コスモポリタン
<恋ふたたび:サイドエピソード5>
作・華



園子は、父親が会長である鈴木財閥の
文化部門を統括する会社で働いている。
美術館の特別展の企画や、美術品の買いつけ
宣伝のためのスターを接待するためのセッティングなどなど。
伊達にお嬢さまをやっていたわけではない。
VIPに対しての対応もスマートにこなしていた。
中でも、小さい頃から本物に触れていた園子の
美術品を見る目は鋭かった。
真贋の見極めは玄人はだしだ。
もっとも、一見、華やかに見える仕事だが
あくまでも裏方で、忙しく地味な仕事である。



しかし、彼女に最初から
こうした場が用意されていたわけではなかった。
園子の父親は、園子には
数年、自分の会社で補助的な仕事をさせた後
自分の選んだ相手と結婚させるつもりだった。
彼は園子が真と付き合っていたのは知っており
真の身辺調査もして、納得してつき合わせていたが
結婚は自分の決めた相手とさせるつもりでいた。

園子は結婚のことは、ともかくとしても
仕事に関しては
それほど興味があったわけではなかった。
やり甲斐のある仕事をしていたわけでもなかったし
かといって、不満を言えば周りの人間が困るだけだ。
なんといっても、父親の会社だから。
だから、周りの人に迷惑をかけないように
気を使って仕事をしていた。

真との関係は相変わらずで
彼は1年の半分以上を海外で過ごしていた。
日本に帰れば、時間が許す限り園子と過ごしていたが
各種大会に勝ちつづけている彼と
鈴木財閥の令嬢の彼女は目立つカップルだった。
ゆっくりとした逢瀬もままならなかった。

その園子にある転機が訪れた。

会社では、いつも通りのルーチンワークをこなす園子が
ある会議の資料をコピーしていたときに、何か違和感を感じた。
鈴木美術館での特別展の出品作品に
贋作があることに気づいたのである。
不鮮明なカラーコピーではあったが
以前見たその絵と印象が違うことを感じて
それを自分なりに調べてみたのである。
少しだけ、新一のコネも使って。

ファンの女の子に腕をつかまれて
街を引き回されていた新一を目撃したことを持ち出した。
「ねえ、新一君。わたしね、ちょっと、見ちゃったんだけど…。
2週間ぐらい前に新一君、
新しく出来たショッピングモールにいたでしょ?
見ちゃったのよね、わ・た・し…」
「…ん、だよ、園子。オレは忙しいのっ。
おめぇの、そのおしゃべりに付き合っている暇はねーんだよ」
「ほぉ〜。天下の園子様にそんな口をきいてしまうわけ?
じゃあねぇ、蘭に言っちゃおっと。いいのね?」
「ち、ちょぉっと、まったぁ〜。何を見たんだよ」
「赤いミニスカートをはいた茶髪の女の子がさぁ…」
「わぁーたよ。で、なにをさせようってーの?」
「わたしは蘭に黙っていてあげるのよ。
もっと丁寧な言い方が、あるんじゃないのかしらねぇ」

電話をしている園子の横では、蘭が笑いをこらえている。
実はこの話は、すでに、園子が蘭に話していたが、新一は知らない。
もちろん、蘭がこんなことで怒ることがないことも。

「わかりました、園子さま。なんなりとお申し付け下さいませ」
「やればできるじゃない。最初からそう言えばいいのよ。
実はね、ある絵が贋作じゃないかと思って
その経歴とかをいろいろ調べたのよ。
でね、やっぱり、怪しいんじゃないかと思うの。
絵の履歴そのものが
偽造されているんじゃないかと思うのよ。
つじつまがあわないところもあるし…」
「へぇ〜。園子、たいしたもんだな。さすが、お嬢さまだぜ。
絵画の取引のことを知っているんだな」
「まあね。それで、新一君には、この絵を含めて
今回の鈴木美術館の特別展を仲介した
プロモーターについて調べて欲しいのよ。
いろいろと手掛けている人で
今まで尻尾を掴ませなかったわけだから
わたしのような素人がいくら調査しても
何も分からないと思うのよ」

