"I wanna be with you tonight"



<二人でいるのにさびしいのはなぜ?>

 新一が何気なく腕時計を見た。何気ないその仕草にさえ、わたしは悲しくなってしまう。
「…何時?」
「7時20分」
「あんまり時間ないね…」
「そうだな…」
 いつもそう。別れの時間が近づくと二人決まって無口になっていく。
「シャワー………浴びてくるね」
「えっ?めずらしいな…」
 わたしは静かにベッドから起き上がり、手近にあった新一の白いシャツを羽織った。そして無言のまま、新一を残して浴室に向かった。

 …わたし、なんか怒ってる?
 変なわたし。

 *****

 新一が元の姿に戻って、もう半年以上が過ぎた。
 お父さんは、急にわたしたちのつきあいに厳しくなって、門限を夜の8時に決めた。高校生だから、それも確かにめずらしくもないのかもしれない。心配なのもわかるし、実際、こうしてお父さんの気持ちを裏切るようなコトしてる。
 新一が一人暮しなのは、勿論お父さんは承知してるし、「新一のご飯を作りに行って来る」というのが別の意味を持っていることも、ひょっとしたら察しているのかもしれない。…それを追求されたことも咎められたこともなかったけど、でも、門限だけは決められた。…お父さんのたった一つの意地?威厳?…少しばかりひねくれたわたしは、……いや、本当のことを言うと、わたしは新一のことで頭がいっぱいで、お父さんの気持ちなんて考えたこともなかった。
「どうしてよ?わたしのことがそんなに信用出来ない?」
 食って掛かっても答えは同じ。
「門限は8時!!1分でも1秒でも過ぎたらウチには入れねーからな?」
 わたしには多少なりとも罪悪感が心に宿っていて、お父さんの決めたこの”門限”だけは、絶対に守らなくちゃいけない気がしていた。

 *****


 シャワーの蛇口を捻った。勢いよく流れる熱いシャワーを頭から浴びた。
 帰る間近にシャワーを浴びるなんてはじめて。
 いつもなら、新一のぬくもりを覚えていたくて、それを流すことなんて出来なくて、だから使わなかった。家に帰って、自分のベッドでもう一度自分自身を抱きしめて目を閉じる。新一を思う。…だけど、愛しさは切なさに変わっていく。


 じゃあ、なぜ、今日は…?


 自分の行動がわからなくなる。
 ………わたし、拗ねてる?
 引き止めない新一を責めてる?

 ……だって、わかってる。事情を知ってる新一が引きとめられるわけなんてないこと。

 シャワーを浴びないもう一つの理由。濡れた髪は、何よりもその証拠になるから。
 わたし、新一に無言のプレッシャーを与えてるのかもしれない。
 わたしは新一にどうして欲しいの?
 …これから受験だって大変なこの時期。こんなふうに困らせて、どうする気?


 シャワーを止めて、漂う石鹸の香りと、髪の雫がわたしを不安にさせる。
 新一の全てが消えてしまったみたいに思えて、わたしはさびしさを覚えた。

 脱衣所で、元通りの制服に着替えた。
 学校から、今日は直接ここに来た。だから、学校帰りのはずのわたしが、石鹸の香りなんてさせてちゃいけない。髪を濡らしてたりしちゃいけない。


 浴室から出ると、コーヒーの香りがリビングから届く。
 半開きのリビングのドアから中を見ると、新一がGパンだけ履いて、──そういえばシャツはわたしが羽織って来たんだった──上半身は裸のまま、キッチンで頬杖をついていた。まだ、わたしが浴室から出たことに気づいていないようだった。
 わたしも、なんとなくそんな新一をじっと見ていた。

 新一の視線はコーヒーメーカーの液体の一滴一滴を追っている。少しずつ満たされていくコーヒー自身でなく、コーヒーの雫を数えているかのように。
 リビングの時計が、チクタクと昔ながらの音を立てて時を刻んでいる。
 それ以外は静かなもの。
 いつしか、そのコーヒーの雫が落ちるのも最後になった。
 最後の一滴は、時間をかけてゆっくりと、すでに出来上がっていたコーヒーと同化する。

