矛盾だらけのキミとボク

「新一ぃ、おはよう!!」
 背中から蘭の声。登校途中何度もこんなことがある。
 そのたび周囲を見てしまう癖はいつの頃からか。
「よぉ」
 誰もいないことを確かめてから振り返る。
 そんな俺に怪訝な顔をする蘭がいる。
「何?」
「いや、別になんでも」
「だって…なんか変じゃない」
「んなの気のせいだろ?」
「そうかなぁ」
「そうそう」
「にしても、学ラン久しぶりだね。やっとサマになってきた感じ」
「へ?」
「入学したての頃はまだちょっと馴染んでなかったでしょ? っていうか、新一ちょっと背が伸びた? 肩幅も広くなったような…」
「んな数ヶ月で変わんねぇって」
「そうかな? だって…」
 蘭が背を比べようと近づいてきた。肩を寄せようとするから飛びのいた。
「っんだよっ!!」
「何って、だから…背を比べようとしただけじゃない。──あ、そうかぁ、まだわたしの方が高いから比べられるのヤなんだぁ」
 ジト目で睨まれ、ソッポを向いた。
 確かにそれもあるけど…、不用意に近寄られるとドキリとする。
 自覚はあった。あれは夏服の蘭を見たときだ。その後ろ姿の白いブラウスにうっすら映る下着の線。わかっていたけど、蘭が異性だと気づいた。中学に入って、小学校の続きのように振る舞っていると、面白がってからかう奴も出てくる。小学校の頃は何を言われても平気だったのが、気になってならなくなる。
 俺は仏頂面のまま、「部室寄ってから行くから」と振り返りもせず走り出した。
 一緒に登校したりしたら、また誰に何言われるかわかったもんじゃない。そのたび「ただの幼なじみ」と必死で説明しなければならないのもバカらしい。
 ──と、校門に入ってから振り返ってみた。
 蘭がいる。てっきり一人で歩いていると思ったら、隣に同じクラスのヤツがいた。男だ。ソイツ…えっと名前なんてったっけ。あれは野球部でちょっと期待されてる、…にしても背が高いヤツだ…この際名前なんてどうでもいい。蘭とソイツは妙に仲良さそうに歩いている。蘭は、あいつは俺にだってそうだけど、とっても無防備に笑う。別にその笑顔に取り立てて特別な好意なんてものはないんだと思う。まぁ、俺の場合にもそうなんだろうけどさ。
 だけど、相手のヤツはどうだ? …へらへらして見えるのは気のせいか? 特別な視線に見えるのも気のせいか?
 俺は苛立つ。…何に?

 校門から、二人が並んで入ってくるのを眺めていた。
 すーっと息を吸って。
「おいっ、蘭っ!!」
 振り返る二人。ちらほら周囲の生徒たちもこちらを見る。
「あ。新一、部室に寄るって言ってたのに何?」
 何と言われても困る。困るけど。
「じゃ、先に行くから」
 と、こちらを見て野球部のソイツはそそくさとその場をあとにした。俺はソイツが行くのを見て「しめしめ」と思う。
「ねぇ、何? どうしたの?」
「いや、別に」
「じゃ、何? 用もないのに呼び止めたわけ?」
「あ、いや…なんか言おうと思ってたんだけどなぁ。えーっと、なんだっけ…」
 誤魔化すのに精一杯だった。
「そんなコロっと忘れるくらいなんだから、きっと大したことでもないわね」
「ま、そうだな」
 俺はへへへと笑って蘭の隣を歩いた。

 俺の心はまだ矛盾でいっぱいだった。やっぱり蘭とのことでからかわれると逃げたくなるし鬱陶しい。いちいち「幼なじみ」だと叫ぶことが嫌になる。だけど、離れることが出来ない。離れると不安だ。
 蘭はと言えば、こちらの気も知らないで気楽なもんだ。
 俺はまだその矛盾でいっぱいの気持ちに名前をつけていなかった。中学一年。蘭の言うとおり学ランがそれなりに馴染んできた秋のことだった。

おしまい


 

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