「わかった。最優先でやってやるよ」
「ほんと〜。お父様の信用にも関わってくるから
ちゃんとしておきたいの。
ありがとう、蘭もね、横で喜んでくれているわ。
新一君がめずらしく、素直に聞いてくれたって」
「……?!…オレは騙されたわけ…?」
「あんたの弱点は、『蘭』。
ちょっと、蘭がらみの話をすると、
いつもの推理力は何処へやら…。
凡人以下になっちゃうのよ。
よく覚えておいた方がいいわよ。
騙した相手がわたしで、よかったじゃないの。
変なことに巻き込まれたわけじゃなくってさっ」
「くそっ、なんて言い訳をしやがるんだ」
「新一ぃ、約束は約束だからね、守ってね〜」
「…らっ、らん…。オメーまで…」

こうした新一の『献身的な』協力のおかげで真実をつきとめ
園子はお嬢さまのお遊びでない仕事を
任されるようになっていったのである。

記者たちが好奇の目でのぞいている
日本のパーティーで無理だったが
海外で招かれるパーティーでは
真が園子のパートナーを務めることが多かった。
また、彼の武道家としての名声は上がっており
アクションスターたちとの交流もあった。
そこでのパートナーは園子であった。

彼女はできるかぎり都合をつけて真のパートナーとなった。
日帰りなんてこともあった。それでも、園子は満足だった。
真はそれを非常に気に病んでいたが
彼からの誘いであるはずもなく、
園子が押しかけていったのである。
1回行けば彼女はパートナーとして認知される。
次回から相手は真に確認して、彼女にも招待状を送ってくれた。
もちろん、彼女はそのアピールを怠らなかった。
鈴木財閥の名前を思いっきり使っていたのはいうまでもない。

そんな華やかなときもあるが、真は武者修業と称して
2〜3ヶ月連絡のとれないような砂漠の果てとか
密林の奥地へ入ってしまうこともあった。

以前の真は、ストレートに情熱をぶつけることは少なかったが
園子の積極性に感化されてきたのか
貴重な逢瀬の時間を惜しむかのように
いつの日か彼女の前では、
彼女の身も心もすべてを満足させる
完璧な恋人になっていた。
園子はその彼の熱い愛情を信じて、いつも待っていた。
もちろん、彼がそれを裏切ることはなかった。

園子の仕事が順調にすべりだしたあるとき
仕事でウイーンに3ヶ月ほど滞在することになった。
その間、真は欧州を転戦しており
週末は二人で過ごすことが出来た。
国内ではないので
記者の目を気にせず逢瀬を重ねていた彼らであったが
残念ながら写真を撮られてしまっていた。
真が有名人であったのは変わりないが
実は園子も財閥令嬢という以上に
注目される存在になっていた。
彼女はビジネスで成功をおさめていると認められてきており
もう、お嬢さまのお遊びとは言えない域に達していた。
雑誌の取材も受け、ビジネス誌の表紙を飾ったこともあった。

それとは別に、園子はこの時1つの決意を固めていた。
姉の子や親友、蘭の子供をかわいがるのも悪くないが、
自分の子供が欲しくなっていた。
それには、もうひとりの親友、志保の結婚が深く関係していた。

志保も園子と同じくずっと独身だった。
志保には長いこと恋人もいなかった。
彼女は特殊な事情があって、仕事に没頭していたが
つい先ごろ、なんと結婚してしまったのである。
それも、もっとも志保からは縁遠く思われた『出来ちゃった婚』。

そもそも、結婚するつもりはなく
それでも、子供を望んで自分から
積極的に計画した妊娠ではあったが
ひょうたんから駒とはこのことで、
なんと、結局、結婚ということになったのである。
園子は今まで自分と同じように
結婚せずに過ごしてきた志保の結婚という事実に
動揺を隠せなかった。

現在のところ、園子たちは
結婚という形を選ぶことが難しいと同時に
自分たちの関係に、結婚は必ずしも
相応しいものとは思っていなかった。
しかし、心が揺れた。

園子の父も今となっては、園子の相手として
真以外の男性を考えていなかったが
結婚となると、彼女は
令嬢としての特権を捨てなければならないほど
鈴木財閥の親戚間での後継者問題は紛糾していた。