 新一が何を考えているかはわからないけれど、考え事をする新一を見ているのは好き。少し大人びて、少し怖気づくけど、そんな新一も好き。…わたし、新一が好き。
 わたしは時間を忘れていた。
 自分のいつもと違う行動のことも、すっかり忘れていた。
 不意に、ドアのノブを触れてしまい、その微かな音に新一が我に返った。そして、わたしもまた──。

「蘭?」
「…コーヒー炒れてくれてたんだ」
 微笑んで、傍へいく。
「ああ」
 新一は立ちあがり、コーヒーカップを二つ取り出すと、そこへコーヒーを注いだ。
「でも、もう時間ないから」
 わたしは怖々と時計を見た。7時50分。…もうホントに時間がない。走って帰っても間に合わないかもしれない。

 時間のことを考えると泣きたくなる。
 泣きたくなって、新一にすがりたくなる。
 愛しくて離したくなくなる。
 ……駄目。

「また明日。学校でね」
 新一を抱きしめて、そのくちびるにキスした。
「おやすみ」
 微笑んで、そして、背を向けた。
「蘭……」
 呼びとめられて振り向きそうになるのを我慢した。
「…あ、送ってく」
「大丈夫」
 じたばたと何か上に羽織るものを探している新一に「じゃあね」と手を振った。
 それでも、玄関先まで追いかけてきた新一は、わたしをもう一度引き寄せた。
 新一の裸の胸。新一の腕。新一の匂い。…ここにいたのに。確かにここはわたしの場所だったのに。…こんなに好きなのに。
 …ここにいたい。この場所にずっと。

「ごめんな」

 新一は言った。それはとても悲しい言葉に聞こえた。
 新一の瞳を覗くと、やっぱり哀しい色で。

 一人駆け出すと、濡れた髪の雫が飛び散って冷たかった。
 追い討ちをかけるように吹き付けた風は、もう秋を告げていた。



<待つことのできるしあわせを知っていた>


 甘いくちづけは、ことのはじまりを告げた。
 新一に体を預け目を閉じ受け入れる。
 もう何度その胸に抱かれたのだろう。
 心地よく安心する場所。
 こうしている時が一番ホッと出来た。ここに新一がいることが実感出来て、ずっとそれを感じていたかった。

 その時。否応無しに新一の携帯が鳴りはじめた。
 ……また?
 何度も携帯に時間を切断された。事件はいつでも予告もなしで二人の時間を攫っていく。

 連れて行かないで、新一を。
 邪魔しないで、わたしたちを……。
 でも、我侭は言えない。言っちゃいけない。新一を困らせたくない。
 それに。わたし……わかってる。探偵の目をした新一も、わたしは愛してるってこと。

「ごめん」
 事件を手にすると、新一はそちらに気を取られる。
「今日はもう帰って来れそうにない?」
「…そうだな、多分」
「じゃ、適当に片付けて帰るから」
「うん」
 待ってるって言えないから辛い。
 二人別々の帰る場所…それを思うのが辛かった。

「気をつけてね」
 玄関先で見送る時だけは、どこか新婚家庭の朝の風景みたいだった。
「うん、行ってくる」
 さり気なく引き寄せてくちづける仕草が、わたしに少しだけ幸福をくれた。
 ……こんなふうに、いつか。
 いつか、こんな日が来るんだろうか。
 最後に「早く帰って来てね」と付け加えられる日が──。


 キッチンを片付けながら、静かなリビングを振り返る。
 そこに……リビングの長ソファにゆったりと横たわって推理小説を読みふける新一を想像する。
 振り返ったわたしに気づいて、新一はそっと手招き。
「何?」
 ただ新一は微笑んでいる。
「どうしたの?」
 近づくと、新一の思う壺にはまって、強引にソファに引き入れられる。
 …でも幸せ。目を閉じる。
 そして、新一に触れようとした時に気づく。それが幻だと。リビングに、長ソファに、誰もいないことを知る。幸せ妄想に苦笑する。

 時計を見ると7時半。もう帰る時間だ。
 …でも。
 待っていたい。ここで新一を帰るまで待っていたい。
 電話しよう。遅くなるから、今日だけお願いって。
 …受話器を握り締め、自宅へのコールする。

