真っ赤な秋


 幼稚園の当時から小生意気なガキだった新一は、お遊戯や歌なんかも「んなことかったるくてやってられるかよっ」的な面持ちでとてもいい加減に、だけど先生の受けは決して悪くはならない気遣いを持ちつつ手を抜く日々だった。
 その日新しく、先生から歌を教えてもらった。「真っ赤な秋」という歌だ。
 
 〜まっかだな まっかだな つたのはっぱもまっかだな〜♪

 そんなふうにはじまる秋の童謡。
 先生のオルガンに合わせ、輪になってみんなで歌う。
 丁度、その目の前に新一の姿があった。
 またしても口パクだ。
 もう!ちゃんと真面目にやりなさいよねっ。いつもいつもそうやってソッポ向いて歌ってるフリしてるんだから!
 わたしはキッと睨みつけてしまった。
 すると、新一と来たら歌の途中なのに、先生に気づかれないようにわたしにアカンベーをしてきた。わたしはムッとして同じようにアカンベーを返す。…だけど、何しろわたしは要領が悪かったから即先生の目についてしまった。
「蘭ちゃん!!」
 叱られてぐすん。
 もう、新一のバカ!!

 自由遊びの時間になって、わたしは新一を責めた。
「アンタね、どうしてちゃんと歌わないのよっ」
「いいだろ、別に」
「ちゃんと歌わなきゃダメなんだよっ」
「なんでだよっ」
「だって…、お歌はみんなで歌うものだからよっ」
「ほっとけよっ」
 新一は取り合ってはくれない。
「もう!新一のバカ!ちょっと運動会で一番だったからっていい気になるんじゃないわよっ」
「別にいい気になんてなってねーよっ」
「じゃあ、歌いなさいよっ」
「ヤダね」
「何よぅ。もう!」
 説得虚しく新一は行ってしまった。

 そしてまた翌日。「真っ赤な秋」を歌う時間がやってきた。
 口パクの新一とまた目が合って、だけど今度はわたしがソッポを向いた。
 もうアンタのことなんて知らないから!そういう意味だったのだ。
 いつもなら一緒に帰るのに、なんとなく険悪で一言も口を聞かない一日が過ぎた。

 また翌日。「真っ赤な秋」を歌う時間がまたまたやってきた。
 今日は新一となぜかとなり同士で歌うことになった。特に並ぶ順番なんて決まってないので、これはほんとに偶然だ。
 オルガンのイントロ中、わたしはつい肘で新一を突いた。横目で睨むと新一はムッとしていた。そして、耳をすます──。

 〜まっかだな まっかだな つたのはっぱもまっかだな〜♪

 あ。新一、歌ってる。小さい声だけどちゃんと歌ってる。
 なんだ、別にいつでも口パクってわけでもないのかな。
 しばらく、わたしも聞き耳を立てながら歌っていたら、どうして新一があんまり歌いたくないのかが少しだけわかった気がした。
 歌は高音の部分に差し掛かる。

 〜まっかなほっぺたの きみとぼく〜♪

 その瞬間、ふととなりの新一に目をやった。新一もわたしを見た。
 お互い目があって、二人で頬を染めた。
 あ…あれ?なんで顔が赤くなるんだろう?
 新一の声は更に小さくなり、ほとんど口パクとなって終わった。

「新一、一緒に帰ろう!」
 声を掛けると、「おぅ」と言って返事はしたけど視線を合わせない。
 …歌を聴かれたことがそんなに恥ずかしかったんだろうか。
 そして。いつものように家に鞄を一旦置いて、また公園で待ち合わせをして二人で遊んだ。
 秋の風は心地よく、日が翳ってくると少し寒い気もした。
 ブランコを漕ぎながら、遠くの空が赤くなっていくのを見た。もう夕方だった。
「綺麗!」
 それはまるであの歌みたい。
 ブランコのリズムに合わせて、わたしは知らぬ間に口ずさんでいた。

