November: Troika

朝からひとすべりして、軽く汗をかいたのでベンチに腰を下ろしてリンクの周りをぼんや
りと見ていた。彼の練習の利便を考えてこのリンクのすぐそばに住みだしたというのに、
当のご本人さまは遠い空の向こう。まだ、日付だって今日になっていないんじゃないの?
いくら末席とはいえ、公式サイトに顔写真入りでメンバーとして紹介されてるのなんて見
ると、なんだか、遠いなぁと大きなため息が出る。

そんなわたしが、彼のために住み始めた家から程近いスケートリンクで、たまの休日にス
ケートして遊んでるんじゃ、なんだかマヌケそのもの。日曜日だけど、まだ午前中も早い
時間なので、そんなにリンクは混んでいない。午後から天気も回復するという予報だった
から、もう少ししたら混み合ってくるかもしれない。

小学生のグループが楽しそうにやって来た。結構、小さい子たちに見えるけど、保護者が
いないところをみるとみんな上手なのかな。あのぐらいの子たちだと友達同士で来るとい
うよりも大人と来ることが多いだろうから、目に止まった。

わたしがスケートを教えてもらったのも、その頃だった。子ども会で連れていってもらっ
たときに、近所のおじさんに教えてもらったのが最初。おもしろいなぁと思って、その後
も年に数回は行っていた。不思議と本格的に始めようとは考えなかったけど、もともと運
動神経の悪いわけじゃないわたしは、それなりに上手にすべることができるようになって
いた。

さっきの子どもたちに視線を戻すと、5人のうち2人の男の子は上手にすべっている。あ
のぐらいすべれれば、他の子にも教えてあげられるだろう。あと1人の男の子はあんまり
上手じゃないけど、もともと運動神経がいいみたいで、なんとか勢いで転ばずに氷の上に
のっている。でも、女の子2人は、どうも今日がはじめてみたいだ。子どもって慣れるの
が早いから、1,2回滑ったことがあるとなんとか氷の上で転ばずに遊べるんだけど、全
くダメなところみると初めてなんだろうなぁ。
それにしちゃ、保護者、どうしたのよ!滑れない子どもを放っておくかい!?

危ないなぁなんて眺めていると、カチューシャをした女の子が上手な男の子のうちの1人
の方に近づいていった。うんうん、そうだわ。教えてもらいなさい。
でも、もう1人の女の子。ちょっと気が強そうで自分から教えてって言えなそうだなぁ。
特に同級生の子になんて頼れないって雰囲気がミエミエ。そりゃ、もっと大きくなったら
アナタみたいなきれいな子は男になんて頼ったりしたら、ヘンにつけ込まれたりして大変
だからそのぐらいでいいと思うけど、今は違うんじゃない?

それにメガネじゃない方の上手な子が、ずっとアナタのこと見つめてるけど。アナタが転
びそうになると、10メートルぐらい先で、思わず支えるような仕草してるし。ボクがさ、
あの子のところにいってあげた方がいいんじゃないの?カノジョ、きっと自分からは言い
出せないタイプだよ。

ついに転んでしまって立ちあがれないカノジョのところへ、ようやく向かっていったボク
ちゃんだけど、少し悔しそうな顔をしてる。一瞬だったから、もしかしたら一番そばにい
たカノジョも気づいていないかもしれない。そうだよね、オトコだったら、そんなとき女
の子を……好きな女の子を抱き上げて助け起こしてあげたいと思うよね。だけど、まだま
だ、無理だよ。ほとんど同じぐらいの背格好じゃ。そうねぇ、高校生ぐらいになったらで
きるかもね。






わたしは、自分の高校のときの遠足のことを思い出していた。
ここじゃなくて、もっと遠くの大きな遊園地のスケートリンク。そこはスケートリンクも
広いけど、ジェットコースターやもっと華やかなアトラクションも多いから、スケート組
は少数だった。わたしの周りの友達はみんな、新しくできたコースターに乗ると張り切っ
ていたけど、わたしはスピード系が苦手なので、こっそりとスケートリンクに逃げてきて
いた。彼女たちのパワーだったら無理やり乗せられちゃうからね。

とりあえず、マイシューズも持ってきていたし、あいにくの曇天だったけどそのおかげで
リンクのコンディションはとてもよかった。軽やかなスタートとなった。平日で空いてい
る広いリンクを気持よくすべる。スピンとかジャンプなんかはできないけど、バックで滑
ったり、ターンしながらまわるなんていうことはそこそこできる。同じ学校の子と思われ
る子達から注目されてちょっと気分いい。

そこにホッケー用のスケート靴を履いた男の子がやって来た。
うわっ、わたしを挑発するようなターンをしてわたしの目の前で止まった。
レベルが違うって、この人。
本格的にやってる人だよ。
スピードスケート?
アイスホッケー?
そんなことを考えていたら、ぶっきらぼうな調子で話しかけられた。

「アンタ、1年のときの体育祭で学ラン着て、青ブロックの応援旗もってたでしょ?」

は?
そうだけど?
この人だれ?