「はい、毛利探偵事務所です」
 小五郎の少しろれつが回らない口調から、飲んでいるらしいことがわかった。
「あ、お父さん?」
「…なんだ、蘭かぁ?」
「うん。…あのね」
「もうすぐ8時だぞぉ。早く帰ってこいよっ」

 …遅くなるって言えない。
 だって、明日になるかもしれない。
 新一は、どうせ今晩戻ってこないかもしれないんだもの。

「…うん、今から帰るから」
「新一の奴は………事件か?」
「……ん、そうみたい」
「…じゃ、気をつけて帰ってくるんだぞ?」
「わかった」

 わたしは身支度して新一の家を出た。
 本当は、たとえ一人で夜明けを迎えても、新一を待っていられるココの方がしあわせな場所だということを、わたしはもう気づいていた。
 待っていられる幸せ……、ふと思い出す、コナンくんといた日々を。



 <二人の我侭は二人分のやさしさ>


 二人で手に入れる快楽は、日毎深まって行く気がしていた。
 だけど。
 これはなんのための行為だろうと考えることがある。
「ねぇ、新一…」
「うん?」
「どうして、…したいの?」
 漠然と聞いてみる。
 腕枕は新一の愛情をとても感じることが出来るし、このベッドのぬくもりは新一の心のあたたかさと同じ、そして、その瞳はとてもやさしいのに。
 …聞かなくてもわかってることがいっぱい。なのに、聞いてみたくなる。

 …不安なの。
「…どうしてって、それは……えーっと、要するにだな。……ってなんでそんなこと聞くんだ?」
「…だって」
「俺はオトコだし、…俺はおめぇに惚れてるし…だから。だからな」
 そう言いながら、新一はわたしに覆い被さって、じっと見据えた。
「おめぇは、なんで、じゃあ俺に抱かれるんだ?俺が求めるからか?」
 なんで抱かれる…?やっぱり新一が好きだから。触れ合っていたいから。触れ合っていると安心するから。
 だけど……わたしは、たとえ一つになれなくても構わないって思ってた。ギュッと抱きしめてくれたら、それで満足しちゃう。…ううん、満足だった。…それはもう過去形。
 求めてるのは新一だけじゃない。わたしも……わたしの体も新一のこと、求めてる。…でも、そんなこと言えない。
「俺がオトコなら、おめぇはオンナなんだよ。…わかってるだろ?」
 新一が意地悪に図星を突く。
 そうして、わたしの胸にくちびるを寄せて。
 …新一。わたしをいじめるんだね、そうやって。
 もうわたしの弱点も新一は知ってる。どこを攻めたらわたしが喘ぐかを知ってる。声を洩らすかを知ってる。…そうして、新一のペースに巻き込まれて、全てを受け入れることを知ってる。


 新一はいつでも避妊を忘れなかった。わたしを気遣っているのだとわかっていた。だけど…。
「なんか、これってガラス越しのキスみたいだね。一つになってるようで、そうじゃないみたいな……」
 冷めた言葉に新一の瞳が悲しい色を見せた。
「……ごめん」
 言葉にするべきじゃないと知って、わたしは謝った。
 それでも、新一の時間は止まらない。静かにわたしの中に体を埋める。
 新一の激しさ、苛立ち、そして感じた切なさ?…そんな気持ちをぶつけられた気がした。
 一つじゃないなんて言って………ごめん。
 ちゃんと伝わるものなんだね、ココロは。
 果てる時、名前を呼んでくれた。耳元で囁いてくれた。
 新一の気持ちなら、もうとうにわかってるはずなのに、それでもうれしかった。


 新一の胸に耳を潜めるように佇んで、わたしは心臓の音を聞く。
「最近……おめぇ、なんかさびしそうだな。俺はここにいるのに、そばにいるのにさ」
「…え?」
「言いたいことあったら言えよっ」
「な、…なんにもないよ。それにさびしくなんて……ないし」
「ホラ…」と新一に髪をぐしゃぐしゃに撫でられた。
「また、そんな泣きそうな顔してる」
「え…?」
 わたしは自分のそんな表情なんて気づかなかった。
 そんな泣きそうな顔だった?
 わたし、さびしそうに見える?
 …どうしてなんだろう。ここに新一はいるのに。
 こんなに満たされて幸せなはずなのに。
 新一の気持ちだって痛いほど伝わってくるのに。
 新一のやさしさがうれしくてたまらないはずなのに。

 …そう?
 新一のやさしさが本当はとっても憎らしいんじゃないの?
 どうしてやさしいの?
 もっと我侭にわたしを奪ってくれないのは何故?


