初夏の風─中学3年─

 

 中学三年。相変わらず幼なじみの二人は──。

 三年と言えばクラブなんかも引退の時期で、みんな受験にそなえているのに、新一は相変わらずグラウンドでボールを追いかけている。
 ファンの女の子の声援が今日も聞こえる。
「相変わらずすごい人気…にしてもちゃんと勉強してんのかしら?」
 呟きながら遠目に新一を追う。
 行き過ぎようとした時、いつものように新一は「よぉ!!」と手を上げた。
 ああ、ファンのコたちの視線が痛いよ…。でも、ほんのちょっと優越感もあったりして。…わたしはこの新一と幼なじみだもんねー。
 いつものように新一は「今日もある?」と声をかけた。
 今日も…これは弁当のことだ。
 一人暮しの新一は朝ご飯の用意をするのが面倒らしい。朝練のあとのこのお弁当がすっかり日課になってしまった。
「着替えてすぐいく!!」 
 そう言うと、新一は、その場でウェアを脱ぎ始め、わたしは驚いて「キャッ!!」と声を上げた。
「んだよっ。変な声出すなよな?」
 わたしの気持ちも知らないで、とっとと新一は部室に消えていった。
「新一のバカ!!」
 その後ろ姿にアカンベーする。
 
 新一、わたしのこと全然女の子だって思ってない。
 ずっとずっと幼なじみの友達のまま………そうなのかなぁ。

 校舎の屋上。ここがいつもの場所だった。
 ガツガツとお弁当に食い付く新一。見ていてちょっと気持ちいい。
「おいしい?」と聞くと案外素直に「うまい」と答えが返って来るから、わたしはとってもうれしかったんだ。
 なんとなくわたしは聞いてみたくなった。
「新一ってさ、将来は何になりたいの?」
「オレ?決まってんじゃん。探偵!!」
「え?それ本気だったの?」
「当然!!」
 自信まんまんの様子でそう宣言した。
「でもさ、サッカーだってあんなにスゴイんだし、プロも夢じゃないって感じだよね。」
 そう言っても「絶対、探偵!!」こう言い張った。
「そういう蘭は?」
「え?わたし?」
思わぬ切り返しにドキドキした。わたしのなりたいもの、わたしの将来、わたしの……。
「うーんとね、幼稚園の先生とか小学校の先生もいいな。あと、看護婦さんとか…。あ、そうだ。お母さんのやってる弁護士なんかも憧れるし…」
「へ〜。欲張り!!」
 だけど、もっとなりたいものがあることにわたしは今気づいた。…でも言えない。言えっこないよね。
「蘭ならいい嫁さんになるんだろうな。」
 不意打ちだった。ビックリして新一の顔を見たら、まったく我関せずと言った様子で弁当を食べ続けている。
 深い意味はなさそう…。
 なら、わたしも。
「もらってくれるの?」
 なーんて聞いてみた。勿論、特別な答えなど期待してないけどね。
 すると、新一の箸を持つ手が止まった。一瞬の沈黙ののち「バーロー」といつもの調子ではぐらかされたから、ちょっとだけがっかりしていた。
 やっぱり答えはNOなのかなぁ。わたしのこと、そんなふうに見てないんだよね…。
 
 頬を染めた新一が「んなこと突然聞くなよなっ」と焦ってることなど気づかない。「プロポーズは自分でしたいんだ」なんてこと考えてるなんて思ってもみなかった。

 『はっきり好きって言えばいいのかな……』
 『はっきり好きって言おうか?』

 

 二人同時に互いを気にしながら。その時は「今」かもしれないとココロが騒いだ。

「あのさ」
 同時に言った。
「え?」
「なに?」
 出かかった大事な言葉は不発のまま。
 その時、朝の予鈴のチャイムの音が鳴り響いた。
 そして、心地よい風が吹きぬけていく。
 空は、青空。

