真っ赤なリボンのトナカイさん
迷宮なしの名探偵・工藤新一、高校二年生。世間を賑わせていい気になっているオレ様なところが鼻につくイヤな野郎だ。
そこで俺は考えた。ちょっと奴をこらしめてやろうと。
学校の帰り道、奴をとっ捕まえて薬を飲ませた。フフフ、こいつはアポトキシン4869トナカイバージョンと言って、こうして薬を飲ませると……。
たちまち工藤新一はミニトナカイへと変身することになるのだ!!ハハハ!!
そんなわけで、ちょうど手のひらサイズの工藤新一トナカイの出来上がりというわけだ。
どうだ、参ったか!工藤新一め!
え?あとのこと?そんなものは知らない。
ただ、ホラ。あんなちゃらちゃらした奴が、クリスマスに好きな娘といちゃついていい気になってるなんて想像しただけで腹が立つと言うものだ。小さくなってトナカイじゃ手も足も出まい?いい気味だっ。
おっと、俺の名前かい?今日はイブだし特別だ、教えてやろう。
俺は、ジンだ。
***
「…な、なんだ?」
俺は自分の姿に驚いた。
なんてことだっ、この姿は!!体が縮んでいるっ、しかもトナカイじゃねーか?なんだなんだ?なんなんだ?
しばらく現実を受け止めることが出来ずにじたばたしていた俺は、それでも立ち上がり歩きはじめた。向かう先は、同級生の蘭の家だ。
残念ながら俺は一人暮らし。頼りに出来るのは蘭しかいない。(この新一君は博士を連想することすらしないのだな(笑))
とぼとぼと父親が探偵をやっている蘭の家・毛利探偵事務所を目指した。
「はぁ…しかし、蘭になんて言おう」
と、後ろから走り寄る影ひとつ。ハッとして振り返ると、蘭だった。
「蘭っ!!」
俺は叫んだ。蘭は俺を見るとピタリと足を止め、まじまじと眺めた。
「…誰?あなた、…なんなの?小人?トナカイ?…うーん、顔は小さい頃の新一そっくりで…」
新一という名が出たことで俺はパッと笑顔になった。
「それそれ」
「それ?」
「俺、工藤新一、わかるだろ?蘭」
「え?」
「だから新一だって」
「新一?………まさかぁ。トナカイじゃない。しかも小さいし」
「これには事情があってだな。…ま、話は家に入って…」
と先に歩き出す俺を蘭はひょいとつまみあげた。
「おっ、オイなにすんだよっ、離せ!!」
こんなふうに扱われるなんて俺のプライドが許さない。バタバタと激しく抵抗した。なのに、蘭と来たら、俺を見てにっこりと笑ったんだ。
「なんだかよくわかんないけど、かっわいい〜♪」
抱きしめられて、頬にすりすりされて………俺は、俺は…………!!
……夢心地を満喫してしまった。
「ね、ね、ちょっと触ってもいい?」
「え?何を?」
「つの」
「へ?つのって?」
言うが早いか蘭は俺の角を嬉しそうに撫でた。
何故か俺はくすぐったくて、「おい、よせよっ」なんて笑っている。面白がって蘭は撫で続けた────、ってこんなことしてる場合かよっ!!
蘭は俺を連れて自分の部屋へ入った。事務所でなく、自宅のリビングでもなく部屋だぜ、部屋!!そこは密室なんだ。…って手も足も出ねーけどよっ。
俺にコーヒーを振る舞ってくれる蘭は、つまり俺を新一と認めたってことなんだろうか?
「なぁ、蘭、俺さ…」
「うん?」
「しばらくここにいてもいい?」
「…いいわよ」
「え?いいのか?そんな二つ返事で」
「だって、新一、そんなじゃ色々困るでしょ?」
あ、やっぱり俺って認めてるんだな?
