Midnight Flight
僕は鳩。ご主人様は華麗な怪盗です。僕は始終ご主人様と過ごしているので(一緒じゃない時も僕は見守っています)ご主人様のことならなんでも聞いてください。
え?ご主人様の恋のお相手ですか?…いえ。それは僕の口からはちょっと…。
え?ご主人様じゃない?ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕ですか!!
でも、どうして僕のことなんて…。
ああ。そうなんですかぁ、僕のことをわかなんってオンナがつべこべと言い立ててるというわけなんですね。困ったものです。
…それじゃ、聞かなくても知ってるじゃないですか。
僕の想い人は、僕の想い人は…………
紅子さんは、僕の胸の内を聞くと、にやりと笑いました。
「わたしに任せなさい」
自信たっぷりにそう言うと、いわゆる魔法の杖という奴を取り出し、「めとーるみめゆ、ずーまーりどざ!!」と謎の呪文を唱えました。
すると、どうしたことでしょう。僕はたちまち人の姿に変身しました。年の頃なら、ちょうど彼女と同じ、高校生くらいでしょうか。
これで僕は、切なそうに涙を隠し健気に笑っている彼女──毛利蘭──に励ましの言葉を送れるのです。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
僕は一生懸命お礼を言いました。その人がたとえご主人様の天敵であろうとそんなことは構いません。
「ただし言っておくけど、あなたの想う彼女が本当に心からの笑顔に戻った時に、魔法は解けるの。…つまり、彼女が泣いている時だけ、人として、共に過ごせるということ。わかったかしら?」
つまり、僕は誠心誠意彼女を慰めて、彼女が本当の笑顔を見せた時に、この魔法は解けてしまうということ──。
うん、それでいい。僕はそれしか望んでいません。それ以上のものなんて望むものですか!
人の姿になってからの僕は自分で言うのもなんですが、とてもとても頑張りました。なんとか彼女と近づきたいとあの手この手で頑張りました。
一番堅かったのは空手部のマネージャーと言うことで高校に潜り込んだことでしょうか。
紅子さんの魔法はよく出来てきて、僕が接する人たちの記憶の中に「僕」という存在を埋め込んでいてくれました。だから、僕はなんなく「もともとここにいた空手部のマネージャー」の役を誰にも不審がられずにやってのけることが出来たのです。
「鳩山君」
彼女が僕を呼びます。そのまんまでセンスのかけらもないことは承知です、鳩山なんて名前。
「はいっ」
僕は一応後輩でもあるわけなので、急いで彼女の元へ駆けつけます。
「ごめーんっ、部室に忘れ物。悪いけど取ってきてくれる?」
「はい、毛利先輩」
僕は礼儀正しくお辞儀をしました。
「いつも悪いわね、ありがと」
するとやさしいウインクを彼女は僕にくれました。一瞬、それがもしも本気の笑顔だったらどうしようと僕は気が気でありません。
慣れない「人」として生活も数日が過ぎ、影ながら僕は彼女を守り彼女の力になろうと努力しました。
しばらくして、僕にもチャンスが巡ってきました。
チャンス──これが容易に巡ってこないのには訳がありました。彼女には、どうにも厄介なナイトがついています。名前をコナンと言います。姿は小学一年生、だけど本当のところは高校二年生。彼女の幼なじみで同級生。ご主人様のライバルでもある探偵の工藤新一です。だいたい彼女が心からの笑顔を忘れたのは彼がこんな姿になってからです。ええ、そう、体が小さくなったことを彼女は知りません。つまり、コナンが新一だと言う事実を知らされていないのです。ひどい話ですよね。
そんなわけで彼女は来る日も来る日も彼を想って心で泣いていました。
そんな彼女を慰めたいのに、肝心のそいつが邪魔をするのです。
部活が終わり、帰り道。なんとなくその日は彼女と二人になりました。いつもだったら途中から乱入し、僕を追っ払うはずの彼がやってきません。
「今日は来ませんね、彼」
「うん。今日は太郎君ってお友達の誕生日パーティなんだって、コナン君」
「へぇ、そっかぁ…」
僕は内心しめしめと思いました。
「あの、その、…毛利先輩には探偵の彼氏がいるんですよね?」
「えーっ?彼氏?誰が言ったの?新一は彼氏じゃないってば!!ただの幼なじみ!!」
「…え?冗談ですよね??」
…あんなに彼を思って切なそうに瞳を潤ませているのに。
「やだ、もう!!本当にただの幼なじみだってばぁ!!」
むきにならなくてもいいのに。
「それより、鳩山君にはいつもいつもお世話になっちゃって…」
「そんなそんなマネージャーですから、僕」
「ううん、それでもね。もうすぐクリスマスだし、なんかお礼したいなぁって思ってるんだけど何がいい?」
「え…?お礼…ですか?」
心の中で「チャーンス!!」と歓喜の声が聞こえました。ホラホラ、頑張れ、僕!!
