かくれんぼ

 父さんと母さんは仲がいい。とてもとても仲がいい。
 子供の俺が見ていても、平気でいちゃいちゃしてる。と言うか、俺のこと子供だと思って気にしてないんだろうか?俺だってもう小学1年になって、ちょっとは女の子を意識するんだ。(ま、この場合、たった一人の女の子に限るわけだけど)
 クラスの男どもは、女の子といっしょにいるだけでからかってくる。
「今日もラブラブだね〜。」
なんて言って冷やかす。だから、その女の子ははずかしがって最近俺を避けるようになった。いっしょに帰ろうって誘っても知らん顔で行ってしまうこともある。すっかり嫌われちゃったのかな?
 そんな時、大人なのに照れることもなくいちゃいちゃする父さんと母さんを不思議に思った。
「ねぇ。父さんと母さんってラブラブなんだよね〜?」
クラスの男どもの真似をして冷やかしてみた。すると、
「うふふ。ラブラブって、新ちゃんもそんなこと言うのね。」
と、母さんが臆せず言う。
「…んだよっ。」
 かえってこっちが恥かしくなるじゃねーか。
「息子の前でいちゃいちゃしすぎだってば。」
と付け加え、言いながらカーっと顔が熱くなった。
「えー?新ちゃんの前でチューはダメなのかなぁ?」
 何を言い出すんだ?…そして、
「うーん…。あのね、チューはスキって証拠なのよ。だから温かい目で見守っててね。」
 そう言って俺の頬に母さんはキスしていく。
 …うん。そうだよな。全然おかしなことじゃない。
 チューはスキって証拠、か…。
 俺の頭に気になる女の子の顔が思い浮かぶ。その子の名前は毛利蘭。

 ある日。クラスメートが(……蘭も含む……)俺んちへ遊びに来た。広くて迷路みたいな我が家に大喜びのみんなが思い立った遊びはかくれんぼ。シンプルでガキくさいけど、結構盛りあがる。
 蘭も俺もオニを免れて、一目散に隠れ場所を探してまわる。オニが100を数えるうちに早く隠れなきゃ。
「蘭、こっちこっち。」
 俺は蘭の手を取る。蘭は案外このかくれんぼが苦手ですぐに見つかってしまう。だから、俺が手を貸してやるんだ。
 オニがそろそろ80を数え終えた。
 俺は蘭を自分の部屋に連れて入った。そして、あたりを見回す。どっかいい隠れ場所…、っと。
 そうだ、クローゼット。狭いけどなんとか二人は入れる隙がある。
「ここにしよ。」
 二人で中に入って、その扉を閉め終わる頃、オニが100を数え終えていた。
 クローゼットの中で息を潜めた。
 狭くて、蘭との距離が0。いや、0どころじゃない。心臓のドキドキや、潜めてるはずの息も聞こえる。あまりの緊張に唾を呑み込む。
 オニがこの部屋にやってきた。ドキドキドキ…(さっきのドキドキとは違うドキドキだけど)、見つかるかな?
 しばらくの探索の後、オニは部屋を出ていった。ホッ…。
「やったね。」
 蘭が微笑む。暗闇にようやく目が慣れて、その顔があまりに近くて照れてしまう。視線のやり場に困る。…そして今更ながらこの状況にドキドキ(更に別のドキドキが混ざる)しはじめている。
 そう、俺は今、何かに気づいたんだ。
 蘭は気になる女の子。幼なじみの女の子。いつもいっしょで、隣で笑ってる。それが自然で当たり前で…。
 蘭のこと、今はじめて考えてる。
『……チューはスキって証拠なのよ。……』
 母さんの台詞を思い出す。そして、頬にキスされて、確かに母さんは俺を好きなんだとわかった。それはとてもうれしいことだった。
 蘭…。瞳を覗く。
 蘭、俺な…。

 そっとそっと、まるで風みたいにそのくちびるにキスした。
 スキだって証拠。

 蘭は驚いて、そのまま動かなかった。
「新一…?…今、何か…した?」
 えっ?キスしたのに気づかない…?んなバカな。
「蘭…?なんかヤな感じだった?」
「え?ううん。ヤじゃないよ。でも、今の…なんだったの?」
 ホントにわかんないのかよ。もう一回しようか…?

