ジレンマ
ふぁ〜あ… すべてのはじまりはこの欠伸からだった。 この欠伸さえしてなかったら…なんて今更考えても遅い。 日曜日の午後。ドタキャンした園子の代わりに蘭のショッピングに付き合わされる羽目に陥った。 「コナンくん、一人じゃつまんないし、一緒にいこ」 蘭のはじける笑顔に赤くなりつつ(オレがコナンじゃなきゃ、これってデートのはずなのに…と悔しく思いつつ)、しっかりと蘭の後にくっついて行くオレ。 しかーし。ブラウス一枚選ぶのに何件店回るんだ?いい加減にしてくれよ。 内心、退屈しながらも、うれしそうに服を見て回る蘭にそんなことは言えない。 だけど…。 ふぁ〜あ… あ、しまった!と思ったときには遅かった。蘭が見ていた。 「ごめんね、退屈しちゃったよね?」 「あ、いや、そんなことは…」 「向かいのビルに大きな本屋さんがあるから、そこで時間潰してる?あとで落ち合おうよ。」 ありがたい申し出にオレは甘えた。甘えてしまった… 「じゃ、またあとでね」 「大通り渡る時、車に気をつけるのよ?ここ、車多いんだから」 そんな蘭の言葉に送られて、しばし別行動を取ることになった。 大通り。行き交う車。確かに交通量は多い。だけど信号もちゃんとある。気をつけるも何も…といった感じだ。 オレは通りを渡り、向かいのビルディングにある本屋にたどり着いた。 めぼしい推理小説なんかを探しつつ、先ほどの蘭を思い出す。どうも胸騒ぎがする。 『大通り渡る時、車に気をつけるのよ?ここ、車多いんだから』 その言葉が耳にこだまして、ひょっとして蘭の身に何か?と気になって仕方なくなる。 そんな時、ふと目の前を通り過ぎて行く高校生らしき男の人影。 …あれ?こいつどこかで会ったっけ?この気配……なんだ? その姿はどことなく…工藤新一に似ていた。背格好も顔立ちも…。 蘭が気になったオレは、約束の時間より早く本屋を出た。 通りに出て、交差点で信号を待つ。ふと横に立つ男にハッとする。さっきの男だ。オレを見てニヤリと笑った気がするのは気のせいか? 信号が変わる。ふと、蘭の姿が目に映る。オレを見つけて手を振っている。オレもそっと手を振って答える。横の男がクスッと笑って。 なんだ?コイツは…。 と、横の男に気を取られていた瞬間だった。 暴走する車が轟音とともに交差点に突っ込んで来た。交差点の人ごみを呑み込んで──。 「ら、蘭ーーっ!!」 悪い予感はこれだったのか!? オレは蘭のいるところへ素早く駈け寄った。その間にも暴走した車は走り去ろうとしている。 ひき逃げ? 「蘭っ!!」 叫んで駈け付けて。 …が、オレより先に蘭の元にいた男。先ほどの…奴だった。同じスタートラインにいたはずなのに、どうして?…ガキの足じゃ敵わないってことか? 車に跳ね飛ばされた蘭は痛々しくて。虚ろな眼差しで。 「…新一?」 一瞬そう聞こえた。蘭が奴を見上げてる。 (新一…かと思った。でも違う…違う人だ。) 「彼女はオレが病院へ運ぶから心配すんな。お前は車を追え!探偵なんだろ!?」 …こいつ、いったい!? 奴は蘭を抱き上げる。…それはオレの役目のはずなのに。…そうさ、オレは……今のオレは蘭を抱き上げることさえ出来ないんだ。 「わかった。オレは車を追う…蘭を…頼んだ!」 悔しい台詞だった。こんなこと言いたくないし、こいつにこんなこと頼みたくもない。 それにしたって、車を追うと意気込んでみたものの、すでに立ち去った車をどう追うんだ? 今日はボードだってない。せめてボタン型発信機を車につけておけば。 ああ。それよりもこれだけ目撃者がいるんだ。警察がなんとかしてくれるだろう。 いつになく判断力や行動力が鈍い。集中できない。 