 〜しずむ夕日に照らされて……

 何度も何度も幼稚園で歌っているから自然新一の口からもその声が洩れる。

 〜まっかなほっぺたの きみとぼく

 歌ってから「あっ」と言って新一は口をつぐんだ。
 また顔を赤くしている。ううん、それともこれは夕日に照らされて?
 …うん、きっとそうだよね。
「新一、まっかだよ」
「だから、しずむ夕日に照らされて〜だよっ」
 歌をかき消そうと、新一はそのあと必死でブランコを漕いだ。ギィギィと大きな音を立てるから、秋の歌は消えていった。

 ジャンプしてブランコを先に降りたのはわたし。
 もう帰る時間だ。きっとお母さんも心配してる。
「じゃあ、また明日!」
 手を振って「明日もちゃんと歌うのよっ」と釘を刺す。
 更にわたしは付け加えた。
「大丈夫!歌ってるうちに上手になるから!」
 これは余計な一言だったようだ。
 新一は顔を更に真っ赤にして言葉を詰まらせた。
 わたしはしまったと思ったけれどもう遅くて。もしかしたら、新一にとって一番触れて欲しくないことだったのかな?──そう、何しろ幼稚園児のくせにプライドだけは高い子供だったのである。頭もよかった、走るのも早い。すでに何においても右に出るものなし。そんな新一のただ一つの弱点。──音痴。
 だけどね、わたしはそれを知ってとてもうれしかったんだ。
 何よりも真っ赤になる新一がとても可愛かったんだから!

 今でもこの時期、学校のそばやなんかでこの歌が聞こえてくることがあるけれど、真っ先に思い出す。「まっかなほっぺたの きみとぼく」──きっとあんなふうに見つめあったこと、それまでなかったんだと思う。──そして、悲しいかなその後もそういうことはなかった。
 だから、その歌を歌ってる瞬間だけ、わたしは初恋を感じていたのかと今となってはそう思う。
 高校二年生──秋。
 


真っ赤な秋 小五郎&英理バージョン

 ふっと煙草の煙を吐くのは、実はため息を隠すためでもある。
 秋。と言えば人恋しい季節。──などと俺らしくもなく窓の外を見た。
 ひらひらとデスクの上に舞い降りた銀杏の葉っぱ。
「どっから飛んできたんだ?」
 遠くを見つめ、ずっとずっと遠くに思いを馳せる。
「今頃、何してっかな…」
 言ってから自嘲する。
「仕事に決まってるか」
 そうだな、アイツは売れっ子の弁護士さまだ。こんな昼日中、俺みたいにボーっと秋を感じてる場合じゃねーんだろうな。
 そしてまた、見えるはずのない遠くのマンションのベランダを思い、俺は煙草の煙を吐き出した。

 *

 高層マンションからの眺めをこんな昼日中、見下ろすことは稀だった。
 久しぶりのオフ。だからと言って気を抜けない。本当なら携帯を置き去りにして部屋を抜け出し、心からオフを楽しみたいものだわ。とため息をつく。
 トレードマークの眼鏡を取って伸びをする。外の空気が恋しくてベランダに出た。そして、ふと遠くを見ている。
 青い空に、白い雲。秋の風が心地よくて、あちらこちら赤く染まる木々、舞う葉っぱ。一人でいると急に泣きたくなってくる光景、そんなこともあるんだと知る。
「あの人、きっとボーっとデスクに腰掛けて煙草なんて吹かしてるに違いないわね」
 言ってから小さく笑った。
 こんなに長く別々に暮らしているのにどうしてついあの人のことを考えてしまうのか。そして想像できてしまうのか。
「ガラにもなく人恋しいってため息ついてたりして」
 そんな姿を想像してまた笑う。