「えっとぉ、あの。それじゃ、一つ、いいですか?」
「うん。言って言って」
「終業式のあとって毛利先輩、何か用事あります?」
『終業式って二十四日よね?…イブかぁ…」
そう言うと彼女は小さくため息をつきました。
「もしも何もないなら、どこか…そうだ、遊園地にでも遊びに行きませんか?」
……言ってしまいました!!遂に!!遂に!!
「…そだね、何にもないし。行こうかな」
「あ。もしも、あの、コナン君でしたっけ?…一緒でも構いませんよ?」
ホントは二人きりがいいに決まってるけど、やっぱりなんとなくさぁ…。だって、コナンは工藤新一なんだから。
「コナン君?いいのいいの。あの子、イブはお友達とクリスマスパーティだって言ってたから」
少し悲しそうな顔で彼女はそう言いました。
とにかく。僕は彼女とのデートの約束を取り交わしたことにただただ舞い上がっていたのです。
そして終業式当日。
正門の前で待ち合わせです。僕はどきどきわくわく。デートなんて当然はじめてですから。少しでも彼女の慰めになればと気合が入ります。
…ホントは、きっと、彼と一緒のがいいに決まってるなんてこと、わかってます。それが叶わないから。だから彼女は悲しい顔をするのです。本当の笑顔は、彼なしではありえない。──僕はもうすでにそのことに気づいていました。
腕時計をちらちらと見ながら彼女を待っていると、外からここへ向かって走る人影が見えました。急いでいるようです。正門までたどり着くと息を整え、ようやくその顔が僕にも見えました。
あ───っ!!
その顔は紛れもなく彼!!工藤新一です。
あわわわわわ。どうして元の姿で?どうしてここへ?どうしてそれが今なんだぁぁぁ?
僕はしばしパニック状態となりました。
が。彼女が校舎から出てきて、こちらに近づいてきました。彼女の姿を見ると、あらためて感じていました。僕のこの想いは叶わぬ恋なのだと。
「あ、鳩山君!!」
笑顔で手を振る彼女──、でも決してそれは本当の笑顔ではないのです。なぜなら僕は鳩に戻らないから。
「毛利先輩、すいません。僕、急に用事が出来て…」
最後まで言葉が続かず。思わずこぼれそうになった涙を見られないように僕は走り出しました。
「どうしたの?ねぇ、鳩山君ったら!!」
彼女が呼び止めるけど振り向くことは出来ません。
そうして。まもなくです。彼女が彼を見つけるのは──。
心からの笑顔を見せるのは──。
通りの角を曲がってすぐに、僕は白い羽をはばたかせました。学校に逆戻りして確かめます。彼女の本当の笑顔を───。
「くるっくー(とっても綺麗だよ。)」
僕はあなたのその笑顔がとても好きです。あなたのこと、大好きでした。
おしまい
この話は、わかにゃんに捧げたものでした。ロマとまで登場した鳩さんに心惹かれてね〜、わたしもいつかは!と野望を持っていたのですが、こっそりこんなのを書いたのでした。2002年12月に。