彼女が今の自分の仕事を守るためには
鈴木の名前を捨てられない。
真と結婚することは、鈴木の名前を捨てることと捉えられ
それはすなわち、今の仕事を失うことを意味した。
年齢的にも限界が近づいてきていた。
もう、結婚を待っていられない、そう考えた園子は
いつも服用していたピルを止めた。真には内緒で。

充実したウィーンから帰国すると
取材陣が園子を待ちかまえていた。
園子と真の逢瀬の写真が
写真誌に掲載されていたのである。
自宅前にもカメラマンが殺到していた。

園子は驚いたが、もみくちゃになりながらも
なんとか家の門をくぐることが出来た。
帰国したその日はなんとかしのいだが
それから1ヶ月は
誰かしらに監視されているような状況であった。

さすがの園子もまいっていた。
マイクを向けられても、答えることが無いからである。
真が恋人であるということしか答えようがないのである。
しかし、彼らは鈴木財閥の後継問題にまで話を発展させ
うんざりとするような質問を繰り返した。

ある日、自宅へ戻りホッとしたとたん、目の前が真っ暗になった。
体調の変化を感じていた彼女は
検査薬で自分が妊娠しているであろうことを確認していた。
早く病院へ行っておかなくてはならないと思っていた矢先だった。
…大切な子供は、この世に誕生することなく去っていった。

園子は自分を責めていた。
大切な命を抱きしめられなかった悲しみと同時に
子供を授かったら、当たり前に生まれてくるものと
勝手に思いこんでいた自分が情けない、そう考えていた。
赤ちゃんを抱き上げてみたいと思ったとき、
すぐに思い浮かべたことは、真が喜んで子供を抱いている姿だった。
それが、当たり前の簡単なことではないことを
知らなかったわけではない。
でも、本当は知らなかった…彼女はそう心の中で反芻していた。
仕事がデキルなどといわれ、雑誌の取材を受け、
知らぬ間に謙虚な心を失っていたのかもしれない…。

真に内緒でこのような行動に出てしまったことも、悲しみを大きくしていた。
園子自身もなぜ、そのような行動をとってしまったのか、
今考えると、よく分からなくなっていた。
園子は真が子供のことを
反対するわけのないことを充分理解していた。
きちんと分かり合って、話し合えることも知っていた。


それなのになぜ…なぜ、言えなかったのか…。
そう…正式に結婚できない理由が自分にあるから。
真さんは、そんなことにこだわってなんかいない…。
こだわっているのはわたしのほう…。

真さんに会いたい。会いたい。会いたい。
いつも、いつも離れているときは、会いたいと思っていた。
でも、これほどにまで、会いたいと思ったことはなかった。
魂を揺さぶるような感覚だった。
『会いたい』という、ほとばしる思いを知った。
これが、赤ちゃんがわたしに贈ってくれた
かけがえのないプレゼントなのね…。


しかし、真とは簡単に連絡がつかなかった。
友人たちが奔走してくれたが、
真の居場所をつかむことは難しかった。
園子は精神的なショックが大きく
仕事も手につかない状態であった。
とりあえず休暇をとり、伊豆の別荘で静養することになった。

蘭と志保と姉が交代で泊まり込んでくれていた。
彼女たちにとっても
自分たちの大切な園子に万一のことでもあったら
取り返しがつかないと真剣であった。

今日は志保が来てくれる日だと、
園子は窓の外を眺めながら考えていた。
今日の午前中まで蘭がいてくれて、
昼食を一緒にとり、彼女は帰っていった。
玄関のチャイムが鳴ったので、
志保を迎え入れるために扉を開けた。

しかし、そこにはザックを持った真が立っていた。
二人の間には、なにも言葉は要らなかった。
真はただ、園子を優しく抱きしめ、そっと、頬を寄せてきた。
その知り尽くしている感触と匂いは
園子の心を少しずつ落着かせていった。