 *

 電話が鳴る。毛利探偵事務所に。響き渡っている。
 煙草を置いて、一呼吸する。…すでにそれが誰なのかわかってしまうのが不思議だった。
「もしもし」
 だから言わない。毛利探偵事務所です、と事務的な挨拶など必要ない。
 聞こえてくる懐かしい声に、鬱陶しそうに応答しながら、実のところ喧嘩腰のやり取りが懐かしく心地いいとまで感じてしまう。…けど、それはお互い様だよな?と口には出さない。
『銀杏、好きよね?』
 アイツは何を言いたいのか。
 …いや、わかってるくせに。
『どうせ暇なんでしょ?』
 どっちが暇なんだよっ。
『手伝ってくれたら、銀杏入り特製きのこご飯と茶碗蒸し作ってあげるわよ?』
 …頼むから銀杏だけ置いて行ってくれ。…と言ったら電話を切られそうだから、これは言わずに呑み込んだ。

 事務所の電話を留守電にセットする。
「しゃーねーな…」
 俺は一つ伸びをすると、立ち上がった。
 事務所の入り口で危うくぶつかりそうになったコナンが
「おじさん、どこ行くの?」
 と聞く。
「銀杏拾いだ」
「へ?」
 不思議そうに見るから、
「銀杏入り特製きのこご飯と茶碗蒸し、おめー食いたくねーのかっ!?」
 脅すように睨みをきかせると、コナンは少々怯えた。
「そ、それおじさんが作るの?」
 面倒になったからそれには答えず、
「おめーはとっとと宿題してろっ」
 言葉を吐き捨て飛び出した。
 飛び出してから煙草とライターを忘れたことに気づいたが、まぁ、いいか。

 *

 なんだかんだ言って、嬉しそうな声出しちゃって。
 ──人のことは言えないか。
 こういうのはなんだか恋人同士に戻ったみたいで妙に心ときめいたりするものだ。ときめきに年なんて関係ない。
 銀杏入り特製きのこご飯と茶碗蒸しは、実は自信ないけど、言ったもの勝ちよ。なんとかなるわよ。…と、こんなところまでまるで少女みたいだと笑う。
 滅多に履かないスニーカーを出して、ラフなスタイルで駆け出した。

 *

「よぉ」
「久しぶりね。…蘭は元気?」
「相変わらずだ」
「コナン君は?」
「元気だよ」
 髪を下ろした英理を見るのは何年ぶりだろう。他人のように見えるから(って、まぁ、元々他人には違いないんだが)俺らしくもなく心臓が高鳴った。それを指摘される前に先手を打つ。
「オメー、顔、赤いんじゃねーか?」
「えっ?」
 更に英理は頬を染めて。
「走ってきたからよ」
 と答える。
「なんで走ってきたんだ?」
「…スニーカーだからよ」
「…そうか」
 ぎこちなく、二人で頬を染めているらしい。自分の顔は見えないが、なんとなくわかる。
 そこへ、学校帰りの小学生が歌を歌いながら傍を通っていく。
「あら。懐かしい歌ね」
 英理が微笑む。

 ~♪真っ赤だな 真っ赤だな
  ツタの葉っぱが 真っ赤だな
  もみじの 葉っぱも 真っ赤だな
  沈む夕日に 照らされて
  真っ赤なほっぺたの きみとぼく
  真っ赤な秋に 囲まれている

 小学生の声が遠くなっていく。
 だけど耳に残る歌…。思い出す小さかった頃の蘭の姿。…次第にそれが蘭ではなくコイツの姿に変わっていく。…英理だ。ぼんやり思い出に浸ってしまったのはほんの一瞬。
 うわ。感傷に浸るなんてらしくもねーっ。俺は頭を掻いた。
 そうか、手持ち無沙汰なのは煙草がないせいだな?

