christmas kiss



 ジングルベルが鳴る街角に、ケーキを売るミニスカサンタのお姉さん。
 なぜだか、あの天下の園子が景気よく声をあげて、そんなバイトをしている。
「なんでせっかくのイブにそんなバイトするの?だいたい、園子、バイトだって普段はしないくせに。」
「だってー、あのミニスカのサンタ姿、かっわいいじゃなーい!
あれをやるならピチピチの今しかないってことよ」
「まったくぅ。京極さんが見たら、またそんな格好してって怒られるからね。」
 そう言って茶化したら、園子が少しつまらなさそうな顔をした。
「怒れるもんなら、怒ってほしいもんだよっ。」
 なんてボソリ。
 元気にケーキを売る園子を待って、夜の9時。予定のないのはわたしも一緒。
 食事に誘って二人でイブしよう、なんて思った。
「園子、お疲れー!」
「あ、蘭ー!待っててくれたの?ありがとう!持つべきものは友達よね〜。」
 なんてサンタ姿のまま抱きついてくる。かわいいわが友。
「なんか食べにいかない?」
「うん!いくいく!お腹すいちゃった!」
「その格好で行くの?」
「うん。いけない?明日返しに行くし、今日はこのまま帰ろうかなぁなんて」
 園子ったら。
 しばらく駅への道を二人並んで、歩いた。いつものごとく他愛もないおしゃべりに笑いながら。
「新一くんも、なんでこんな大事な日に帰ってこないかなぁ。蘭を放っておくなんて、よっぽど自信家だね。」
「なーに言ってるのよ。」
「だってー、蘭はいいよ。最高よ。わたしが言うんだから間違いないって。」
「あはは、ありがと、園子。」
「今日だって、わたし、一人で家に帰るの、なんか辛いなって思ってたんだ。そしたら、待っててくれるんだもん。もう感激よ。」
 ちょっと涙ぐんで本音を言う園子。
「一人のイブなんてさびしすぎるよ…。」
「うん…。」
 その時、ちらちらと雪が舞い降りて来た。ホワイトクリスマスだ。
「あ、雪だね。」
「うう、でも寒〜い!」
「あ、その格好じゃ寒いわよ。」
「雪と一緒にわたしたちのサンタさんもやってこーい!!」
 空に向かって園子が叫ぶ。


 と、その時、通りの向こうで手を振る人影を見つけた。あれは…。
「園子…ホントにサンタさん、来てくれたよ。」
 園子の背中を押す。その人影は京極真、その人だった。
「真さん…。」
 きつねにつままれたような顔になって、園子はしばらく呆然と立ち尽くした。
「嘘…。」
「嘘でも幻でもないって。ホラ、早く行って行って!」
 園子はサンタの帽子を取って、わたしに渡した。そして、自分の髪を手グシで整えると
「蘭、ごめんね。」
 そう言い残して、彼女のサンタの元へと走って行った。
「園子、メリークリスマス!」
 その背中に声援する。駈けていく園子を目で追いながら、だけど、その先を見るほどの強さはなくて。


