か
彼女に伝えてほしいんだ
彼女のことはよく知っている。
変装して彼女になりきったことだってあるくらいだ。
ある意味、オレは彼女に関してはプロだと思っている。
オレは怪盗。
盗むのが仕事。
だけど、本当に欲しいモノ以外に手をかけたことなんて一度もない。
一度もなかった。
***
ある晴れた日、偶然通りかかった大通りで彼女とすれ違った。
彼女はハッとしてふり返る。彼かもしれないと、そう感じて。
多分──、彼女にはわかっていたはずなのに、彼じゃないことくらい。
声をかけずにいられなかったのか。
追ってきて腕を掴んだ。オレの腕をだ。
驚いて振り返って、視線が合うと彼女は怯んだ。
「ごめんなさい…。とても知ってる人に似てたから…」
俯いて、行こうとするのを咄嗟に止めた。
「なに?その人って彼氏?ってことは彼氏もすっげーオトコマエ?」
そう言うと、足を止め、おかしそうにこっそり笑った。
「あー、それってまるで、『わたしの彼氏の方がいい男よっ』なんて顔してるな?」
「…そんなことないですよ」
ためらいがちにフフと笑って答えた。
「ふーん」
疑わしそうに睨むと、
「あ。それに、その人って別に彼氏でもなんでもなくて…」
「え?彼氏じゃないの?」
「違いますよ」
「なぁんだ、じゃ、彼氏いないんだ?」
「え?」
「ねっ?」
「ええ、まぁ…」
「じゃ、立ち話もなんだしちょっとその辺でお茶でも──」
言いかけた言葉を素早く遮られる。
「結構です」
うお、凛々しい。かわされた…か。残念。
その瞳に免じてこれ以上攻めるのはやめておこう。
本当言うと、たやすいと感じている。
行こうとする彼女の後ろ姿に呟く。
「戸締りは厳重に。ちゃんと鍵かけてないと泥棒が入るからね」
ハッとして振り返る彼女が何を感じたかは知らない。
「ココロの鍵を──」
最後の一言は耳に入っていないらしい。
次第に人ごみにかき消されていく彼女の気配をいつまでも追っていた。
***
オレは怪盗。
しかもかなり優秀だ。
予告をしたら外さない。
必ず手に入れる。
ふっと湧きあがるこの感情を言葉にしたら、いくつも崩れ落ちるものがあることがわかる。
それでも。
そこが厳重であればあるほどに、探偵が謎解きを楽しむように、オレもまた、盗むための方法を考えることに没頭してしまう。
彼女に伝えてほしいんだ。
もしも再びキミに出会えたら───。
こっそりそんな予告状を胸にしまって、オレはようやく歩き出した。
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