「さ。行くぞ」
 銀杏並木に足を進めた。すでに黄色い絨毯が敷き詰められている。
「ちょっと待ってよっ」
 出遅れた英理が駆け出して、何かにけつまずいて転びそうになるから、それをきっかけについ手をつないで歩き出した。
 ま、だぁれも見てないから、ヨシとしよう。

おしまい


 真っ赤な秋 歩美ちゃん編

 遠足の朝。わたしは胸がドキドキした。
「はい、並んでっ」
 と先生の号令を聞いて校庭に集まってきてから気づいたんだけど、風邪でさやちゃんがお休みだった。いつもの並ぶ順番では、わたしの前がさやちゃん、そしてその隣がいつもコナン君だった。──つまり、今日だけはさやちゃんのおかげでわたしがコナン君の隣。
 だから、わたしは胸がドキドキした。
 後ろのみずきちゃんはそんなわたしの様子に気づいて小声で耳打ちした。
「よかったねっ」と。
 そんなふうに言われたら余計にドキドキするじゃない。
「よぉ、歩美っ」
 コナン君はそんなわたしのドキドキなんて気づかないで笑いかける。頬が一気に染まるのがわかった。
「ん?どうしたんだ?顔、真っ赤だぞ?風邪か?」
「…そ、そうかなぁ。さ、さやちゃんも風邪だしね。あ、でも大丈夫だよ、平気平気っ」
 笑って誤魔化して、でも顔が引きつるのがわかった。…どうしていつもみたいに普通にしていられないんだろう。今日はなんか変。
 そして、出発。隣の人と手をつないで、と先生が言った。コナン君はとても事務的に(って言い方も変だけど。特に気にするふうもなく)手をつないだ。

 *

 到着したのは大きな公園だった。小川があったり、小高い丘があったり。少し歩くとコスモス畑があるからと、わたしたちは整列したまま、手をつないだまま歩き続けた。途中の木々の立ち並ぶ小道が気持ちよかった。枝と葉の隙間から青空や白い雲が見え隠れしている。木漏れ日と心地よい秋の風。わたしの心は躍る。
 わたしの左手はコナン君の右手とつながれている。
 だから、つい遠足と言うことも忘れてずっと聞いてみたいと思ってたことをコナン君に聞いてしまった。
「ねぇ、コナン君って蘭おねーさんが好きなんでしょ?」
 コナン君は「え?」と足を一旦止めた。だけど、列を乱してはいけないからすぐにまた歩き出した。
「バ、バ、バーロー。何言ってたんだよっ、す、好きじゃねーよっ、全然」
 ぷいと顔を背けてしどろもどろになっている。
 …わかりやすい。
 顔を背けているのはきっと顔が赤いからなんだろうな。何となくつないだ手が汗ばんできた気がする。
 …そっか。そうなんだ。
 わたしは一つ深呼吸すると、そっと木々の間からの空を見た。と、小さな鳥が羽をバタつかせて飛び立っていった。赤色に染まった葉っぱが数枚、ひらひらと舞い降りてくる。
「…あ、綺麗」
 そう呟くと、コナン君も釣られるようについ木々を見上げた。そのコナン君の横顔を見る。手のひらに舞い降りた葉っぱを見る。

 わたしは静かに口ずさみはじめた。それはとても自然に零れてきて、歩く早さに合わせてわたしは歌っていた。

 ♪真っ赤だな 真っ赤だな
  ツタの葉っぱが 真っ赤だな
  もみじの 葉っぱも 真っ赤だな

 コナン君の耳にも届いたのか視線が合った。わたしはただニッコリと笑ってその歌を歌う。



  夕やけ雲を 指さして
  真っ赤なほっぺたの きみとぼく
  真っ赤な秋に 呼びかけている



 木々を抜けて一面に広がるコスモス畑に出た。
「うわぁ!!」
 わたしはその薄紫色の花の絨毯を見つけて嬉しくなって駆け出したくなる。
 先生の注意事項を聞きながらも気はそぞろ。それが終わるや否や。
「ねぇ、コナン君、後で一緒にお弁当食べようね。元太君と光彦君と哀ちゃんも一緒にっ」
 わたしはコナン君にばっちりウインクしてから、つないでいた手を離した。
 そうして吸い込まれるように花の中に飛び込んでいった。


 


