あ
逢いたくて逢えない日には
あ…、まただ。
窓の外を見る。少しばかりカーテンの陰に隠れながら。
昨日も、そして一昨日も。ちょうど学校帰りのこの時間、彼女はそこに現れた。
何をするでもなく、主なき邸宅を見上げる。空っぽの部屋の窓を見ている。
わたしはそんな彼女の姿を見て見ぬフリしながらも、実際気になってならなかった。
こんなとき、わたしに何が出来るだろう。どんなふうに声をかければいいんだろう。そう、例えば吉田さんならと考えて笑う。…わたしは吉田さんにはなれない。
しばらくして行き過ぎる彼女は、こんな場所から見ていてもわかるくらいのため息を一つ落としていった。
何も出来ないのがもどかしい。どうしていいのかわからない。
彼女が行き過ぎてから、そっとカーテンを引いた。真っ暗になった部屋にいると孤独感に苛まれる。…だけどそんなの慣れてたのに。慣れてたはずなのに。少しずつ少しずつ、何かがわたしの中で変っていった。
大切なものが増えることが怖い。…きっと失うことが怖いから。
臆病風に吹かれているだけ。そんなことわかってる。
ぐるぐると出口のない迷路をさまよって。少し額に汗をかく。
そんな時。やさしくあたたかい声を聞く。
「哀くん、ココアが入ったんじゃが…」
博士のその声を聞くとホッとする。一人じゃないことに安堵する。
ふーっと息を吐いて、引いたカーテンをもう一度開けた。すると明るい陽射しが部屋に入ってくる。更に窓を開けると心地よい風が頬を撫でる。
なんだ…、簡単なことじゃない。
とってもとっても簡単なこと。
彼女を今度見かけたら声をかけよう。
「お茶でもいかが?」って。
それだけでいいじゃない。そう、それだけで──。
***
そして翌日──。
そこに彼女が立つことは決して彼女にとって幸せなことじゃないことくらいわかってるのに、わたしは来てくれて嬉しく思ってしまう。
その部屋を見上げる切なげな瞳は、わたしを躊躇させるけど。だけど──。
「こんにちは」
わたしは今上手く笑えてるかしら。
「あら、哀ちゃん?」
振り返った彼女は驚いて、でも嬉しそうに微笑んだ。
「お茶でも…いかが?」
目を丸くした彼女がうんと頷く。
逢いたくて逢えない日には、きっと彼女はまたそこに来る。
何度でもそこに来て、空っぽの部屋の住人を想う。誰にも言わず、思いを心に押し込めて、一人泣いてるのかもしれない。
何も出来ないけれど、何ひとつ状況も変わらないけれど、わたしでいいならいっしょにいてあげよう…。ひとりぼっちのさびしさなら、きっとわかってあげられるから。
おしまい
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