つい悔しくて、その場を逃げ出したくて「車を追う」なんて言ってしまったけど、オレの本心はそんなとこにはなかった。…蘭のそばにいたい。 探偵がなんだ?…そんなことよりも…わかってるはずなのに。 間もなく警察がやって来た。 奴に抱かれていった蘭は到着したばかりの救急車に乗りこもうとしている。 オレも一緒に…。追いかけようとしたが、人ごみに揉みくちゃにされてしまった。 それから数分、警察の聞きこみから逃れられずにしばらく拘束されたオレは、ようやく蘭がどこに運ばれたのかを聞いて、病院に駈け付けた。 病室のドアを開けて、蘭の元に…。 ん?こいつ…? 奴がまだいた。ちゃっかり蘭のベッドの脇で、なに眠りこんでるんだよっ。 蘭も寝息を立てている。怪我してるんだからしょうがないけど、なんて無防備なんだ? こいつ、何もしてねーだろうな? 悔しくて、つい奴の座っている椅子の足を蹴飛ばした。 「うぐっ」 そして奴は衝撃に目覚める。…一応礼は言わなきゃな。 「蘭を運んでくれて…礼を言うよ…」 しかし、どうも素直に言えない。口篭もって声も小さくなる。 「案外華奢だよな?前より痩せたんじゃねーか?どっかの誰かのせいでよっ?」 ……!こいつ、オレに喧嘩売ってんのか!?ちくしょー。 うん?それより「前より痩せた」だと?…こいつ、やっぱり…。 「なんもしてねーだろーな?」 「さぁ、どうかな?」 「なに!?」 「この手の顔には弱いんでね」 あの時と同じ台詞吐きやがったな、こいつ。 その時、蘭のうめく声が聞こえた。 「んっ、痛い…いたぁい…」 そうだ、蘭の具合は…? 「右手首骨折。跳ね飛ばされて咄嗟に受身は取ったようだから、怪我はそこだけ。しばらくは彼女の右手になってやるんだな…。さて邪魔ものは消えるとするか」 そう言うと、奴は立ち上がり、オレの肩をポンと叩いた。 「じゃーな!」 奴には何もかもお見通しってことか。参ったな。 そして、その後すぐに蘭が目覚めた。 何よりもショックな第一声を聞く。 「黒羽くんは!?」 ちょっと待てよ。嘘だろ?そりゃないだろ? 蘭の口から工藤新一以外の男の名前を聞くなんて。しかも、目の前のオレ(コナン)は二の次。 「蘭ねーちゃん、大丈夫?」 声をかけて、ようやくこちらを見る。 「コナンくん、心配かけてごめんね」 ***** 救急車の中でのこと……。 「新一でなくて悪かったな」 奴は気障な笑顔を蘭に向ける。 「あなたは?」 「ただの通りすがり」 「名前、聞いていい?」 「黒羽。…黒羽快斗ってんだ」 「どうして新一の名を?」 「ああ、…それは…最初に駈け付けた時、そう呼んだから…」 「ああ。あの時ね、一瞬新一かと思ったから。でもすぐに違うってわかった…」 「探偵くんなら元気でやってるさ」 「…?」 「いつもどこかから見守ってるって意味」 「どうして、そんなこと…。あなた、いったい……?」 蘭の額に脂汗が滲む。次第に意識が遠のいて行く。 (新一のこと知ってるの?居場所知ってるの?どこにいるの?どうしてるの?聞かなくちゃ、聞きたいのに…) ***** 「黒羽くんって何者なのかしら?」 蘭はまだアイツのことを気にしてる。 ふ〜ん、アイツの名前「黒羽」ってのか。しかし気障な野郎だぜ。蘭が目覚める前に行っちまうなんてよ。ずるいぜ。そういうのって女心をくすぐるんじゃねーのか?きたねー奴! 蘭が窓の外を見つめて言った。 「もう一度会いたいなぁ…(会って聞きたいのにな、新一のこと)」 なんだと!? オレはつくづく後悔していた。 あの時、欠伸さえしなければ、と。 ともかく。 しばらくは蘭の右手ってことで、蘭から離れないでいてやるッ!! fin 下のはどーでもいいので。 |