彼には言えぬ彼のこと file.2 作・紗江
そっかー。そうだよね。真さんだって結婚するよね。
なんだか自分に言い聞かせている。
真さんはずっとこのまま独りでいると思っていた。そうあって欲しいと願っていた。
男の人とは言ってもまもなく40歳だし、もちろんもっと年上の方で結婚する人もあるけれど
真さんにはしないでいて欲しかった。
ずっと思ってたんだよ。待ってたんだよ。出逢ったときから、ずっと。
確かに先に裏切った?のは私かもしれない。別の人と一緒になっちゃったんだからね。
でもね。私の赤い糸は今でも、あの人と繋がっているんだと思っているんだ。
忘れた事なんて一日だって無かったんだから!
彼さえ独りでいてくれたらいつでも逢えるような…
そんなことはないのだけれど、いつか一緒になることができるような…
なぜかそんな気がしていた。
だからといって今の旦那と離婚しようとか殺しちゃう!とかそんな事を考えているわけではなくって。
ただの我侭とひとは言うかもしれない。
だけど自然にそう思っている自分がいるの。
蘭のように初恋の人と一緒になって一生、おばあちゃんになっても
同じようにラブラブでいられるのが一番幸せなのだろう。
でも、そんなカップルはきっと稀だよね。
出会いがどんなであれ結婚当初に見えていなかった長所短所がみんな洗い出されて
きれい事なんかどこかへ行ってしまって不満なんて互いに山ほどあるのに
でも別れないのは家族だから。生活共同体だから。
いつしか家族があたりまえの存在となって
慣れだとか情だとかそんな気持が夫婦の絆となっていくのだと思う。
だから旦那との間は何も変わらないと思うんだ。
後ろめたいような気持を持つ事も無いし、旦那は旦那。
真さんは理想の人。一生憧れ続ける人になってしまっただけ──
どこかで歯車がひとつずれちゃったのはわかっていたの。
そばにいるだけでこんなにも愛されていると信じられたあの頃。
何を言われた訳でなく、何を約束してくれた訳でもなく、でも不思議なくらい無条件に信じられた。
それが…
思えば思うほどにどこかひとつ噛み合わなくなって行く気がして。
たぶんいつもあなたは手の届くところにいてくれたのに
何から話し掛けてよいのか解からなくって。
それでも私が意を決して告げた言葉には肩透かしで……
あなたの返す言葉はいつもYesでもNoでもなく
少し困ったようにでも穏やかに笑って受け止めていてくれただけ。
ほんとはどちらだったの?
私わからなくなったのよ。真さんの気持が!
増幅して行く不安を隠しながら、いつも通り振舞えば、
またにこやかに迎えてくれたよね。
蘭はいつでも応援してくれたけど、他の友達は
「そんな煮え切らない奴やめちゃえば!」とかアドバイスしてくれて。
私だって、あの頃の私みたいな友人がいたらきっと
「男なんて独りじゃないんだから」くらい言ってただろうな。
だけど、そんな煮え切らなく見えるところも、不器用で照れ屋で
それが冷たさに取られちゃうようなところも
いいところも悪いところもすべて含めて私の理想の人だったのよ。
いいえ、真さんのそばにいればいるほど理想像のほうが真さんに似せて修正されていったの。
思いが強くなり過ぎていたのかもしれない……
だから何度目かの海外遠征に真さんが出かけたとき
もう待つのはやめようと決めたの。
ついて来いと言われれば間違いなくついていくつもりでいた。
待てと言われれば待っていた…
でもあなたはどちらも言わずに出かけてしまったんだよね。
それはもしかしたら私への思いやりだったのかもしれない。
いつ戻るとも解からない自分の渡航に私を拘束してしまわないための…
自分から押しかけをする勇気は無かった。
もし、断られたら…その事態は避けたかった。
黙って見送ればいつまでも会うことができると思っていた。
半分あたり、半分はずれ──
何か理由をつけて皆とともに会うことはできるけど
何もなければ会う理由もつけられない。
だから、共通の友人の集まりには必ず駆けつけた。
顔を合わせたときの距離は昔と変わらないように見えたの。
でも時間はどんどん過ぎていった。同時に二人の距離も広がってしまった。
あたりまえだけど。自分で選んでしまったのだから。
でもね。鈴木家のお嬢様の位置も捨てるわけには行かなかったのよ。
身一つなら何でも出来たけれどね。
お父様やお姉さまの気持も裏切れなかったの。
だからと言って何も約束してくれなかった真さんのことは
それでもやっぱり裏切った事には違いないよね。
二次会の招待状くらい送ってくれるのかしら?
でも、お相手のことは知りたくないな。
私が結婚したときにあなたの返してきた葉書、
えんぴつがきでひとこと「おめでとう」
なんだかその気持が今わかる気がする。
もし招待状が来たら私もきっとひとこと「おめでとう」とだけ書いて投函するだろう。
そして「欠席します」に○をつけて……
とうとう私の青春が終わっちゃったのかしら。遅すぎるくらいだけれど。
でもね。もし生まれ変わる事ができるのなら、やっぱり真さん、あなたと出逢いたい。
そして今度こそは素直になろうね。お互いに……
2000.10.22
あまりにも園子ちゃんからかけ離れた人物像になってしまいましたね。
最初にお断りした通り、これは女優園子嬢に
演技していただいたと言う事で^_^;
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