 と、その時。
 クローゼットの扉がガタンと音をたてて開いた。光が射し込んで眩しい。
「見〜つけた!」

 *****

 あれから何年だ?…え?10年?
 なんで何も進展してねーんだよっ。
 コナンの姿で俺は蘭を見上げる。…遠い。そのくちびるはとっても遠い。
 俺はいつまでかくれんぼしてんだ?
 オニよ、早く探しに来い。

 蘭、ホントは俺、心のどっかでお前に見つけて欲しいと思ってるのかもしれないな。
 「見〜つけた!」って笑顔の蘭が扉を開ける。光が射し込む。
 今は夢だけど、必ず、いつか、きっと。
 そして夢の続きを…。

fin


おにごっこ

 お母さんとお父さんはとても仲が悪い。なんだかいつも喧嘩している。
 わたしも小学1年になって、色んなことがわかってきたつもりだけど、これだけはわからない。
 なんで仲が悪いのに結婚したんだろう?
 それとも、わたしの前で仲良くするのが恥かしいのかな?
 それならちょっとわかるけど。わたしにも気になる男の子がいる。いっしょにいるのは楽しいけれど、周りの男の子たちにからかわれるのが恥ずかしい。ラブラブだとか夫婦だとかって言わないでほしいのに。そんなこと言われるから、ついついいっしょに帰るのも我慢してしまう。
 でもでも。こんなわたし、もう嫌われちゃったかなぁ。
 気になる男の子。幼なじみで強くて優しい、でもちょっと意地悪なその子の名前は、工藤新一。
 どうしてこんなに気になり始めたのか。それは、ちょっと前に新一の家で遊んだときのこと。
 かくれんぼで新一と二人クローゼットの中にいた。暗闇でくっついて、先に新一のドキドキが聞こえたから、わたしもつられてドキドキしてきた。でも見つからないように息を潜めて。
 オニ役の男の子が探しに来て、なんとか見つからずにホッとした。
「やったね。」
 にっこりと微笑んだ。いつもなら偉そうに「俺のおかげだぜ」なんて言って胸を張ったりするはずの新一がなんだかおとなしい。どうしたのかな?
 わたしをじっと見る。
 どうしたの?どうしたの?
 すると不意に新一の顔が近づいて、くちびるが触れた。…わたしのくちびるに。
 それはわかった。まるで風みたいにすーっと通り過ぎていって。
 だけどなんだか夢の中みたいで。一瞬の夢なのかな?なんて思った。
 ふんわりと包みこむ新一の存在が、急に大きくなっていった。
 この気持ちってなんだろう?
 後日。放課後のおにごっこに紛れて新一と走った。
「ねぇ、新一?」
「なに?」
「この前のこと教えてよ。」
「この前のことって…?」
「かくれんぼの…。」
「……」
 顔を真赤にする新一。いつもなら絶対につかまらないはずの新一がオニに捕まった。だから、わたしは仕方なく新一から逃げた。
 いつのまにか新一はオニになって、わたしは捕まらないように逃げる。

 *****

 あれから10年。時々思い出すあのかくれんぼ。
 確かにくちびるに触れた新一のあたたかい気持ち。あれは夢なんかじゃないよね?
 今なら少しわかるのに、一度オニになってしまった新一からわたしはずっと逃げてるのかもしれない。捕まらないように…。
 ホントは捕まえてほしいのに、捕まえててほしいのに、変ね。
 だけど、怖いの。次はわたしがオニになるんだもん。逃げる新一を追わなくちゃならないんだもん。
 あ、そうだ。いい考え。おにごっこの次はまたかくれんぼをすればいい。
 そしたら新一を探そう。一番に探して「見〜つけた!」って捕まえよう。そして、あの日の新一を確かめたいな。
 …なんていつまでも二人小学生じゃあるまいしね、バカね…。
 学校帰りに、ふと目の前にコナンくんを見つけた。後ろからそっと追いかけてその目を両手で塞ぐ。
「だ〜れだ?」
 驚くコナンくんにあの頃の新一を重ね、微笑んだ。
 こんなふうに新一をつかまえられる日が、いつか来るんだろうか、なんて。

fin