ふ
踏み切り 夕焼け 帰り道
新一と一緒に帰るのはとても久しぶりだった。それぞれにクラブがあったから、なかなか一緒にはならない。今日は偶然校門でばったり出くわして、そのまま並んで学校を出た。
ちょうど夕暮れの時間で、空はサーモンピンクに染まっている。更に秋の雲はちょっと面白い。
「あ、ちょっと本屋寄らねぇ?」
誘われて家への道から外れた。駅の近くの大きな本屋でほんの少し時間を過ごして、新一は出たばかりのミステリー小説を手に満足そうだった。本を手にすると、中身が気になって仕方ないらしい。家まで歩いて15分かそこらなのに待ちきれないといった様子。
新一は鞄と部活のバックと、おまけに脱いだ学ランの上着を抱えていて手一杯だった。なのにそれでも本を広げたがる。
「なんで学ラン着ないの? 着れば一個荷物減るじゃない?」
「だって、なんか暑くねぇ? 今日さぁ…」
「そうかなぁ」
確かにきっちり学ラン着るほどに涼しくはないけど。しかも部活帰りと来てるし。
「悪りぃ、ちょっとだけこれ持ってて」
どうにもやっぱり買ったばかりの本が気になるらしくて手にあった学ランを手渡された。
「もぉ、しょうがないなぁ」
と言いつつ、それを抱えてゆっくり新一の前を歩き出した。
「そんなに読みたかったら急いで帰って家でゆっくり読めばいいじゃない。こんなところで開いて止まってる方が時間の無駄遣いになるんじゃないの? …それにさぁ、まぁたそんな厚い本買っちゃって、今日寝ないつもりでしょ? 朝練だってあるんだし、あんまり無理しちゃ体が持たないわよっ。ほーんと、ミステリーミステリーって本気で探偵になる気なの? そういえば小学校の卒業文集にもなりたいものに探偵って書いてたわよね。あれって本気? だいたいね、探偵なんてそんなカッコいいもんじゃないわよ? お父さんなんてね、やって来る依頼のほとんどが浮気調査だの素行調査だの…、新一が求めてる小説になりそうな話なんて聞いたことないんだからね?………ねぇ、ちょっと新一、聞いてるの!?」
踏み切りを渡ってすぐのところで。振り返ると新一はいなかった。
新一はまだ踏み切りの手前にいて、ちょうど計ったように遮断機が降りていく。立ち止まって更に本に夢中になっていく。
わたしは踏み切りのこちら側から新一を見つめた。
わたしのことなんて全然目に入っていない。夢中になるといつもそう。ミステリー小説にも夢中だけど、最近はおじさまが関わる事件にひょいひょいとついていってるらしい。おじさまは小説家なのに、時々頼まれて事件を解く手伝いをしているらしいのだ。そうして新一は、会うたび関わった事件の話を子どもみたいに楽しそうに話してくれたりする。探偵になりたいっていうのも本気に決まってる。きっとそれしか見えてない。夢を追いかけはじめた新一は、少しずつ遠くに離れていくみたいで、ちょっとさびしく感じる。
不意に、手に持ったままの学ランを両手で抱えた。目の前を電車が遮り新一が見えなくなる。轟音と押し上げるような風、その向こうに沈みきったはずの太陽の残像としてピンクの空が残っていた。
新一が見えなくなるその間、わたしはそれを抱きしめる。ギュッと抱きしめ頬を寄せた。ああ、新一の匂いだと思う。電車が行き過ぎる。遮断機が今、上がった。
わたしは学ランを持ち直して、こちらに歩いてくる新一を待つ。その姿に、本当にどうしようもないなぁと思いつつ。
「ちょっと新一っ」
本を取り上げ目の前に立った。
「そんなに読みたかったらさっさと家に帰って読めばいいでしょ?」
「あー、おい、それ返せよっ」
「いーやっ!! 一緒にいる時くらいこっち向いててくれてもいいじゃない」
「え?」
あ。
わたしも言ってから自分の言ったことをもう一度なぞった。
こっち向いててくれてもいいじゃない…?
それってまるで…。
ハッとして頬が熱くなる。夕焼けがもっとこちらを染めてくれてたらよかったのにと思う。
「とにかく。ホラ、これ」
学ランを渡して、「急いで晩ご飯作らなくちゃ」なんて口走りながら走り出した。ぽかんとしたままこちらを見ている新一のことなど振り返りもしないで。
そうして家に帰り着いてから気づくのだ。…ああ、新一の買ったばかりのミステリー小説、うっかり持って帰ってきちゃったよ。
何を慌てていたんだろう。新一にしたってどうして気づかないんだろう。気づいたとして、どうして追ってこなかったんだろう。
そうしてわたしは思い出していた。抱きしめた学ランのその手触りと新一の匂いを。
中学二年、秋。早くなる心臓の鼓動の意味がわたしにはまだわかっていなかった。
おしまい
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