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理由なんていらない
新一と蘭。中学一年、冬。
毎年、トロピカルランドのスケートリンクに行くのが恒例となってきていた。もう二人とも相当滑れるようになっている。蘭などそれこそ回り出しそうな勢いだ。毎年数回誘い合ってはリンクに通っていた。
今年もまた新一は蘭を誘った。
時間通りに工藤邸のインターホンが鳴り響く。
と、身支度を終えて出てきた新一は玄関ドアを開けて一瞬唖然とした。
「お…おい、蘭…。それはないだろ?」
「それって何よ?」
じとと見る、それは蘭の履いているスカートだった。まぁ、そこそこ滑れるんだから大丈夫だろうけど、だけど、それにしてもそのスカートは短い。
「えーっ? 大丈夫だよ。わたし転んだりしないもん」
あ…、いや、そりゃ転んだら大変なのもあるだろうけど、風を切って滑るわけだから、そこんとこもうちょっと考えられないんだろうか…。
「着替えて来いよ」
「やだ」
「それじゃあ、ぜってーダメだって」
「なんでよっ」
「なんでって、そりゃ…」
理由が見当たらなくて言葉を失った。
本人がこれほど頑固に大丈夫って言うんなら仕方ない。新一は、それ以上スカートについて意見するのをやめた。
そして。トロピカルランドに着き、早速二人でリンクを回りはじめた。
が、やはり新一は蘭のスカートが気になってならない。風を受けてめくりあがったりしないかと余計な心配ばかりしている。そう思うから、思わずいつも蘭の後ろを滑ることになる。蘭はそんな新一を不審に思った。
「何? どうしたの? なんで後ろにばっかりいるのよ?」
ギロリと睨んだその目には凄みがあった。
「や、やっぱスカートだから、転んだ時、ホラ、大変だろ? だから後ろについて……」
「余計なお世話。わたしは大丈夫って言ってるでしょ?」
ぷいと顔を背けて、蘭は先に滑り出した。最初からスピードを目一杯上げて凛々しい滑りだ。出遅れた新一は、呆気に取られてその姿を見送っていた。改めて自分が蘭の後ろにばかりいたことがバカらしく思えてきたのだった。
手すりに腰だけ預けて、もうすぐ一周してくるだろう蘭を待っていた。
気持ち良さそうに颯爽と駆け抜けてくる蘭は、昨年までの蘭と少し違って見えた。ミニスカートのせいなのか。そのスラリとした足の形のせいなのか。タートルネックの薄手のセーターが形どる胸のふくらみのせいなのか。
思わず見つめてしまう自分に頬を染める。頭を掻く。(手袋なのに)
蘭はそんな新一の気も知らずに笑顔で手を振った。新一もそれに答えて小さく手を振る。と、ほんの少しの蘭の隙をつくように下手くそなスケーターが 蘭のほうに向かっているのを察した。新一は考えるより早く滑り出し、その場に駆けつけた。
蘭は逆周りしてこちらに向かってくる新一に目を丸くして、状況が見えていない。
下手くそなスケーターが今にも蘭にぶつかりそうになったその瞬間、新一は素早く蘭を全身で抱きとめ、向かってきたスケーターを避けた。そうして、「よし、間に合った 」と思ったのも束の間。うまくバランスが保てず二人抱き合ったまま見事に氷の上に倒れてしまった。
「キャッ」
蘭が小さく悲鳴を上げた。新一は蘭の体に覆いかぶさるようにして倒れ、激しく膝を打っていた。それでも片手は蘭の腰に手が回ったまま、精一杯庇っているつもりだ。ふと目の前を見ると蘭の顔があった。二人 は思わぬ近さに驚いて、逆に身動き出来なかった。
「ごめん、蘭…」
「…ううん、ありがと、新一」
「おめぇ、どこも打ってない?」
「だ…大丈夫みたい。新一は?」
「オレ? うん、ちょっと膝が…」
「え? 膝? 怪我したの? どうしたの? ひどく痛む?」
「あ、いや、打っただけだから大丈夫。…それにしても無様だよな」
「…そうね。ホント、やんなっちゃうわね…、って新一っ!! 暢気なこと言ってる暇あったらそこどいてよねっ!!」
「へ?」
周囲の目は二人に注がれていた。
二人はその後淡々と立ち上がり淡々と二人仲良く滑りはじめた。
そうして滑りはじめて少ししてから蘭があっと声を上げた。
「なんだ、どうした?」
新一が振り返ると、
「タイツに大きな穴が空いてるーっ!! うわぁ、やだ、恥ずかしいっ!! もうわたし帰るーっ!!」
半泣き状態で蘭がリンクを走り去ってしまうまで数秒だった。
「お、おい、待てよっ!!」
結局新一はその後を追うことになるのである。
そうして帰りの電車で蘭はため息をつきながら言った。
「今度からはちゃんと換えのタイツとか持って来なくちゃね」
それを聞いて新一は思う。ってことは何か? またスカートで滑るってことか? もう勘弁してくれよな……と。
「おめぇ、もうそんな格好でスケートはやめろよ?」
「なんでよっ」
「あぶねぇから」
「大丈夫だってば」
「だって今日だって…」
「あれは事故だもん」
「あのなぁ…」
気が気じゃねぇんだよ。おめぇじゃなくてこっちがあぶないって言ってんだよっ。
頼むからさぁ、もうちょい、待ってくれっ。まだ心の準備が出来てないから。焦るんだよ、ホント、今日に限らずだけど。
なんかさぁ、蘭だけ大人に近づいてくみたいでさ──。
「とにかくやめとけっ。理由なんていらねぇよっ。オレが困るっ!! そんだけだ」
「もうっ!! 新一ってばわけわかんないっ!!」
ソッポを向いたまま別れた冬の午後。
今年は何度スケートに行くだろう。来年も再来年も一緒に行けるんだろうか……。新一の胸が微かに疼いた。
おしまい
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