹にいるまだ見ぬ子に手を差し延べるのだ。まるでそうっと頬でも撫でるみたいに。それを思い出して英理は笑ってしまう。
そんな英理の様子を盗み見て、有希子は密かに微笑んで。
「ウチはオトコノコだからわたしが離さないけどねー」
「なにそれ」
「だって、優作の子なのよぉ。いい男に育つに決まってるじゃないっ」
「………言うわね」
「大丈夫!英理のトコだって母親似なら美人になるわよぉ。なんたって帝丹高校のミスコンでわたしと争ったくらいだもの」
どこまでも自信たっぷりで図々しい有希子であった。
「あら、失礼ね。あの人に似てたらどうだって言うの?」
有希子は乾いた笑みを浮かべて舌を出す。
「ごめーん、どっちにしろ可愛いって!」
「あ、投げやり」
「そんなことないわよぉ」
有希子はふっと思いついて立ち上がり英理の傍らに腰掛けた。そして、英理のそのお腹のふくらみに右手でそっと触れた。
「この子が将来、わたしの娘になったりしたら面白いのにね」
悪戯っぽい笑顔で微笑む。
突飛な台詞に英理は目を丸くした。
それよりも──。
今、触れられて、まるでそれに答えるみたいにこの子、動かなかった? 有希子の手のぬくもりが届いたのかしら?
「いつか──」
英理はそっとお腹に手を添える。
「今日のこの日のこと、この子に話せたらいいわね。…そうして、この子がこの手のあたたかさを覚えてたらいいのにね…」
有希子がフフフと忍び笑いをする。
「案外、覚えてるかもよ」
釣られて英理も忍び笑いをして──。
Welcome!
みんなが待ってるからね。
早く、ゆっくり、生まれておいで………