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暗闇でキッス* byななみん



「ねぇ、コナンくん。ちょっと付き合ってくれない?」
 蘭がそう口にしたのは、夜の11時を過ぎた頃だった。
 今日は特別な日だからと子供のコナンも夜更かしを許されていたが、こんな時間に外出?
「うん。いいけど…、どこ行くの?」
 蘭は返事を聞くまでもなく、外出の準備をはじめていた。まるで、コナンは決して断りはしないと確信していたかのように。

 外に出るとさすがに寒い。コナンは、先日蘭にプレゼントしてもらった青色のマフラーを首に巻いて寒さを凌いでいた。少ししあわせな気分で。
 やはり、こんな姿であろうと、蘭と二人、この特別な時間を過ごすことが出来るのはうれしいことだったのだ。
「…で、どこ行くの?米花神社だったらこっちの方が近道……」
「新一の…」
「えっ?」
「新一の家よ」
 コナンはてっきり初詣に行くものと思っていたから驚いた。
「な、なにしに行くの?新一にいちゃんだったら、きっとまだ事件がさ…」
「でも…いくらなんでも今日は大晦日。特別な日よ。家に帰ってるんじゃないかって、ちょっとそんな気がしたらどうしても確かめたくなったの」

(…いねーよ。行ったっているわけねーんだよ。)

 コナンは、心が軋むのを感じた。確かめに行って、やはりいないとわかって、そしてまた泣いてしまうであろう蘭を思うと胸が痛んだ。

(俺だって…会いたいさ。ホントの姿で会いたいに決まってるさ…。けど…。今日はコナンで我慢できねーか?…なんてな。)

 そして新一の家の前。
「あっ」
 蘭が小さく叫んだ。
「え?」
 見上げると、新一の部屋のあかりがついている。
 コナンは、記憶をたどって気づいた。たまたま今日の午前に、探し物があって家に立ち寄ったのだ。きっとその時消し忘れたんだろう。
 だけど。蘭はそんなことは知らない。きっと胸を躍らせているに違いない。
「やっぱり。新一帰ってるんだ!!」
 小走りで玄関へ急いだ。が、当然鍵はしまっている。インターホンを何度も押すが反応はない。それでも「寝てるのかなぁ」とまだ新一がいると信じて疑わなかった。
 そして、ポケットからおもむろに鍵を取り出した。驚いたのはコナンだった。
「ら、蘭ねーちゃん、なんでここの鍵なんて持ってるの?」
 聞くと、フフフと笑って答える。
「この前大掃除に来たでしょ?その時博士に鍵返すの忘れてたんだ…」
 次の瞬間、玄関は開けられた。
「新一ぃ!」
 蘭の声がエントランスホールに響き渡った。
「いるんでしょ?新一!!」
 パッと電気を点けた。シンと静まりかえったホール…
 コナンは、はたと蘭を見上げ、その今にも泣き出しそうな顔を見ると、咄嗟にその手を握り締めた。
「大丈夫よ。コナンくん…」
 微笑んだ蘭に心を動かされた。
「…新一にーちゃん、寝てるのかもしれないよ。ボク、見てくるね?」
蘭をそこに残して階段を駆け上がった。そして、二階から見下ろして、
「蘭ねーちゃん、そこで待っててね!」
念を押した。

 …そして。

 まず電気が消えた。
 蘭は息を呑んで「きゃっ」と怯んだ。
「…停電?…コナンくーん、大丈夫?」
 二階に向かって叫ぶ。
 次に、リビングにある大きな柱時計の鐘の音が鳴りはじめた。
 
 ボーーーン。

 また蘭はハッとして。
「コナンくーん、ねぇ、どうしたの?」
 返事のないコナンにやきもきしながら待った。
 柱時計の12時を告げる鐘の音は、とてもゆっくりと鳴り響いていた。ふたつめ。みっつめ…。と。

 その時、ようやく二階から物音が聞こえた。人の気配だ。
「あ…。コナンくん?暗いから気をつけて降りてくるのよ?転ばないようにね」
 返事がない。
 が、階段を降りる足音が聞こえてくる。

 時計はもう8個目の鐘の音を響かせていた。

「コナンくん…。12時の鐘の音が鳴ってるってことは、もう新年なんだね…」
 がっかりした蘭の声に続く声は・・・。
「違うよ…」
 それは紛れもなく新一の声で。蘭の心臓の音は早くなっていく。
「あの時計、ちょっとだけ早いんだ。正確には最後の鐘の音が鳴り終えたら、ジャスト12時…なんだぜ?」

 ボーーーン。

 
これは9個目の音。
「し、新一…?」
 暗闇で何も見えない。動けない。
「どこなの?」
 階段の手摺につかまる手に、ふわりと温かな感触を感じた。
「ここ」

 ボーーーン。

…10個目。
「新一?暗くて顔が見えないよ…。懐中電灯とかロウソクとか、なんかないの?あっ、そうだ、コナンくん見なかった?さっき新一を探しに二階へね……」

 ボーーーン。

これが11個目。
「シッ、黙って…」
 まくしたてる蘭を遮って、新一は気持ちを行動に移した。

 暗闇で「蘭」と呼ぶ。

 ボーーーン。

 
ラストの鐘が鳴り響く。

 と。同時に蘭のくちびるにキッス。

 蘭は驚きながら、その思いを受け取っていた。目を閉じて…。
 鳴り止んだ鐘の音のあとに訪れる静寂。


「新年、おめでと…」
 照れたような新一の声は、でも蘭の耳には届かない。それほどまでに蘭は動揺していた。陳腐な質問を浴びせ掛ける。
「今の………なに?」
「な、なにって…。だから……これが、その、俺の…」
 しどろもどろの新一。
「俺の…?なに?なんなの?」
 詰め寄る蘭。
 さすがに暗闇とは言え、目も慣れてくる頃だろう。新一は焦った。
「だから、………俺の‘蘭が好きだ'って気持ちだよっ……」
「………え?」

 蘭の表情が見られないことは残念だが、こっちの表情を見られず済んで、内心ホッとしていた。
「わりぃ。俺、実はまたこれから行かなくちゃなんねーんだ。ホントならこれから初詣にでもって思ったんだけどよ…。今年は眼鏡のボーズと行ってくんねーか?」
 口を挟む隙のないように言うだけ言うと、足早に玄関に向かった。
「新一!!」
 うしろ姿に蘭が叫ぶ。
「わたし…待ってるからね。ずっと…ずっとちゃんと待ってるからね…」
「サンキュ。…俺、絶対帰るよ………。蘭、お前んとこへなっ」

 外へ出た。
 風が冷たかった。
 月を見上げるとなぜか涙が出た。
 月明かりがあまりにも眩しかったから……。
 コナンは……、そう、新一でなく「新一になりすましたコナン」は、先ほどのくちびるのぬくもりをそっと胸に仕舞った。


 そして。蘭は…。
「ありがと、新一…」
 新一のうしろ姿を見送りながら、真実を知った。月が映し出したそれを、蘭が気づかないはずはない。あの新一がこんなミスを犯すなんて。
 その優しさに微笑んで、蘭は次に大慌てで現れてくるであろう眼鏡の少年の登場を心待ちしていたのだった。



 新世紀のはじまりに出会えたことを「しあわせ」と呼ぼう。
 そして、‘待つ人がいること'をも「しあわせ」と呼びたい。

fin



*ちゅーわけで、いいだしっぺみずから書いてみました。おそらく今年最後の…今世紀最後のお話になるかと思います。多分ね。いかがでしたか?(ななみん)