たとえばキミの手に触れて

 トロピカルランドのスケートリンク。
 探偵団のみんなと一緒にスケートに来ていました。
 僕はこう見えてもスケートにはちょっと自信があります。小さい頃から何度も家族ですべりに来ていたからです。
 今日は歩美ちゃんと灰原さんが初滑りと言うことで、僕としては二人を手取り足取り指導してあげようと心に決めていました。それなのに………。
 向こうで何やら親密に灰原さんとコナンくんが話をしています。それを歩美ちゃんが不安げに見守っていました。
 全く、コナンくんはなんて罪作りな男なんでしょう。僕は憤慨しました。けれど仕方ありません。灰原さんはともかく、歩美ちゃんの気持ちなら見ていて痛いくらいによくわかります。
 その後、歩美ちゃんは勇気を振り絞ってコナンくんに声を掛けたようでした。僕の出番などありません。
 でも、だからと言って「それなら灰原さん」と軽い男にはなりたくありませんでした。僕は視界のどこかにいつも灰原さんを置きながら、見守りながら滑りはじめました。
 けれど、どうも足元がおぼつかない姿の灰原さん。いつになく頼りなく感じます。大丈夫なんでしょうか。
 ねぇ、灰原さん、大丈夫ですか? 僕はただ心でつぶやきます。
 すると隣を滑る元太くんが僕に言います。
「なぁ、お前、灰原に教えてやんないのか?」
 見ると、歩美ちゃんにはコナンくんが付いていました。灰原さんは一人です。
「オレがもうちょい滑れたら教えてやりたいところなんだけどさぁ」
 そう、元太くんは自分が滑るのに精一杯のへっぴり腰です。
「だから、お前、行ってやれよ」
 僕はすごくすごく後悔しました。元太くんに言われてから動くなんて。どうして最初から声を掛けてあげなかったんでしょう……。
 実はその答えを僕は知っていました。…僕はただコナンくんに嫉妬していたんです。だから意地になって。
「元太くん、僕、灰原さんのところに行ってきます」
 言い残して駆け出しました。
「灰原さんっ」
 後ろから声を掛けたら、僕の声に驚いた灰原さんは、うっかり体勢を崩してその場に転んでしまいました。
「キャッ」
 普段めったに聞くことのない灰原さんの小さな悲鳴に心臓が飛び跳ねました。ときめきが止められません。
「だ、大丈夫ですか?」
 思わず手を差し出しました。ですが次の瞬間、
「大丈夫よ」
 と言った灰原さんはいつものクールな彼女でした。
 僕の手を取りもしないで一人で立ち上がろうとしました。ですが、上手く行かず何度かその場で滑って転んで。…見ていられませんでした。
「灰原さんっ!!」
 無理矢理その手を掴みました。
「灰原さんはどうして人を…頼らないんですか? いつでも自分一人でなんとかしようとするっ。そりゃ、あなたにはなんだって出来るのかもしれない。自信があるのかもしれない。だけど、今日ははじめてのスケートでしょ? 最初から何もかも上手くいくことなんてないんです。たまには…僕らを…僕をっ!! …頼ってくれてもいいじゃないですかっ!!」
 灰原さんは目を丸くして僕を見ました。そうして微笑みました。
「ありがとう、円谷くん」
 掴んだままの手に力が入りました。僕は彼女をようやく引っ張り上げて、そうしたら急に恥ずかしくなりました。顔を背けた僕に灰原さんの声が届きます。
「せっかくだから教えてくれる?」
「え?」
「スケート。さっきから一人で四苦八苦してたの。コツさえつかめれば大丈夫だとは思うんだけど」
 そんな彼女の申し出に、僕はついつい張り切った大きな声を出してしまいました。
 「はいっ!!」と。
 僕は彼女と滑りはじめました。ちょっと慣れたら手を繋いで。手袋越しなのに、少し照れて、でもうれしくて。彼女の冷たかった手がゆっくりとあったまっていくのをじわじわと感じていました。
 だけど君の手に触れて、一番あったまっていたのは実は僕のハートの方なのでした。

おしまい


*エスパー華姉に捧ぐ。(ななみん)

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