 …そっか。
 わたし新一に連れ出して欲しくて、だから拗ねてるんだ。
 嫌な性格。
 こんなわたしじゃなかったはずなのに。
「俺のこと信用出来ない?」
 そうじゃない…。わたしはかぶりを振った。
「俺さ、おめぇが思ってる以上に、おめぇのこと好きなのにな…」
 悲しい瞳だと思った。
 新一の方こそ泣きそうな顔に見えた。

 だけど、わたしはようやく気づいた。
 新一は、わたしの鏡。わたしは新一の鏡。
 悲しい瞳も泣きそうなのも、お互い様なのね。
 そして、新一に連れ出して欲しいのと同じくらいに、わたしが新一を連れ出したい。
 我侭じゃなかったのはわたし。
 いっぱい我慢して、それが新一のためだと勘違いして。

「わたしだって……。新一が思うより、ずっとずっと新一のことが好き」
 わたしは忘れていた微笑を思い出した。そして横たわる新一のくちびるにそっとくちづけた。



「時間だね…、着替えなくちゃ」
「そうだな」
 気のない返事が返ってくる。
 本当に気がないわけじゃなく、気持ちを押し殺してるのがわかる。
 わざと視線を合わさないのは、そういう理由?

 ねぇ、新一。ココロを少しだけ軽くしてもいい?
 甘えていいかな?
「新一…」
「うん?」
「もっと一緒にいたい。今日は帰りたくないよ……」
 新一を抱きしめてみる。力いっぱい。
 本当の気持ちをぶつけるのは、相手を困らせるだけだと思ってた。だけど、違ってた。ねぇ、違うんだよね?
「蘭……。もう、ここにいろよっ。帰んなよっ」
 強い口調の新一のその気持ちは嘘じゃないと思う。

 …ありがとう。
 ココロ、軽くなった。
 うれしい。しあわせだよ…。

「でも。…やっぱり帰んなきゃね」
 わたしは笑顔でこう言えた。
 着替えをはじめると、新一もまた着替えはじめる。
 白いシャツをボタンも止めないまま、ざっくりと着て、またいつものGパンを履いて。
 わたしは来た時以上に身だしなみを整え、きちんと制服を着こなした。
 部屋を出る時、最後にもう一度引き寄せられた。
「送るよ…」
「大丈夫だよ」
「いや、送る」
 新一が押し切った。

 二人、夜道を歩きはじめた。
 ほどなく新一が手をそっと差し出して。わたしたちは手をつないで歩いた。
 ぬくもりが伝わるだけじゃない。
 ベッドでの新一がわたしの体に蘇る。
 熱くなっていく。それは、体も、心も。

「来週、模試があるよね?」
「そうだな」
「いよいよ受験って感じだね?」
「そうだな」
「それが終わったら期末だし」
「そうだな」
「それが終わったら、もう今年もおしまいか…」
「そうだな」
「もうすぐ卒業なんだね」
「そうだな」
「高校生じゃなくなるんだね」
「そうだな」

 同じ答えしか返ってこない。
 新一はどこか上の空で。

「いつか………新一と暮らせたらいいのにな」
「そうだな…………」
 言ってから、新一はハッとして、わたしを見た。
 もう、探偵事務所は目の前だった。
「いつか………ね?」
 わたしは微笑んで手を振った。
 新一は呆然としたまま立ち尽くしている。

 だけど、わたしは気づかなかった。わたしを見送る新一のその切なげな憂い顔に──。


<心のままに抱きしめて、あなたに切なさを与えてたなんて>

 朝、新一は事件に借り出されて登校してこなかった。
 受験を控えたこの時期、大丈夫なの?
 それよりもちゃんと寝てる?
 昨日の晩、家に電話したけどいなかった。携帯はオフになっていた。家に帰っていなかったから、徹夜の仕事だったのかもしれない。
 気になって学校からそっと携帯に電話してみると、コール音はするものの一向に出なくて。…余計気になった。
 学校が終わると、急いで新一の家へ向かった。
 インターホンも押さず、玄関の扉を開けた。