「だけど、いーい?お父さんの前じゃ、ちゃんと人形のフリするのよ?」
「人形?」
「あら、何?新一だって言っていいわけ?」
「よくないよくない。俺は人形だ、俺は人形だ…」
呪文のように人形なんだと唱える俺。
傍らで蘭が楽しそうに眺めていた。
「あ、そうだ!!」
いいこと考えついた!!と取り出したのはリビングのツリーに飾ってあったオーナメントの金色の鐘。
「これこれ、これ付けてみて」
俺の首に鐘。
…俺はペットじゃねーっての。
「ほぅら可愛い♪」
すっかりご機嫌だ。
更に蘭は色々机や引き出しを物色している。
「布団のかわりにコレなんてどうかしら?」
そこにあるのは蘭のミトン。指をさされたからそっとそこへ侵入。…あったけー。そして、ああ、蘭の匂い。
「どう?いい感じ?」
うっとりとしている俺を見て、蘭はくすっと笑った。
そしてミトンごと俺を手でそっと拾い上げて、やさしく撫ではじめた。
うわ。…これとっても気持ちいいかも。
…ああ極楽。
…ああ天国。
ってわけで俺は眠りについていた。
気づいた時には部屋は真っ暗で。ふと横を見ると蘭のアップの寝顔があった。
「うわっ。吃驚したっ!!」
激しく驚いて、俺はミトンごとベッドから落っこちていた。
と、その時。
ガタンと部屋のドアが開いた。
…侵入してきたのは、蘭の父親・小五郎さんだ。
四角い箱を手にして、どうやらサンタのつもりらしい。…蘭はもう高校生なのにな。…だけど、嘲笑するどころか、実は俺は感動していた。なんかいいよな。こういうことをずっと続けてるってそういう姿勢。なんかいいな、と俺は思ったんだ。
そして、小五郎さんが出て行ったあとに、俺はまたハッとするのだ。…そうだ、今日はイブだったんだと。
なのに俺はこのざまで、用意しておいた蘭のプレゼントも渡せないまま。あーあ。
けど笑えるよな。俺が用意したプレゼントって「いかにも蘭が好みそうだな」と確信したトナカイのぬいぐるみだったってこと。それって、今の俺そっくりなんだもんな。ホント、笑える。涙が出るよ。
俺は小五郎さんが持ってきたプレゼントの箱に巻きつけられてた真っ赤なリボンをするすると外した。そうして、ぐるぐると自分に巻きつけてキュッと結ぶ。
その時はじめて「情けねー」…そうつぶやいて蘭を見た。
すやすや眠る蘭を、ただ見つめるしか出来ないってこと、今更知っても戻れない。
「なんでこうなっちまったんだろうなぁ…ああ」
ベッドによじ登って、また蘭の隣で眠りについた。今度はミトンでなく、そのまま蘭の布団に侵入。
しかーし。どうにもこうにも寝苦しい。巻きつけたリボンのせいだな。寝ぼけた頭で少しずつ緩めながら何度も寝返りを打って、いつのまにかリボンは頭にかろうじて結ばれる程度になっていたのだが───。
「キャ───っ!!」
蘭の叫び声で俺は目を覚ました。と同時に蘭が叫んだ理由がわかった。
いや、しかしなんで叫ぶんだ?そんなことしたら、絶対小五郎のおっちゃんがやってくるだろうが。そうして今こうしているところを見られでもしたら、俺は、俺は───!!!!
そう。
俺は元に戻っていた。
頭に真っ赤なリボンをつけて、蘭の隣で寝ているわけで。それだけでも異様な光景だっていうのに、更に更に悪いことには、──俺はトナカイだったわけで、つまり、つまり、つまり、動物だったわけで、つまり、つまり、その───何も着ていないのであーる!!
その後のことについては詮索しないで欲しい。
ま、クリスマスなんだからきっとハッピーハッピー!!
つ
づ
く
↓
↓
↓
ピンクのドレスのトナカイさん
「ねぇ、新一…」
うん?眠りの中で蘭の声。
「新一ってばぁ」
甘えるような蘭の愛しい声に微笑んで…
「…え?蘭、おめー、一体?」
そこにいる蘭にはつのが生えていた。つの──トナカイのつのだ。
「つの…、それどうしたんだ?」
「何寝ぼけてるのよ、新一のお嫁さんになるために、わたしトナカイになったのよ?」
「へ?お嫁さん?」
「えーっ!!新一、わたしをお嫁さんにしてくれないのっ!?」
「な、何を…、おめぇ、わけのわかんないことを」
「嘘ぉ!!」
蘭が泣き出した。トナカイの蘭はビィビィ泣き続ける。
「泣くなよ、オイ」
「だって…新一がぁぁぁぁ」
「いや、あのな。だいたいなんでお嫁さんになるためにトナカイなんだ?」
「なんでって…、何言ってるの?新一がちびトナカイになったから、わたしも同じ薬をもらって、それで、それで…」
「って、オレもうトナカイじゃないだろ?」
「………」
蘭はだんまり。オレの様子をマジマジと見るから。
「なんだよっ?」
だまったまま、蘭は大きな鏡をオレに渡した。大きな鏡?手鏡のようなんだけど、まるで姿見のようで…、これって、もしかして。
そして、その鏡を覗いてオレは驚いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
***
「新一っ、新一ってば」
あれ、また蘭の声だ。とすると今のは夢?また目を開けたらつのの生えた蘭がいたりしたらどうしよう。心臓がバクバクいってる。
「新一?大丈夫?すごくうなされてたよ?」
愛しい蘭の声と、とてもあたたかくやわらかい感触を心地いいと感じながら、オレはそうっと目を開けた。
「蘭…」
目の前に蘭がいる。ここは──蘭の部屋。
そうだ、トナカイになって眠りについて。蘭の叫び声で起きたらオレは元に戻っていて。ハダカのオレは焦りまくったけど、どうやら小五郎さんは夜中に出かけたみたいで。なんとなくなんとなく蘭といいムードになって。そのまま二人…。
確かめるように蘭を引き寄せ、ギュッと抱きしめる。
「なぁ、蘭。オレがまたミニトナカイになったらどうする?」
そんな冗談を耳元で囁くと、
「そしたら、わたしも一緒にミニトナカイになって…」
蘭が頬を染めるから。
「オレの嫁さんになるか?」
オレはばっちりウインクを決める。
「うんっ」
パッと笑顔になった蘭に、何度目かのキスを贈って………
すっかりクリスマスの夜明け。──ひょっとしたらジンの本当の姿はサンタクロースなんじゃないかと、ふとそんなことを思う新一だった。
おしまい