 真っ赤な秋 〜からすうりをさがして〜

 「真っ赤な秋」を歌いはじめて約一週間。オレも蘭もその歌詞を三番まですっかり覚えていた。
 ある日の幼稚園からの帰り、蘭がふと言った。
「からすうりってさ、どこにいるのかなぁ?」
 何の話かと一瞬考えた。ああ、そういえばあの歌の歌詞の二番に出てきたっけ。

 ♪まっかだな まっかだな
  からすうりって まっかだな
  とんぼのせなかも まっかだな

 って。あのからすうりのことか?
「ねぇ、新一は見たことある?」
「からすうりをか?」
 実は知らなかった。からすうりがなんなのか。だけど、ここで知らないなどとは言えない。オレにはプライドってもんがあるのだ。
「見たことは……ねーけど、探せば…」
 と言いかけると蘭は目を輝かせた。
「えっ!?ホントにいるの?からすうりって。うわぁ、見たい見たいっ!!」
 からすうりって…「いる」って言うものなのか?
「よ、よしっ。それじゃ、明日、蘭にからすうりを見せてやるっ」
 とオレは豪語していた。
 さぁ、帰ってからすうりを調べよう。一体なんなんだろう。

 ってことで、オレは帰って早速辞書を引いた。
 からすうりからすうりっと。すると、「烏瓜」とあった。
 『ウリ科のつる草。根・種子を利尿、黄だんに、実をひび、あかぎれの薬に用いる』とある。なるほど植物か。
 蘭の奴は何と勘違いしてるんだろう。植物なら「からすうりがいる」とは言わないだろう、フツー。
 今度は図鑑でその概観を調べた。「真っ赤だな」と歌っているようにその実が赤い。花は夏に咲くらしい。白くレースをふちふどったように可憐な花だ。…なるほどなるほど。オレはその赤い実やいくつかの切れ込みが入った大きな葉っぱを目に焼き付けた。──これが烏瓜。これが烏瓜だな。よぅし、覚えたぞ。
 残念ながら、その頃のオレんちにはスキャナーもデジカメもなく、記憶だけが頼りだった。持ち歩くには図鑑は少しばかり重過ぎるのだ。
 しかし、オレの記憶力は確かだ。オレにまかせとけば大丈夫だぜ、明日、楽しみにしとけよっ、蘭!!

