歌うようにその名を呼んで


 キッドの予告は今夜の八時。
 いつものように騒ぐ報道陣と野次馬たち。私がその中の一人でいることはいつものこと。キッドは、だってお父さんの天敵だもの。
 キッドの動向を見守るように、そのターゲットである博物館の門を囲む人々と私。どこから来るのか、空から…それとも…?一体どこから?
 だけど、本当のところ、今日の私はそんなのことはどうでもよかった。
 ここのところ顔を見せていない快斗が気になってならない。三日前風邪だと学校を休み、今日まで休み続け。そんな快斗の元にお見舞いに行ったら留守だったから──。
 まさかね。そんなこと…。そんなはずないと上空を見上げる。
 知りたいのか知りたくないのかわからない。
 確かめたくてここへ来たのに迷ってる、戸惑っている。

 堪えきれずに結局、私は踵を返した。

 ****

 三日前──。オレは風邪を引いた。熱も高くて体もだるく、身動き取れなくてただ寝ているしかなかった。
 標的の博物館での展示が明後日までだとわかっている。もうギリギリだ。時間がない。最終日に乗り込む以外には──。そうと決めて綿密に計画を練る。
 決行は今夜の八時。
 そろそろ襲撃と行こうか…。

 ☆ 

 博物館裏手。
 ここは静かだ。こんなところからは到底侵入できないとみんな思ってる。オレもそれはわかっていた。
 結局どこからだって網が張られているから無理。そんなのも知っている。
 じゃあ、どうするか? 頭を使うだけだ。
 ここから花火を上げたらどうだ? 更に、この反対側でも時間差で同じことが行われたら? 更に上空にダミーを飛ばせたら? 人々は混乱し動揺して、きっとオレを見失うだろう。報道陣や野次馬はオレの味方になる。そこから隙をつくのは簡単だ。
 鼻歌混じりに準備しているところへ、近づく足音に怯んだ。
 …なんだってこんなところへ…?

 迷いついた青子とまさかここで出会うなんて、誰が想像できただろう。

 ☆

 「…キッド?」
 呼ばれても答えられない。こんな間近で顔を見られたらおしまいだ。声を聞かれてももうダメだ。
 身を翻して、さっさと仕事の続きをはじめる。
 火を放つ。瞬間爆裂音。上空に花火。
「キャッ」
 耳を塞いでそこに座り込む青子が目に入った。
 だけど怪我なんてしてないよな? 大丈夫だよな?
 確かめてから走り出す。決して近寄れないように閃光弾を放ったあとで。
「ごめん…青子」
 小さくつぶやいてみても届くはずないのに。

 オレの後ろ姿に、聞こえたのは幻聴なのか?
 オレを呼ぶあいつの声。
 青子が呼んだのは──。

****

 確信できたのはどこでだろう。
 あれは空耳だったのか。私の名前を呼んだ気がした。
 私は叫んだ。どこにいても聞こえるくらい声を響かせて──。
「快斗ーぉ!!」

****

 石を手にして月にかざす。
 ……これもパンドラじゃない。
 振り返って中森警部に出会う。
 ハンカチにくるんだままの石を投げやる。
 そして、いつものようにオレは逃げる──。

 博物館の屋上に用意済みだったハンググライダーで月夜に飛び立つ。滑り込むように走り出す。

 その真下に博物館裏手が見え、そこにまだ青子がいるのに気がついた。
 上空を見上げ、オレを見ている。
 手を振って声を上げる。
 どうしてそれが届いたのか。こんな距離なのに。
 そして、上空には何機もヘリが飛んでいたのに。
「誕生日おめでとうー!!」
 一瞬オレの中に静寂が訪れた。耳に風音だけが通り過ぎる。
 垣間見えた青子が笑顔だった気がした。いや、同時に泣いてるようにも見えた。どちらかなんて確かめようがない。
 それでも振り返れない、止まれない。

 もうすぐ0時の鐘が鳴る。もうすぐオレの誕生日も終わる。
 青子、会えなくて、ごめん…。
「青子…」
 ただその名を呼ぶだけで、ほんの少し救われる気がした。
 目を閉じて、あいつを思う。そしてもう一度、歌うようにその名を呼んでみた──。
 

おしまい


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