 一人で歩き出すしかない。そう思って一歩を踏み出した時、不意に現れた少年。…コナンくん。
「蘭…ねーちゃん。」
「コナンくん、迎えに来てくれたの?」
「園子ねーちゃんの居場所、あの京極のおにーさんに教えたのボクなんだ。で、蘭ねーちゃんが園子ねーちゃんとこ行ってるの知ってたし…。」
 コナンくん…。その小さな体にすがって、わたしはしばらく泣いた。その姿に、新一を重ねて。
「ごめんね。泣いちゃって。びっくりした?」
「ううん。でも、どうしたの?」
「今ね、ちょっと自分のことが嫌いになっちゃったの。わたし、園子のしあわせ、実は素直に喜べなかったんだもん。」
「え?」
「園子だけズルーい!って感じかな。なんで、わたしには…わたしのサンタさんは来てくれないんだろうって…。でも、コナンくんが来てくれて、なんかとってもうれしかったの。ありがとね。」
「…。」
「お礼になんかプレゼントしちゃおうかなぁ。ね、コナンくん、なにかほしいものない?」
「…じゃあね…。」
「うん?」
「やっぱ、いいや。」
「え〜?なによ、気になるじゃない。」
「でも…。」
「変なコナンくん。…言ってみて。」
(ここは、どこまでも子供のフリで言ってみるか。ダメモトで…今日はイブだしな)
「蘭…ねーちゃんのチューがいいな。」
(言っちゃった…)
「まぁ。コナンくんったら、おませさんね。でも、チューは駄目!いくらコナンくんでも、わたしのファーストキスはあげられないわね。」
「ファ、ファースト…って。」
「自分から言い出しておいて、顔真赤だよ、コナンくん。」
 そんな少年を目の前にすると、なんとなく、なんでもしてあげたくなるのはなぜだろう。
「いいわ。じゃあね、これはサンタのおねーさんからのキスだよ。」
 そう言って、先ほど園子が手渡して忘れていったサンタの帽子をかぶって見せた。
 そして、少年の眼鏡を取る。そのくちびるに、CHU!
 耳まで赤くなったコナンくんは、しばらく固まったまま動かなかった。
「こらー、動かないと雪だるまになっちゃうぞー。」
 その手を引いて歩き出す。
「言っとくけど、このことは新一にはナイショだからね。」
 ウインクで念押し。


 新一のいないクリスマス。ひとりぼっちのクリスマス。
 でもね。守ってくれる小さなナイトが、わたしにはいるから。だから、なんとか元気でやってるよ。
 でも、早く帰ってこないと、わたし、コナンくんに乗り換えちゃうからね。
 ね?わかった?
 来年のクリスマスは、一緒に過ごそうね、新一。約束だよ。

fin

 


christmas kiss(新一つぶやきバージョン)


 クリスマスイブ。
 蘭は、園子がケーキを売るというシティビルの前で、園子を待ち伏せていっしょにイブを祝うんだそうだ。オレとおっちゃんの食事を作ってから、そそくさと出掛けて行った。
 取り残されて、おっちゃんは機嫌が悪くなり、外に飲みに出かけてしまった。
 9時少し前、1本の電話が入った。
「蘭さん、いますか?」
 そう聞く相手は京極真だった。蘭に何か用なのか?
 出かけていることを告げると、
「実は、園子さんの自宅に電話したんですが、蘭さんのところへ行ったと聞きまして、蘭さんの行き先ご存知ですか?」
 と説明する。子ども相手に丁寧な口調だ。
 それで、居場所を伝えた。彼は、その足で園子に会いに行くと見た。
 そうなると、蘭は…?
 ひとり取り残されるってことにならねーか?
 慌ててオレも飛び出して、シティビルへ急いだ。


 案の定、蘭が一人取り残されて、それでも園子にエールを送っている姿を目にした。
 無理してるよな。
 そんな蘭は、「コナン」を見ると、急に泣き出した。
 「コナン」でもなぐさめになるなら。いや、オレが却って電話してなぐさめるよりも力になるのかもしれない。この手で抱き締められないなら、新一の姿で会えないなら、蘭にはコナンの方が「やさしさ」を感じるのかもしれないと思った。
 待っててくれたお礼にプレゼントを、と言われて、思わずとっておきが頭をかすめる。だけど、これって恋人同士だとか、それに近いカップルなら「とっておき」なんだけど、なんせ「コナン」は小学1年生の子供だからな。…ま、この子どもをいいことに、いただいちゃおうという魂胆でもあるわけで。
「蘭ねーちゃんのチューがいいな」と言ってみる。
 当たって砕けてしまうか…。
 蘭は、サンタのおねーさんからのチューだと言ってプレゼントしてくれた。
 そのとっておきのファーストキスを。

 キスはそりゃうれしいんだけど、あとになって、複雑な思いに悩まされた。
 蘭のファーストキスの相手は、オレでなく「コナン」だってことが、蘭の胸には刻まれてしまったかもしれないっていう危惧。
 相手が「コナン」(オレ自身)であろうと、どうにもやりきれないこの嫉妬心。
 そして、その柔らかな感触を思い出しては眠れない夜。
 更に、新一として触れることのできないもどかしさを再び。


 蘭、オレ、必ず帰るから。帰るとこはそこしかないから。
 来年のクリスマス、そのくちびるは、オレのもんだよな?

fin