 そして翌日。
 やはり幼稚園の制服姿のままで「烏瓜探し」に出かけるのは抵抗があった。何よりもかあさんが心配するだろう。一旦帰って着替えて、いつものように蘭とは公園で待ち合わせた。 
 あえて言っておくと、オレたちは幼稚園児で、ホントのところ決まった公園以外で遊ぶことは禁止されていた。帰宅の時間も公園の時計を見て五時十分前にはそこを出ると約束している。
 だけど。今日みたいな場合はもちろん親にはナイショだ。ナイショなだけにわくわくもするし、目的がからすうり探しであろうと冒険には違いないのだ。オレはいざと言う時のためにポケットに板チョコを入れ、水筒にはお茶をたっぷり入れて持ってきていた。が、蘭はなっていない。手ぶらじゃないか。まぁ、帽子をちゃんとかぶってきたことくらいは褒めてやろう。
「さぁ、行くぞ。出発だっ」
 オレは勢い込んで叫んでいた。すると蘭も意気揚々と「オーッ!」などと手を上げている。なんだかいい感じだ。
 ──さて。どこへ行ったものか。(その辺までちゃんと考えていないところがまだまだ子供だ)植物ってことは、緑の多いところだな。ってことは米花緑地公園辺り行けばヒットしそうだ。
 と、地図も持たずに歩きはじめた。(この辺も実に子供だ)
 休みの日に行ったことがあるからきっと行けるはずだ。こっちのはずだ。あっちのはずだ。と、あてもなく二人で歩き、随分随分歩き、「まだなの?」と蘭がぐったりしてきてもそれでも歩き、「ちょっと休もうよぅ」と蘭がへこたれても「もうちょっとだから」と手を引いて歩き、遂に目の前に緑地公園と言う看板が見えた。
「着いたぞっ」
 とにかく着いてホッとして、喉が渇いたので水筒を取り出した。
「飲むか?」
 蘭に水筒を差し出した。やはりここはレディーファースト。これはとうさんがよく使う言葉だ。
「ありがと」
 蘭が喜んでコップにお茶を注いでごくりと飲んだ。
「美味しいっ!!」
 と言ってフーッと息を吐いた。
 続けてオレも飲む。…と、飲む段になって、蘭と同じコップに口をつけるんだと気づく。パッと顔が熱くなった。でも喉が渇いていたしやっぱり飲む。
「さぁ、探そうぜ」
 蘭の手を引くと。
「へぇ、ここにいるんだ、からすうり」
 と蘭が昨日と同じように「いる」なんて言うから聞いてみた。
「なぁ、蘭。なんでからすうりが『いる』んだよっ?おめー、からすうりがなんなのか知らねーのか?」
「えっ?からすうりって、カラスを売ってるおじさんかおばさんのことなんでしょ?」
「カラスを売るー?」
「………でもカラスなんて売れるのかしらね?不思議ね。買ってどうするんだろうね」
 …やっぱり。そうだと思った。
 きっと蘭の頭の中はこうなんだろう。
 どこかのおばさん(おじさんでもいいけど)が「カラスは、いりませんかぁ?」と何羽もカラスを肩にとまらせたり、あるいは籠に入れたりなんかして売り歩いている……そのからすうりのおばさんが赤い服なんて着ているわけだ。
 オレはそれを想像して吹き出した。
「な、何よっ!!なんで笑うのっ?」
「からすうりってのはな、そういうんじゃなくて植物なんだよっ」
 オレは勝ち誇ったように蘭に言った。ちょっと胸を張ってみたりもして。
「…植物?」
「そう。植物。花は夏に咲くんだけど、秋になると実がなるんだ。それが真っ赤なんだ」
「…ふうん」
 蘭があんまりしょんぼりしたから、ちょっとかわいそうになった。
「でもな、オレも見たことはないんだぜ?ちょっと図鑑で見ただけだからさ」
 そう付け加えると、ちょっと笑顔が戻る。
「そうかぁ、そうなんだぁ」
 蘭が元気になるとホッとした。笑ってくれるとうれしい。
「それじゃ、探しに行こうぜっ」
「うん!!」
 緑地公園をくまなく歩いて、歩いて歩いて。
 だけど、オレの記憶している烏瓜には出会えなかった。管理事務所のおじさんに聞いてみて、やっとここにはそれはないんだと知った。せっかくこんなことまで来たのに…。がっかりと肩を落としたオレたちを見て、おじさんは「提向津川の河川の公園にあったかもしれない」と情報をくれた。オレは迷わず今度は提向津川へ行くことに決めた。

