太陽がまぶしくて
蘭に別れを告げ、騎士の衣装から制服に着替えると、俺は逃げるように学校を出た。誰にも会いたくなかった。今は、蘭だけを、蘭と再会したほんの僅かな時間の記憶だけを反芻することで精一杯だった。
自分がどんな顔をしているのかさえわからない。風に当たってはじめて、頬がヒヤリとしたから、そこに伝った涙に気づく。
「…らしくもねーよな」
自嘲しながら、頬を拭う。
家に帰る前に、途中の提向津川の河川敷に立ち寄った。
あとどのくらい新一でいられるんだろうか…。思い出していた。灰原とのやり取りを。
「死ぬかもしれないけど…」…そうまでしてもそのクスリを飲んで、本当に死んでたらオオバカだよな。
先ほど自分が蘭へ言った言葉を思い出した。死んでも戻るからだって?……そうだな、死んだら簡単に蘭のところへ帰れるのかもな。どんな姿であろうと。……けれどそこにどんな意味があるって言うんだ?
「馬鹿だな、馬鹿だぜ俺は。」
そう呟くと、俺はその場に寝転がった。
眩しい太陽に手をかざす前に、俺の前に影が出来た。
「よぉ!!」
その人影は親しげに手を上げ微笑んだ。
俺は言葉を失う。
…誰だ?こいつ。会ったことあったっけ?
起き上がってじっとそいつを見た。
俺と同じくらいの年。悪戯っぽい瞳。…あ、こいつ、知ってる。
「もう傷はいいのか?」
そいつはお腹辺りに手を当てて聞いた。コナンの受けた銃創を知ってやがる。まさか、こいつ……。いや、そうだ、間違いない。
「…いいのか?俺に素の顔をさらしても…」
確信しながら挑戦的な視線を送った。
「鋭いね」
「なんか用なのか?」
そいつは俺の隣に腰掛けると、一息ついた。
「いや……。お前の出した答えが気になってね…」
「見てたのか!?」
「ああ。バッチリな」
…ったくヤな奴に会ったもんだな。俺は苦笑するしかなかった。
「あれは、どうかと思うぞ?」
「はぁ?」
「舞台でチュー」
「……」
「ああ言う特典があったんなら、替わってやったらよかったと思って」
そいつは可笑しそうに笑った。
「それで?ちゃんと伝えたのか?」
「…ああ」
「…そっか」
「結局──また泣かしちまったけどな。余計あいつを苦しめるのかもしれねーな。不確かな未来のためにあいつを縛りつけちまう」
「不確かな、未来ね…」
「いっそ、俺の存在なんてあいつの中から消えちまった方がよかったのかもな」
自嘲気味に語る俺に冷たい視線が走る。
「じゃ、この先ずっと俺が替わってやってもいいぜ?お前がそれでいいって言うんならな?」
それは挑発だ。
「…なにぃ!?」
俺は思わずその胸倉を掴んだ。
「消えたかったら消えたらいい。そんなこと言う奴を待ってる彼女が憐れだよ…」
俺は言葉が出なかった。ただ、その掴む手を離せないまま。
「だから。俺が一生工藤新一のフリして彼女のそばにいてやるよっ。それで、お前のしたいことぜ〜んぶ俺が替わりにしてやるっ!!まず、アレだな、激しい抱擁。それから、今日舞台で見たような熱いチューかぁ?それから。あんなことやこんなこと〜!!おおお、いいねいいねぇ…」
調子に乗ってるこいつに呆れ果てて、ようやく手を離す。
「いい加減にしろっ」
だけど、俺はようやく目が覚めた。
いいわけないだろっ?あいつの中の俺がいなくなるなんて。
不確かな未来だって?…未来なんていつだってどんな状況だって不確かに決まってる。闘ってるのは俺だけじゃないんだ、きっと。
「誰がおめーなんかに渡すかよっ」
ボソリとそう言うと、
「チェッ。替わってやるって言ってんのになぁ」
暢気な顔してまだそんなことを言ってやがる。
「そんじゃ、俺、これで」
立ちあがり行こうとするそいつに「おい、お前の名前は?」と聞いた。
「快斗ってんだ」
意外にも素直に答えるから。
「カイトか…、サンキュ」
どこをどうしたらそんな言葉になったんだかわからないが、とにかく俺は礼を言っていた。
「また会おうぜ?」
自信たっぷりなその表情が例の怪盗と重なった。
「あんまり会いたくはないけどな?」
俺もまた意味ありげに笑う。
背中を向けた快斗が、一つ咳払いをして。
『早く帰ってこないと、快斗くんに乗り換えちゃうからねっ』
なんと蘭の声色でそんな台詞を吐きやがった!!
「バーロー!!」
俺は小石を拾って快斗めがけて投げつける。
その後ろ姿に感謝しつつ。
蘭の声色だってわかってるのに、それでも心ぐらついて泣きそうになっている自分を隠しつつ。
もう一度その場に寝転がって。今度こそ、太陽がすごく眩しく俺の目につき刺さった。