「こんなにスケートがうまいんだったら、もっと早くスケートに誘えばよかった。じゃ、
行くよ!?」

え?
行くってどこへ?

わたしは、その人に引っ張られながら、リンクをぐるぐると回らされる羽目になった。そ
の人の速いペースに引きずられるように5周目をまわっていた時、ああ疲れたなんて気を
抜いたら、手を引かれていたので、思わずバランスを崩してしまい……。

あれ?痛くない。
「おい、スカートで転ぶな」
そうだ。今日は別に軽くすべるだけだと思ったから、この前買ったお気に入りのミニスカ
ートだった。そして、わたしはその人に抱きかかえられるようにして、しがみついている
ことに気づいた。
「分かったら、さっさと自分で立てよ。重てぇよ」
「失礼ねッ!」
そう叫んだら、その人は嬉しそうに笑った。
「やっと、オレのこと見てしゃべってくれた」

スケートリンクにいたうちの学校の生徒、みんながわたしたちに注目していた。そうして、
わたしと彼は付き合い出したの。優しく抱きとめられたそのときの感覚、今でも覚えてる。





さっきのカノジョは、全然気のないフリをしているけど、ボクちゃんに丁寧に教えてもら
っていて、ちょっと嬉しそう。ボクちゃんのことが好きってわけじゃなさそうだけど、世
話を焼かれることへの気恥ずかしさもあって、すこし頬を紅潮させたりしている。ボクち
ゃんは教えることとカノジョを支えることで精一杯で、カノジョの表情なんて見てないみ
たいだけど、うわぁ〜そんな表情ボクちゃんが見たら、はぁと射抜かれちゃうねぇ。

でも、カノジョがボクちゃんのことを、ちゃんと信頼してるのはよく分かる。彼の力を信
じてるってカンジかな。あんな気の強そうな子が素直にいうことを聞いているし、何より
もあんな風に体重を預けるのって、よほどの信頼関係がなければ出来ないと思う。滑れな
ければ滑れないほど怖くて、案外、できないものなんだよ。



あ。わたし、見ちゃった。

嬉しそうにカノジョに教えるボクちゃんの幸せそうな表情を盗み見て

一瞬だけ微笑んだカノジョを。



しばらくして、わたしの背中合わせのベンチに座った2人。ボクちゃんが飲み物を買いに
いったスキにカノジョにひとこと言ってわたしは立ちあがった。

自分に言い聞かせるようにカノジョに言ったの。
「絶対、あの子の手を離しちゃダメよ」と。

子どもだから練習の時にしっかり手を握っていなければ危ないと受けとめたかもしれない。
でも、そんな意味で言ったんじゃない。なんの根拠もないけど、カノジョがあんまり幸せ
そうに見えなかったんだもん。ただ、ボクちゃんと一緒にいれば、カノジョの心が救われ
るんじゃないかって、そんな気がしたの。そんな未来があるような気がするのよ。
返ってきたカノジョの答えも、わたしの言葉の意味を的確にとらえていると思えるものだ
った。

「わたしにそんな資格があるかしら?」

だから、わたしはもうひとこと付け足す。
「自分があきらめたら全部終わりよ。離さないで!」
そうしたら、カノジョ、わたしにすごく透明で綺麗な瞳を見せてくれた。
うん、大丈夫。そう思ってわたしもカノジョに微笑みかけた。



返事が来ないメールだっていいじゃない。戻ってこなければ、彼のメールボックスには入
っているってことだもん。たとえ中味は読んでいなくても、わたしからのメールが届いて
いることは知っているってことでしょ。少なくとも拒否はされてないんだもん。わたしか
ら、手を離しちゃいけない。わたしが彼を好きだったら、絶対に自分から手を離しちゃダ
メだ。

わたしはスケート靴から履き替えたブーツの靴紐をギュッと結んで、背筋を伸ばして大き
く一歩を踏み出した。


「相変わらず、威勢のいい歩きっぷりだねぇ」


後ろから懐かしい声が聞こえ、自然に涙がこぼれ落ちたのと、カノジョがウインクしたの
は、ほとんど同時だった。






おしまい

 


*わーいわーい、ありがとう。思わぬいただきものにウキウキしています。やはり華姉が書くと光哀度高しっ!! もうすでにわたしの中では光哀はオフィシャルです、間違いなく!(笑) そしてラストシーンにホロリですよぉぉぉ。素敵なお話よねぇ。ほんと、華姉の「わたし視点」のお話は何度も今までも言ったけど何度でも言わせてもらいます、絶品です。また是非書いてねーっ!!(ななみん)

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