「園子さんはいつも無茶ばかりするんですね。
なぜ、わたしに相談してくれないんですか。
紙切れ一枚でわたしたちの関係が変わるわけでもなし。
確かに園子さんの家の事情で
わたしたちの結婚が足踏み状態であることに
苛立つ園子さんの気持ちも分かりますけれど
必要のない争いを起こさないために、そうすることは
ちゃんと話し合っていることなんですから。

子供を望むのであれば、わたしに言って下さい。
わたしには、反対する理由がなにもありません。
ただ、今のわたしの状態だと
子供を育てられる状況ではありません。
園子さんにすべて頼ることになりますから
わたしからはなにも言えないのです。

でも、いいですか。
今は園子さんの心と身体の回復が最優先ですからね。
世界中を飛び回っていても
必ず園子さんが待っていてくれるところに帰ることが出来るから
帰るところがあるから、落着いた気持ちで試合にのぞめるのです」

園子は真から、こんなハッキリした言葉を聞いたことがなかった。
いつも、短い言葉で言ってくれるだけで
後はその照れ隠しをするように激しい抱擁が待っていた。
もちろん、園子はそれで充分満足していた。
彼の短いメッセージも激しい抱擁も
彼女を大切に大切に思っている気持ちが伝わってきた。
そして、彼の激しい抱擁は、
やさしい愛撫へのプロローグでもあったから。

「真さん…」
真は園子を彼女が羽織っていた肩掛けの上から
もう1度、そっと抱きしめた。
「…ありがとう…わたし…わたし……」
「園子さん、貴方がなにも言い訳する必要はありません。
わたしは、貴方が今ここにいる。
こうして私の腕の中で心を預けてくださっている。
それ以上、なにを望めというのです。
それより園子さん、不思議に思いませんか?
わたしがここに何故いるかって」
「…ええ、そう言われれば、そうねぇ…」
「わたしに聞かないんですか?」
「うーん。じゃあ、聞いちゃおうかしら。
どうしてここへ来たの?…ちょっと待って。
そうよ、だいたい誰がどうやって
真さんの居場所を探し当てたの。こんな短期間に」
真の顔を見て安心したのか、
少しではあるが、いつもの園子が戻ってきた。

「分かったわ。新一君ね。蘭に泣かれて仕方なく…」
「はずれです」
「え?じゃあ誰が?だって、蘭のお父さんじゃ無理だわ」
「………」
「誰かしら?わたしが知っている人よね」
「言ってもいいですか」
「待って、もうちょっと考えるわ」
園子はあごに手を当て、斜に構え少し目を伏せた。

園子の長く美しいまつげが揺れた。

「わかったわっ!志保ね。
彼女には新一君の弟子がぴったりとくっついているもの」
「そんな言いかたしたらダメですよ。
ぴったりとくっついているなんて。
志保さんのご主人じゃないですか、光彦君は」
「まあね、でもね。あの子が小学生のときから知っているのよ。
なんだかねぇ…。本当に頼れる男になちゃったんだわと思ってね。
志保が結婚するほどの相手だもんね」

「そうですよ。わたしがいうのも変ですけど
随分、大変だったと思います。
もちろん、わたしの居場所を調べ上げたのは
光彦君なんですけれど
連絡をとる手段がなくて、最終的には
新一さんのお父様や園子さんのお父様から、
政府の関係者へ話がいって
特別ルートでの連絡だったんです。
よく分からないのですが、まるで飛脚のようなひとが
電報を運んできてくれたのです。スパイ映画のようでしたよ」


夜は志保が気をきかせて
予約を入れておいてくれた近くのレストランへ行った。
年に1、2回ぐらいしか行かないところであるが
なにしろ20年近く通いつづけているので
レストランの人たちも彼女たちのことをよく知っている。
真がアルコールを一切取らないことも知っているし
でも、園子は必ず食前酒だけ頼むのも知っている。
今日は、彼女も病み上がり、お酒は断った。

レストランの穏やかな空気と
ほの暗い照明が二人の心の緊張をほぐしていった。
デザートまで食べ終わると
真は、園子の頬に優しく触れた。
二人の熱い視線が絡むと
園子はまるでくちづけをされているような至福の表情を浮かべた。
真はそれを見て、そっと頬をなで微笑んだ。
そして、彼女はその頬に触れた温かな真の手に
自分の手を重ね、うっとりと目を閉じた。

