初夏の風─中学3年─
中学三年。相変わらず幼なじみの二人は──。
校舎の屋上。ここがいつもの場所だった。
ガツガツとお弁当に食い付く新一。見ていてちょっと気持ちいい。
「おいしい?」と聞くと案外素直に「うまい」と答えが返って来るから、わたしはとってもうれしかったんだ。
なんとなくわたしは聞いてみたくなった。
「新一ってさ、将来は何になりたいの?」
「オレ?決まってんじゃん。探偵!!」
「え?それ本気だったの?」
「当然!!」
自信まんまんの様子でそう宣言した。
「でもさ、サッカーだってあんなにスゴイんだし、プロも夢じゃないって感じだよね。」
そう言っても「絶対、探偵!!」こう言い張った。
「そういう蘭は?」
「え?わたし?」
思わぬ切り返しにドキドキした。わたしのなりたいもの、わたしの将来、わたしの……。
「うーんとね、幼稚園の先生とか小学校の先生もいいな。あと、看護婦さんとか…。あ、そうだ。お母さんのやってる弁護士なんかも憧れるし…」
「へ〜。欲張り!!」
だけど、もっとなりたいものがあることにわたしは今気づいた。…でも言えない。言えっこないよね。
「蘭ならいい嫁さんになるんだろうな。」
不意打ちだった。ビックリして新一の顔を見たら、まったく我関せずと言った様子で弁当を食べ続けている。
深い意味はなさそう…。
なら、わたしも。
「もらってくれるの?」
なーんて聞いてみた。勿論、特別な答えなど期待してないけどね。
すると、新一の箸を持つ手が止まった。一瞬の沈黙ののち「バーロー」といつもの調子ではぐらかされたから、ちょっとだけがっかりしていた。
やっぱり答えはNOなのかなぁ。わたしのこと、そんなふうに見てないんだよね…。
頬を染めた新一が「んなこと突然聞くなよなっ」と焦ってることなど気づかない。「プロポーズは自分でしたいんだ」なんてこと考えてるなんて思ってもみなかった。
『はっきり好きって言えばいいのかな……』
『はっきり好きって言おうか?』
二人同時に互いを気にしながら。その時は「今」かもしれないとココロが騒いだ。
「あのさ」
同時に言った。
「え?」
「なに?」
出かかった大事な言葉は不発のまま。
その時、朝の予鈴のチャイムの音が鳴り響いた。
そして、心地よい風が吹きぬけていく。
空は、青空。
「いい天気だね」
「あぁ。」
「昼寝、していこうか。」
新一は、そこにゴロンと寝転がった。無防備に寝息を立てはじめ。
このままでいい。
だって、いつでも隣に新一がいる。
見つめ続けていられるのなら、このままでいい。
いつかきっと…。そんなふうに誓いをたてた。
初夏の風─高校3年─
昼休み。人目を避けて校舎の屋上で新一を待っていた。
例によってお昼のお弁当だ。
二人分のお揃いのお弁当を作り始めて、もう何年もたったような気がする。実のところは、せいぜい一ヶ月足らず。新一が戻ってきて、ようやく一ヶ月が過ぎようとしている。以来、毎日のお弁当作りは欠かさなかった。
だけど、今日は新一が遅い。もうすでに昼休みを30分は過ぎていた。
待っていると不安になる。またどこかに行っちゃうんじゃないかって、今でも時々そんな不安が押し寄せて…。
人の気も知らないで、ケロッとした顔で新一は、ようやくやって来る。
「わりぃ!…え?もうこんな時間?」
「遅いよぅ!食べる時間なくなっちゃうじゃない。」
ちょっと拗ねてそう言ったけど、ホントはその顔を見ただけでとてもホッとしていた。
そして、早速ランチタイム。
「おいしい?」
つい、やっぱり聞いてしまう。
「…うまいよ…。」
相変わらずそんな返事。でも、うれしくて。ふと、あの日を思い出した。
そう、ちょうどこんな青空で、白い雲が浮かんでた。風が心地よくって。
──そして、同じように新一もあの日のことを思い巡らせる。
(…好きって一言が言えなかったな、あの日。)
「あのさ。」
二人同時に。あの日と同じなのが可笑しくて、二人揃って吹き出した。
「え?」
「なに?」
そう言ってまた笑う。
「あの日とおんなじだ。」
「ホント、あの日とおんなじ…。」
言ってから、お互いにあの日を思い出していることに驚いた。
懐かしい胸の高鳴りが蘇る。
「じゃ、またお昼寝して行く?」
くすっと笑って。おどけてみせて。
「それもいいな。いい天気だし。」
ランチタイムが済んで、午後の授業のはじまりのベルが鳴った。校庭のざわめきが消えていく。
いつものように立ちあがろうとした時、不意に新一に腕をつかまれて。
「蘭…。」
「なあに?本気で昼寝……。」
いつもの調子でまくし立てようとしたら、突然のキス…。
風の音。木々が葉を揺らす音。時間が止まった気さえする。
そして、やさしく包みこむように抱きしめられて、声が届く。
「オレの嫁さんになってくれる?」
…突然。
言葉にならない。どうして、今?
「ホラ、あの日のつづき。」
あの日……?
──思い出していた。
『蘭なら、いい嫁さんになるんだろうな。』
『もらってくれるの?』
『バ、バーロー!』
そんなやりとり。
「新一のバカ!なんでそんなこと突然…。」
あふれる涙とともに、憎まれ口が口をつく。
「バカってなんだよっ!」
「だってぇ…。わたしを…もらって、くれるの?」
「バーロー!それこそ愚問じゃねーか。オレがプロポーズしてんだろ!」
プロポーズ…。そのコトバに体の力が抜けていく。
涙、止まらない。
「新一…。」
言葉が続かなくて、新一の胸にしがみついた。
「よし、じゃ、蘭はいただきだな。」
悪戯っぽく笑って、もう一度キス。
「いつかきっと…」そんなふうに思ってたあの日。
同じ初夏の風に吹かれて、二人、空を見上げている。
「つないだ手は、絶対離さない。」二人、同じ思いで今。
初夏の風は、とてもやさしい……。
fin