悲しみは雪のように
特別な日には、決まって特別な人を思い出すもの。
例えば一番人恋しくなるのがクリスマスだったり。
昨年の大晦日なんかは世紀末から新世紀への100年に一度の夜だったから、これまたとっても特別な日で。
新年が明けたら明けたで一緒に初詣。好きな彼女の振袖姿なんて拝めたら最高なんて思うもの。
2月に入ると女の子がなにやら殺気だってると思いきや、バレンタインがやってきて、そんなのどうでもいいやと口では言っても、もらえるものがもらえると、やはりうれしかったりする。そして、その返しのホワイトデー。これはそれほどまでに盛りあがらないのは確か。だけど、ちゃんとした相手がいれば話は別。
4月、桜のシーズンになれば、その桜並木を特別な人と歩きたいと思うのが人情で、5月の連休ともなれば、季節もいいから、どこかへともかく出かけたくなる。
雨降りが続く梅雨時には、あいあい傘の相手がいればしあわせだろうし、7月になると夏。一緒に海に行きたいと思うのは当然。好きな彼女の水着姿くらい眩しいものはないはずで。夏祭や花火大会には、浴衣姿に惚れ直し、ともすると邪な感情がふつふつと…。
そして季節とは別物の特別な日と言えば、誕生日。互いの誕生日に「ふたり」でいることに意味がある。
こう考えると、なにかしら特別な人を思う機会でいっぱいな気がする。そして、思い人にその特別な日に会えない場合は、そのさびしさは2倍3倍増しになってしまう。これも必然。会えなければ会えないほど心が冷めて行くかと言えば、それは違って、思いは募るのだとそういう立場になってみてはじめて気づくものだ。
俺の場合──。
特別と言えば、蘭。いつのまにか、蘭。あらためて気づく、それが蘭だと。
そんな蘭に、思えば毎日会っている。同じ屋根の下、生活している。眺める分には満足なのかもしれない。…そのはずだった。
だけど、違うんだ。
思いは、募る。
*****
それはなんでもない日のことだった。
冬。敢えて言えば東京に珍しく大雪が降った日。これもまた特別な日にあてはまってしまった。
寒い日には温かさが恋しい。ごく当然。
雪がめずらしい都会では、雪ひとつに思い出なんかもあったりするから、それは余計に特別の日となりうる。
蘭もまた、そうだった。幼い頃に、幼なじみの悪ガキと雪だるまを作ったことを思い出す、とか。ともかく蘭は、雪が降ると最初に工藤邸を思い出していた。その庭に積もる雪を覚えていたから。
その日も雪が降って来たのを見ただけで、ふとその場所に戻りたくなった。蘭は、蘭の思い出のなか。
それとは知らず、俺も俺で思い出を手探りしていた。
──そして、ふたりはその場所で偶然出会った。
だけどあいにく俺は工藤新一でなく、江戸川コナンで。
それでも鏡もないから、俺はコナンな気がしない。蘭が近くに現れるまでは。
その視線が俺を見下ろす。
さびしさと悲しさと空しさ。心にぐさりと何かが刺さる。
「コナンくん…?どうして、ここに?」
…答えられない。ここで「蘭ねーちゃん」なんて呼びたくない。
ただ俯く。
一歩退くと、雪がギュッと音を立てた。
蘭はコナンに向かって微笑んだ。綺麗な笑顔だった。だけど、それがとても痛かった。何が痛いか?…子供に向
けられた視線だと感じたから…かもしれない。
いや、バレてたら堪らない。
蘭は黙り込んだ俺にやさしく声をかける。
「雪だるま作ろうか?」
「…うん」
気分は滅入っていても、ここにふたりでいることだけはうれしかったから、俺は素直に頷いていた。
夕陽が沈むのも忘れて、二人で雪だるまを二つ作った。
大きいのと小さいの。
「わたしとコナンくんみたいだね」と蘭が笑った。
「それじゃ新一にーちゃんは?」と聞きたくなった。…聞けなかった。
……蘭の顔が曇ったから。
切なそうで辛そうで。はじめてその時「ここで待ってたんだ」と気づいた。工藤新一を。
「新一、帰って来ないね。雪が降っても…」
「雪」と「帰ってくること」に関係があるとは思えなかったけど、その気持ちはわかった。
「クリスマスも大晦日も正月も…考えてみれば誕生日だって…。新一は帰ってこなかったんだもん」
暗くなってきた。また雪が音もなく落ちてきた。
蘭の肩に、頭に、静かに積もって行く。
「帰ってくるよ…。きっと帰ってくる……」
俺の台詞に意味はない。根拠なんてどこにも。
「それまで、俺……いや、ボクがそばにいるから」
蘭は目を丸くしてコナンを見た。
「ボクがそばにいて、蘭ねーちゃんを守るから……」
蘭に少しずつ積もる雪を見ていたら、催眠術にかかったみたいに自然手が伸びた。
眼鏡を取る。
雪の中にそれを投げ捨てる。
蘭を引き寄せる。
そして一瞬、そのくちびるにキス。
俺はバカだな。自分から白状してるようなもの。
この場所で幼い頃のこの顔を蘭に見せちまったら…。
「ごめん…」
蘭に背を向け、転がっている眼鏡を拾って元通りのコナンに戻った。
「バカ…」
蘭の声。雪にかき消されるくらいに小さな声。
「え?」
どういう意味なのかわからない。
「わたしがコナンくんのこと好きになっちゃったらどうするつもり?」
・・・・・・・・・。
「ううん。わたしコナンくんが好き…、いつもそばにいて守ってくれて。わたしはコナンくんが好き…だよ」
・・・・・・もう振り返れない。
蘭のやさしさに包まれて、俺はコナンに戻って行く。
どうあがいても今の俺は江戸川コナン。工藤新一じゃいられない。
雪が降る。
街は白く色づいて。いつもの街とは違うみたいで。
夢の中にいるみたいで。
だから、そっと二人の胸に仕舞っておこう。
夢の中で見た真実を………。
fin