その後、2週間程、真は園子と一緒に過ごした。
真がトレーニングしている間、
園子は雑誌に連載しているコラムの執筆など
自宅でできる仕事をしていた。
夕方揃って、買い物へ行き、二人で夕食を作った。

穏やかな愛に満ちた時はあっという間に過ぎ
真の出発は翌日に迫っていた。
その夜、真は園子にある決意を話すことにした。
自分は後1,2年が武道家としての限界であること。
その後は道場を開くことを。
そして……。

「園子さん、この指輪を受け取ってくださいますか」
「プロポーズなの?」
園子は、初めて真から贈られる指輪に感激していた。
その冷静な質問とは裏腹に手が震え
指輪をはめるどころか、
それを手にすることさえままならなかった。
そんな園子を見て、真は静かにうなずくと優しく微笑んだ。

「わたしの生活が余りにも不規則で、
園子さんを振り回す結果になってしまいました。
でも、ようやくそんな生活にもピリオドを打つ日が近づいてきたのです。
ですから、こうしたプロポーズの真似事も許されると考えました。
もう、ずっと昔から、わたしは園子さんに捕まっているのです」

「許されるだなんて…。
いつだって、わたしはあなたと一緒にいたつもりよ。
たとえ、物理的には離れていても…。
でも、あなたは、自分のことを恋人として
失格かもしれないと、気にしていたのね。
…だから、この日まで、わたしに決して指輪をくれなかったのね…」
真は、園子の左手をしっかりと取り
その薬指に神秘的な輝きを放つ指輪をはめた。
園子は、その指輪をいとおしそうに眺め、真にそっとくちづけた。

「昔はね…恋人から指輪をもらっている人が
羨ましくてたまらなかったのよ。
わたしは、望めば大きなダイヤの指輪だって、持つことが出来るわ。
でも、輝く石が欲しいわけじゃない。
指輪に込められた心が欲しかったの。
だから、たとえ、安物の銀の指輪でも、
真さんからもらいたいと思っていたの。

…子供っぽいわね…。
でも、そんな風に思えるようになったのは、
そんな昔のことじゃないわ。
離れているから、確かな何かにすがりたかったんだと思うの。
今ならば、そんなものにすがったって、
なんにもならないと思えるのにね。
きっと、わたしが、真さんに愛されているって
自信が持てるようになったから
そう思えるようになったのだと思うの。
もちろん、今だって本当に愛されているのか、不安だわ。
でも、わたし自身が、あなたのことを愛しているっていう
強い意志をもっていることに気付いたとき
それが愛されていると信じられる自信に変わったの。
そして、ようやく『指輪の呪縛』から、解き放たれたのよ」

真は、園子をきつく抱きしめた。
その腕の中に園子はすっぽりおさまりながら、真を見上げた。
「…園子さんが指輪を欲しいと思っていることは、よく、分かっていました。
いつも会うたびに露骨にアピールされていましたからね。
でも、大切なあなただからこそ、簡単には贈れなかったのです」
真は園子の額に優しくくちづけると
名残惜しそうにゆっくりと唇を離していった。
そして、真は顔を赤らめながら、とつとつと指輪の石の話を始めた。

「この石は……恋人との愛を…永遠のものにするために
恋人の装飾品にして贈る宝石らしいのです…。
園子さんの一大事の報を受け、慌てて帰国するわたしに
そのとき滞在していた村の長老が
幸運を招く石として授けてくれたものなのです。
…わたしはどんな種類の宝石なのか分かりませんが…
園子さんお分かりになりますか…」

「…いいえ、分からないわ。
いろいろな宝石を見る機会はあったけれど
これは初めて見るものだわ。
金色のような琥珀色の輝きの奥に
吸いこまれるような空間を感じるの…不思議な感覚だわ…。
…ありがとう、真さん…なんと言ったらいいのか…」

「園子さん、『愛している』と言ってください」
「うふふ…。そうね…。
…真さん、愛しているわ…。いいえ、こんな言葉だけじゃいい尽せない…」
園子は、もう一度背伸びをして、真の唇に自分の唇を柔らかく重ねた。



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