「いい天気だね」
「あぁ。」
「昼寝、していこうか。」
 新一は、そこにゴロンと寝転がった。無防備に寝息を立てはじめ。

 このままでいい。
 だって、いつでも隣に新一がいる。
 見つめ続けていられるのなら、このままでいい。
 いつかきっと…。そんなふうに誓いをたてた。


 

   初夏の風─高校3年─

 

 昼休み。人目を避けて校舎の屋上で新一を待っていた。

 例によってお昼のお弁当だ。

 二人分のお揃いのお弁当を作り始めて、もう何年もたったような気がする。実のところは、せいぜい一ヶ月足らず。新一が戻ってきて、ようやく一ヶ月が過ぎようとしている。以来、毎日のお弁当作りは欠かさなかった。

 

 だけど、今日は新一が遅い。もうすでに昼休みを30分は過ぎていた。

 待っていると不安になる。またどこかに行っちゃうんじゃないかって、今でも時々そんな不安が押し寄せて…。

 人の気も知らないで、ケロッとした顔で新一は、ようやくやって来る。

「わりぃ!…え?もうこんな時間?」

「遅いよぅ!食べる時間なくなっちゃうじゃない。」

 ちょっと拗ねてそう言ったけど、ホントはその顔を見ただけでとてもホッとしていた。

 

 そして、早速ランチタイム。

「おいしい?」

 つい、やっぱり聞いてしまう。

「…うまいよ…。」

 相変わらずそんな返事。でも、うれしくて。ふと、あの日を思い出した。

 そう、ちょうどこんな青空で、白い雲が浮かんでた。風が心地よくって。

 ──そして、同じように新一もあの日のことを思い巡らせる。

 

(…好きって一言が言えなかったな、あの日。)

 

「あのさ。」

 二人同時に。あの日と同じなのが可笑しくて、二人揃って吹き出した。

「え?」

「なに?」

 そう言ってまた笑う。

「あの日とおんなじだ。」

「ホント、あの日とおんなじ…。」

 言ってから、お互いにあの日を思い出していることに驚いた。

 懐かしい胸の高鳴りが蘇る。

 

「じゃ、またお昼寝して行く?」

 くすっと笑って。おどけてみせて。

「それもいいな。いい天気だし。」

 ランチタイムが済んで、午後の授業のはじまりのベルが鳴った。校庭のざわめきが消えていく。

 

 いつものように立ちあがろうとした時、不意に新一に腕をつかまれて。

「蘭…。」

「なあに?本気で昼寝……。」

 いつもの調子でまくし立てようとしたら、突然のキス…。

 風の音。木々が葉を揺らす音。時間が止まった気さえする。

 そして、やさしく包みこむように抱きしめられて、声が届く。

「オレの嫁さんになってくれる?」

 …突然。

 言葉にならない。どうして、今?

「ホラ、あの日のつづき。」

 あの日……?

 

 

 ──思い出していた。

『蘭なら、いい嫁さんになるんだろうな。』

『もらってくれるの?』

『バ、バーロー!』

 そんなやりとり。

 

「新一のバカ!なんでそんなこと突然…。」

 あふれる涙とともに、憎まれ口が口をつく。

「バカってなんだよっ!」

「だってぇ…。わたしを…もらって、くれるの?」

「バーロー!それこそ愚問じゃねーか。オレがプロポーズしてんだろ!」

 プロポーズ…。そのコトバに体の力が抜けていく。

 涙、止まらない。

「新一…。」

 言葉が続かなくて、新一の胸にしがみついた。

「よし、じゃ、蘭はいただきだな。」

 悪戯っぽく笑って、もう一度キス。

 

 

 「いつかきっと…」そんなふうに思ってたあの日。

 同じ初夏の風に吹かれて、二人、空を見上げている。

 「つないだ手は、絶対離さない。」二人、同じ思いで今。

 初夏の風は、とてもやさしい……。

                       fin