きっとまた会える

 突然の別れの挨拶に教室はざわめいていました。
 なんとなく予感はしたけれど、それでも──。
 コナンくんがいなくなって、そしてそれを追うみたいにして灰原さんが転校と聞き動揺は隠せません。
 元太くん、歩美ちゃん…の曇った顔を見るのがとても辛く…。
 先日のコナンくんとの別れは突然だったのに、どうしてでしょう、「きっとまた会える」となんとなく信じられたのです。だから、今ほど心は揺らぎませんでした。…それとも、ボクはまだ灰原さんに特別な思いを…、自問自答してみても今ひとつ自分の気持ちがよくわかりません。

 一通りの挨拶のあとで、灰原さんが身支度をしながら、「今までありがとう」とボクたち少年探偵団面々をひとくくりにして言いました。それがどうにも切なくて。なぜだか切なくてたまりませんでした。
 そんなボクに気づいたのか、
「円谷くん?」
 小首を傾げて灰原さんがボクをうかがいます。
「…いえ、なんでもありません」
「吉田さんのこと…」
「え?」
「ヨロシクね。ホラ、江戸川君がいなくなってから…」 
 視線で歩美ちゃんを指して言うので、ボクはこのところ元気がなくなった──原因はコナンくんがいなくなったことにほかなりません──歩美ちゃんを見ました。
「…はい」
「ちゃんと守ってあげるのよ?」
 そんな彼女の物言いに少しだけ傷つくボクがいました。
 そうしてはじめて気づく想いもまたあって──。
「アメリカに渡ると聞きましたが…」
「ええ。これから空港に直行」
「…そうですか。あの…見送りに…」
「結構よ。授業もあるでしょ?」
「いえ、でも」
 ボクがキミを見送りたいんです──、そう言い切れるほどにボクにはボク自身の自信はなくて。
「それじゃ、行くわね」
 教室を出る際も、ボクの方を見ることはなく、──でも歩美ちゃんとは目配せしていたのかもしれません──、そんな遠くへ行くなんて風情も見せずに行ってしまいました。
 取り残されたみんなも、あっという間に彼女のことなんて忘れてしまったかのように見えて、またボクはさびしさに切なくなってしまいました。


 空港…か。


 どういうわけか、コナンくんのときとは違って彼女とは「また会える」って思えなくて不安でした。もう二度と会えない気がして、不安でした。
 だからどうしても…。
 そのためにボクは授業中にも関わらず教室を飛び出すと言うとんでもない突発的行動に出たのでした。
 歩美ちゃんも元太くんも、そんなボクに驚いていました。
 先生に呼び止められた気がしたけれど、もう耳に入りませんでした。
 気づくとバス通りまで走りぬけ、空港に向けて心は走っていました。

 そして空港。
 着いて、とにかくどこへ行けばいいのか、そこいらの大人に声をかけて聞いて、灰原さんを探しました。
 どこにいるんですか、間に合わなかったんでしょうか…。
 灰原さん、灰原さん…。
 もう搭乗してしまったんですか?

 と──。

 ガラスの向こうに灰原さんを見つけました。
「灰原さんっ!!」
 駆け寄って叫んでも声は届きません。
 もうすでにガラスに阻まれて、ボクはもう灰原さんの声を聞くことも出来ないのでしょうか。
 思い余ってガラスをどんどんと叩きました。すると警備の男の人がやってきて腕を掴みます。「やめなさいっ」と。
 その時、ようやっと彼女が気づき、こちらを見ました。
 驚きに目を丸くしている彼女が、その次に大粒の涙を零しました。
「灰原さんっ」
 またボクは叫びますが、向こう側に聞こえるはずもありません。
 ボクは悔しくて涙が出そうになりました。
 が、その時、ボクの腕を掴んでいる警備の人が言いました。
「キミ…落ち着きなさい。ホラ、これを使うといいんだよ、話せるから…」
 …電話?備えつけの受話器がそこにありました。
「え?これ…なんですか?」
「いいからいいから」
 耳に押し付けられ、警備の人はガラスの向こうの灰原さんにも、「その電話の受話器を取ってみて」とジェスチャーで指示しました。
 ハッとして灰原さんも受話器を握ります。
「もしもし…」
 ドキドキしながら口を開きました。
「…円谷くん、どうしたの?」
「あ…いえ」
 せっかく話せたのに、何をどう言えばいいのかボクはわからなくて。
「あの…ちゃんとお別れ言ってなかったから…」
「あら。そうかしら?」
「ええ、あの…その…」
「ごめんなさい。時間がないのよ」
 急かすから、もうしょうがない…。
「約束………してくれませんか?」
「約束?」
「はい。…あの、また会えますよね?」
「…え?」
「お願いします。きっとまた会えるって言ってください」
 ボクは彼女をじっと見ました。
 ふわりと彼女が笑顔になって。そうして。
「きっとまた会えるわ、円谷くん、…約束よ」
 そう言ってくれました。
 ボクはそれだけでうれしくてうれしくて。
「灰原さん、…ありがとう」
 もうそれしか言えませんでした。
 本当にありがとうありがとうありがとう。
 きっとまた会える。ボクはその言葉を信じられます。
 本当に心からそう信じます、だから。
「いってらっしゃい、灰原さん」
 さよならなんて言いませんからね。
「うん…、行ってきます」
 手を振って、彼女は行ってしまいました。

 それから数年後──ボクと彼女が恋に落ちることなんて誰が想像できたでしょうか…。でも。それはまた別の物語です。 

 

おしまい

 


*このガラス越しの電話機…仙台空港にあったのです。いつかネタにならないかなぁと思っていました。…で、他の空港でもあるんですか?

 

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