サイレント・ナイト
実は蘭が何者かに例の薬を飲まされて体が小さくなってしまった。
こうなってしまっては、もう、オレが嘘をついてる意味もない。
本当のことを言ってしまおう。そうしようと、工藤邸に蘭を呼んで──。
「そっか、そういうことか」
オレ──コナン──を見ると事情のすべてを把握した蘭はそう言ってため息をついた。
「怒ったのか?」
「ううん」
「…ごめん…な?」
「…うん」
「許してくれるのか?」
「許すも許さないも……」
蘭はクシュンと小さくくしゃみをした。
「…あ、寒いよな、ここ。大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
「今、暖炉に火を入れるから。温もるまでここでこうして…」
毛布を一枚取り出して寄り添って。
「うん。あったかい」
「だろ?」
得意な顔をすると蘭がクスクスと笑いはじめた。
「眼鏡、取らないの?」
そうだ、まだコナンのままだった。と、眼鏡をそっと置く。
すると、まじまじと蘭がオレを見た。
「…やっぱり新一だね」
なんて言っていいのかわからなくて黙り込む。だって、蘭と来たら泣き出しそうな顔をするもんだから。
「小さい頃思い出すよね。こうしてると」
「そうか?」
「そうよ。暖炉で二人で本を読んだり、色んな話したりしたじゃない。…時々はおじさまやおばさまが楽しい話を聞かせてくれたり…」
「ああ、親父とお袋、蘭が来ると大喜びだったな。娘みたいなもんだっていつも言ってた」
「娘、か…なんか嬉しいな」
「そっか?」
「なんかさ。あの頃に戻ったみたいだね…」
そうして夜が更けるまで思い出話を二人で辿った。だけど本当のところ二人ともただ一緒にいる時間をいつまでも楽しんでいたいだけ。話題なんてなんでもよかった。
いつしか暖炉が部屋をあたためはじめ、その前で頬を染めた二人は寄り添いあって眠ってしまった。
のびっちにいただいたこの絵からの空想でした。
***
「あ、佐藤さん」
「…高木、君?」
「どうしたんですか?こんな夜中に」
「高木君の方こそ何?」
「あ、僕ですか?僕は工藤君に極秘で大事な話があるって電話もらって…」
「え?わたしは蘭さんからメールが来たの。是非相談に乗って欲しいって」
「で?ここに?」
そこは工藤邸前。以上のような事情で呼び出された高木佐藤両刑事だった。
二人で顔を見合わせながら、インターホンを押した。
…中からの返事がない。
もう一度押す。
「…あの二人に何かあったんじゃ」
「確かに部屋の灯りはついてるのに。おかしいわね?」
言うが早いかドアノブに手をかける佐藤刑事。
「開いてる…」
鍵は開いていて、玄関ホールはシーンと静まり返っていた。
「工藤く〜ん」
高木刑事がひそめた声で呼んだ。
「蘭さ〜ん」
佐藤刑事がやや大きな声で呼んだ。
返事はない。
不審に思い、二人は顔を見合わせ中へと侵入した。音を立てず廊下を歩き、リビングのドアを開ける。部屋のぬくもりが伝わってくる。
「暖炉に火が入ってるみたいね?」
そっと中を覗く。
「…あら?」
「どうしたんですか?佐藤さん」
「見て」
暖炉の方を指差した。言われて高木刑事は視線をそこに向ける。
「コドモ…ですね?」
「うん、どこのコかしら?」
コドモとわかると緊張が少しほぐれ、その顔を確認するべく部屋に侵入した。
近づいてまじまじと二人を眺めた。
「…このコ、コナンくんじゃない?」
「あ、そうですね。眼鏡かけてないけど確かに彼だ」
「ってことは。この女の子は?」
「うーん。どっかで見たような…誰かに似てるような…」
「…!!あ。まさに蘭さんにそっくりじゃない?」
「え?」
「ってことは、もしかしてもしかするとこの二人って彼と彼女の…」
「なんですか、彼と彼女って?」
「工藤君と蘭さんよっ」
「工藤君と蘭さんがどうしたってんですか?」
「……でも。それはないわよね。いくらなんでも年が合わない」
「はぁ?」
「…………隠し子かと思っちゃった」
「…なわけないでしょう!!」
「はは、そうよね。バッカみたい」
「ホントですよぅ。そんなこのコたちどう小さく見積もっても五歳かそこらでしょ?で工藤君は十七才ってことは、十二歳の時の………」
言いかけて顔を真っ赤にする高木だった。
一人で照れてる高木を気にも留めず佐藤刑事は。
「じゃあ、誰なのかしらね?このコ…」
「うーん、謎、ですね」
「そうね。…にしても、この二人のシアワセそうな寝顔。可愛いわね」
「…ですね」
「いつかわたしもこんな子供が出来たらいいだろうなぁ…」
「…コドモ…ですか?」
またしても顔を真っ赤にする高木。佐藤刑事はただ夢心地に二人を眺めていた。
「なんか起こすのがかわいそうよね。話は聞きたいけど」
「そうですね。しばらく起きるの待ちましょうか?」
「…そうね。そのうち工藤君や蘭さんも来るでしょ…」
「じゃ、こっちのソファに座りませんか?」
高木が手招き。佐藤刑事は素直にソファに向かい、
「…暖炉から離れるとちょっと冷えるわね…」
そう言ったのをラッキーと思った高木だった。
「…毛布、ありますよ」
「ありがとう」
高木は手渡した毛布を名残惜しげに見送っていた。そして佐藤刑事の傍らに腰掛けた。
「…高木君も入れば?あったかいわよ」
──思いも寄らぬ佐藤刑事の誘い。毛布の端をそっとめくって手招きを。
「…すいません」
しかし──そう言ったっきり固まる高木であった。
それから佐藤刑事が寝息を立てはじめるまでたいして時間は掛からなかった。ただ、そこには固まったままの高木刑事が取り残されるままになったのだった。
翌朝、新一と蘭の事情を聞くまでの長い長い夜の出来事だった。
おしまい