***初恋のいろ***
<side-Shinichi>
それは忘れもしない桜満開のあたたかい日だった。
小学校の入学式。
俺は、父さん母さんと共に小学校の門をくぐった。
紺色のブレザーに赤い蝶ネクタイ。この日のために母さんが用意して
くれたものだ。
そして、受付を済ませ、キョロキョロと周囲を見回して。
なんとなく探してた、幼なじみの蘭を。
毎日のように遊び歩いて、俺と蘭は親友だと思っていた。…そう、
その日の蘭を見るまでは。
小学校の門の脇にとても立派な桜の樹があって、その下にちょうど
その時、蘭が立っていた。おじさんやおばさんの姿もあったけど俺には
目に入らなくて。
あたたかい風が不意をついて桜を直撃した。
そして、その花びらは蘭を飾った。
桜色のワンピース。スカートがひらひらと揺れている。
あれ?
蘭って……、蘭って女の子だったんだ。
しかも、とっても可愛い女の子…。
しばらく俺は呆然としたまま、蘭に見とれてしまった。
「どうしたの?新ちゃん、顔、真赤よ?」
目ざとい母さんが、声をかける。
「えっ?」
俺は驚いて頬を両手で押さえた。
「ん?」
母さんは俺を覗きこむようにして見つめたあと、俺の視線の先を確認した。
そして。
「蘭ちゃ〜〜〜ん!!」
おもむろに蘭を呼んで手を振った。
うわっ。俺、顔が赤いんだよな。マズイじゃん。
…って何がマズイんだ?
よくわかんないや。でも。
俺は逃げ出した。一目散に。
それに気づいた蘭が、俺を呼ぶ。
「新一ぃ。待ってよ、新一ったら、ねぇ!!」
「ら、蘭…」
わけもわからず逃げ出した手前、捕まるわけにも行かず、俺は逃げ
つづけた。
「なんで逃げるのよぉ!!」
…なんて答えよう。なんて説明しよう。逃げながら考えていた。
と、その時。
蘭が何かのはずみで転んでしまった。
桜色のせっかくのワンピースが汚れてしまった。
泣き虫の蘭の瞳はみるみる涙で溢れていく。
…ったく。見てらんねーな。
俺は、蘭の元へ走った。
「……ごめん」
そう言って手を差し伸べる。
蘭は、ただボロボロと泣いている。
「もう…泣くなよ…」
俺は周囲の視線が少し気にかかる。
遠くに蘭のおじさんの姿が見えた。こちらに向かってくる。
「大丈夫だよ、払ったら服の汚れなんてさ…」
そう言ってスカートを試しに手で払った。が、薄色だから、汚れは
思うように取れなかった。
それから、よく見ると膝を擦りむいて血が出ていた。
「痛いのか?」
痛くて泣いているのかと思い、聞いたら首を横に振る。
「汚れ…取れないな…」
それで泣いているのかと思ったが、蘭はまた首を横に振った。
「ん?」
じゃあ、蘭はなんで泣いてるんだ?
腕を抱えて考えていたら、間もなく蘭のおじさんがやってきた。
「どうした?蘭。この新一の奴になんかされたのか?」
と聞くから、ドキッとした。
蘭は、即座に首を横に振って答えた。
「違うの。転んで服が汚れて、それで膝から血が出て、痛くて……
それでね……」
蘭は泣いてる理由をこう言った。
聞いてる俺は「?」がいっぱいだった。
蘭がわかんないや……。
そうこうしていると、入学式のはじまりの時間となり、母さんが
俺を呼びに走ってきた。一緒に蘭のおばさんも。
「ホラ、体育館に入らなくちゃ。二人同じクラスでよかったわね」
母さんが微笑んで告げた。
おんなじクラス。
…よかった。
「よかった」
え?俺が心で言ったのと同時に蘭はそう言った。
「さぁ、二人で行ってらっしゃい!!」
母さんが背中を押した。
俺は、その勢いに任せて、蘭の手を取った。
「よし、行くぞ、蘭!!」
そう言うと、笑顔の蘭がそこにいた。
「うん!!」
俺たちは駆け出した。
それが恋のはじまりだったってことに気づいたのは、ずっとずっと
あとになってからのこと。
そういえば……蘭が泣いた理由ってなんだったんだろう。謎は今も
謎のまま…。
アルバムの中の一枚の写真。二人揃って桜の樹の下で笑ってる。二人の
頬も桜色。懐かしいなと目を細めながら、そんなことを思い出していた。
fin
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<side-Ran>
なんとなく掃除中に1冊のアルバムを開いてしまった。その一枚の写真を
見て釘付けになる。
「あ…、コナンくんだ」
それは、小学校の入学式の写真。新一とのツーショットだった。
だけど、その新一と来たらまるでコナンだったのだ。
懐かしいなぁ。
そう言えば、あの日のことは謎だった。
入学式の日。
新一を見つけて駈けていったら、新一は急に逃げ出したんだ。
なんで?なんで新一、逃げるの?
もう、小学校に入ったら、わたしとなんて遊ぶのいやなのかな。一緒に
いるの、いやなのかな。…そんなふうに思うと悲しくなった。
「待ってよ」と追いかけながら泣きそうだった。なのに、新一は
待ってくれなくて。
履き慣れていない靴だったせいか、なにもないところで転んでしまった。
なんだか悲しくて、寂しくて、とうとう涙が零れた。
服が汚れてることも、膝から血が出てることも、わたしにはどうでも
いいことだった。
新一が遠くに行っちゃう…。そう思うと、ただ悲しくて寂しくて。
泣いていると、逃げていたはずの新一が走り寄ってきた。
「……ごめん」
って。え?なに謝ってるの?
新一は心配そうに、色々聞いてくれた。服が汚れてるけど大丈夫だとか、
膝は痛くないかとか。・・・わたしが泣いてるのは、そんなことじゃないのに。
さっきまでは、悲しくて泣いてたけど、今は違う。
新一が心配そうに駈けて来てくれたから、うれしかったから、いつも
みたいにそばにいてくれるから、だから自然に涙がね……。
…あれ?でも、なんでこんなに涙止まらないの?
…わかんないや。この気持ちって、なんだろう?
そこへ、心配そうにお父さんが駈けてきた。
「どうした?蘭。この新一の奴になんかされたのか?」
いきなりそんなふうに聞くから笑っちゃう。…あ、でもそれって案外
鋭いのかもね。
もう入学式がはじまろうとしている。お母さんと一緒に有希子おばさん
も呼びに来てくれた。
「ホラ、体育館に入らなくちゃ。二人同じクラスでよかったわね」
と言ったのを聞いて、わたしはとてもうれしかった。
「よかった」と知らずに口に出していた。
これからも、新一と一緒なんだ。だから、…よかった。
「よし、行くぞ、蘭!!」
新一が笑顔でそう言って、わたしの手を掴んだ。
「うん!!」
わたしは、大きく叫ぶと、新一と一緒に駆け出した。
それが恋のはじまりだったってことに気づいたのは、ずっとずっとあとに
なってからのこと。
そういえば……新一が逃げた理由ってなんだったんだろう。謎は今も
謎のまま…。
アルバムの中の一枚の写真。二人揃って桜の樹の下で笑ってる。二人の
頬も桜色。懐かしいなと目を細めながら、そんなことを思い出していた。
fin