 帰ってる。
 脱ぎ散らかしたスニーカーが目に映った。

「新一…いるの?」
 言いながら、もう家の中に入ってる。
 静まりかえったリビング。少し前まで人の気配があったバスルーム。
 疲れて帰って、何も食べずに眠りの底にいるだろう新一が想像できた。
 軽く何か食べるものを用意しておこうか。
 …洗濯物でも片付けようか。
 だけど、それよりも。
 わたしは、早く新一の顔が見たくて二階への階段を昇っていた。
 その顔を確認しないと安心出来なかった。
 …ただ、新一に会いたかった。

 軽く部屋をノックした。
 返事はない。
 そっと扉を開けてみた。
 カーテンが引いてある部屋は薄暗く、ベッドで眠っている新一が部屋の外からはよく見えない。
 もっと近くで。そばにいって。
 わたしはベッドに近づき、やっと新一の寝顔を見つけた。
「ああ、新一だ……」
 声に出して名前を呼んでしまう。
 布団も毛布もかけずに、無防備に寝息を立てている新一。
 シャワーを浴びて、パジャマに着替えたはいいけれど、そのボタンをつけるまでは気力がなかったと見える。
 はだけた胸元。少し気になる。……ドキリとする。
 そこへ目を向けるまでは、無垢な少年にしか見えなかったのに。…思わず頬ずりしたくなるような。母性が新一を包みこみそうになったのに。
 穏やかな気持ちでいられないのは、どうしてなんだろう。
 胸が高鳴る。
 ただ見つめているだけではいられない。
 触れたいと思ってる。

 新一の繊細な指を捕まえる。
 この指。わたしを知ってるこの指。
 触れてほしいと願っている。

 少し寝返りを打って髪をかきあげる新一。
 その指をまた捕まえた。
 両手を捕まえ、新一のくちびるにそっとキスして。
 軽くキスして、深くキスして。
 もう、わたしは新一を抱きしめていた。

 新一がわたしに気づいたのは、深いキスの間?
 いつのまに、わたしの想いを掴まえはじめてるのがわかった。
 『おかえり』
 『ただいま』
 心で交す会話。交すキス。
 わたしが新一を求めてるのが、なぜか自然で、しあわせだった。
 こんなふうに抱きしめ合う日があってもいいんだと思う。
 石鹸の香りに導かれながら、わたしはシャワーのようにキスの雨を降らせ、新一を裸にした。
 新一がされるがままなんてことは決してない。滑らかに新一の指はわたしを探り、確かめていく。

 わたしは流れに任せて、自ら体を重ねていく。
 自然のまま、何に阻まれることもなく。
 いつもと違う不思議な感覚に没頭していた。
 その理由はわかっていたけど、それでいいと思う自分がいた。
 新一も少し気にしている。
『このまま…イッテいいのか?』
 ぐらつく気持ちが見え隠れしているのがわかった。
『いいんだよ』とわたしは頷く。
 新一は、迷いの中でのぼりつめた。
 抱きしめる手が、いつもよりずっときつく強く、苦しいくらいだった。

 しばらく二人でまどろんで、互いに触れ合いながら、心地よい夢を見た。
 新一はまだ疲れていたのか、まどろむ程度では済まなかった。眠りの中に吸い込まれるように戻っていった。
 わたしは、体を起こすと、軽く新一の頬にくちづけてからベッドを降りた。
『おやすみ』
 もう帰る時間だった。
 だけど、今日はさびしくなかった。

 明日、早起きして朝ご飯を作りに来よう。
 わたしは別れの時間にそんなことを考えていた。
 わたしは全然気づいてなかった。本当は狸寝入りしていた新一が、もう一度わたしをベッドに引きこもうと考えていたことなんて。だけど、それは実行されることなく、新一が見送る苦しさを味わっていたことなんて──。

 わたしは振り返ることなく新一の家をあとにした。
 少し肌寒くなってきた。冬は近いと感じながら。
 もしも、振り返っていれば、その窓際にもう一度新一の姿に出合えたのに。
 その切なげな瞳に引き止められていたかもしれないのに。

to be continue...


なんかある意味新一がアヤシイ…(笑)。で、どこまでも終わらない熱烈蘭ちゃんの行方はいかに!?