 だけど──。遠い。川のありかはわかってるのにどうやってもたどり着かない。……今、まさにオレたちは迷子だった。
 日が暮れてくるのがわかった。もう日暮れの時間も早い。時計がないからわからないけど、これはとっくに五時を回っている。ひょっとしたらかあさんが探し回っているかもしれないと思うと、気持ちに焦りが生まれた。
 オレが焦ると蘭もうろたえる。それがわかるからここは「大丈夫」と手をしっかりと握っていた。だけど遂に蘭は、
「疲れた…」
 と言ってその場に座り込んだ。
「お腹空いたね…」
 瞳に涙が浮かんでいる。
 オレはポケットを探った。持ってきた板チョコをパキッと半分こにした。その大きい方を蘭に差し出す。
「ホラ」
 そう言って更に目の前に差し出すと、
「いいよ、小さい方で…。だってコレ新一のだもん」
 そう言って差し出してない方のチョコを取ろうとした。
「お、オレは元気だからこれでいいって。蘭はコレ食って元気出せ?」
 …なんとなくカッコつけた手前引っ込められなかった。それが更にカッコつけてる台詞なんだってことに気づいたのは、ずっとずーっと何年も先のことだった。
 二人でチョコを食べつくして、水筒のお茶も飲み干した。
 さぁ、どっちに行こう。
 日も暮れてきたし、なんとなく風も肌寒い。
 今日のところは提向津川は諦めて、また明日にでも出直すってことで一旦帰ったほうがいいだろうな。…と疲れきっている蘭を見て思った。
 通りかかった自転車のおじさんに道を聞く。
 オレたちはそうやって何度か人に道を尋ねながら、自分たちのテリトリーまでたどり着いた。
「ここまで来たら大丈夫だよな」
「うんっ」
 そこはオレたちの幼稚園の前だった。園庭の横を通り過ぎようとふと見ると……。
「あっ!!」
 幼稚園の花壇に、なんとそれはあったのだ。
「烏瓜っ!!」
 オレがそう叫ぶと、蘭も弾けたように目を丸くした。
 赤い実。真っ赤な烏瓜。
「…これ?」
 指さす蘭にうんうんと頷いた。
「なんだ、これなんだぁ!!」
 こんな近くにあることがすごく可笑しくて二人で笑う。
 が、次の瞬間、オレたちは懐中電灯に照らされていた。
「新ちゃん!!蘭ちゃん!!」
 それは明らかに驚きの声で、安堵の声でもあった。
「二人のおかあさんから電話があって……」
 そう、オレと蘭のかあさん二人がオレたちを大捜索しているらしいと言うのだ。園にも電話があって、だから仰天していたらしい。
「まぁ、まぁ!!あなたたちったらぁ!!」
 それからかあさん二人が園に呼び出され、オレたち二人はこっぴどく叱られると言う顛末に至る。
 暢気に烏瓜を見ながら「真っ赤な秋」を歌うどころではなく、それはちょっぴりさびしくもあり、オレとしてはホッとするところでもあった。…オレは少しだけ歌が苦手だったから。

 翌日。
 朝、幼稚園に登園すると実はショックなことがあった。
 先に来ていた蘭が得意そうにクラスの友達を引き連れて、
「これがあの歌に出てくる烏瓜よっ」
 と教えていたのだ。
 …うん?なんでこんなことがショックなんだろう?
 別にそんなのどってことないはずなのに。なんだろう、すごくがっかりしている。
 登園したオレを見つけて、蘭が走り寄って来たのに、オレはつい素知らぬフリをしてしまう。
「おはよう、新一」
 いつもと同じ笑顔の蘭。
「おはよ」
 仕方なく答えるけど無愛想。
「昨日は面白かったね」
 そう言うと蘭はまた一目散に烏瓜に走っていった。そうして登園してくるみんなを更に集めて、
「これが烏瓜よ」
 とご満悦だ。

 いいさ、別に。
 たかが烏瓜じゃん。
「ちぇっ」
 オレは舌打ちして教室に入った。
 窓から笑顔の蘭が見える。その笑顔を見ていると、次第に「ま、いっか」なんて思ってしまっているからオレも困ったもんだ。

 なんとなく甘くて苦い思い出。
 今、何故かあの頃とそう変わらない姿カタチでまたこの歌を歌っているなんてな。小学校の校舎の窓から外を見る。当然、そこには蘭はいなかった。

 ***

 学校から帰り、帰宅するのは毛利探偵事務所。
 換気扇が回っている。芳ばしい匂いにごくり。今日はシチューかな。
「ただいま」とドアを開けると「おかえり」と蘭の声。
「美味しそうな匂いだね。シチュー?」
 と聞く。
「うん。そうよっ」
 オレはリビングでランドセルを降ろして、早速宿題を広げた。
 蘭は料理の続きでキッチンに立っている。上機嫌で歌まで歌いはじめる始末。
 それを聞いて、あっと思った。

 真っ赤な秋、だ。

 その二番の歌詞を歌う際、蘭が目の前にいた。オレを見てニコリと笑った気がした。ほんの一瞬。意味ありげなその視線が…………気になる。
 オレはただ真っ赤になって俯いている。
 まるであの頃の自分の気持ちに今頃気づいたみたいに──。

 おしまい