「アイツの気持ち アタシの気持ち」 作・ななみん

 

 嘘か真か、あの平次に彼女ができた。こともあろうか、このアタシにアイツは自慢までする。その彼女は、学校でも結構有名な1コ下の美少女だった。そんなコに告白されて、有頂天になってるアイツ…。
「へー、そらよかったな。」
 ショックで身動きひとつできないことを悟られないように、思わずこぼれる涙を見せないように、アタシはがんばった。
「和葉は、いてへんのか?そういう奴。」
 平次のアホ!鈍感!もう知らん!
 悲しみがいらだちとなって、アタシは怒って帰った。


 そして、数日が過ぎて。
 それでも平次は、相変わらずの態度でわたしに接する。まるで、そこらの男友達と話すように。なんだか、それが、半分辛いんだけど、どこかまだ「絆」を信じたくて、うれしい気持ちもあったりするから複雑。
 だけど、彼女の話しはやっぱり辛かった。
「昨日な、枚方パーク行って来たねん。けど、むちゃ混んでてな…そうゆーたら、中学んときは、よう行ったなぁ、新聞屋でタダ券もらうたんびに、オマエと。」
「そやな。」
「あそこ、リニューアルしてから一緒に行ってへんな。」
「アタシ、友達とやったら一回行った。」
「え?そんなんはじめて聞いたで。」
「なんでいちいちアンタに言わなあかんの!」
「…和葉、オマエなに怒ってんねん…。」
「別に怒ってなんかないけど…。」
「もしかして、妬いてんのか?」
 ニヤけて、冗談めかして。ほんまにこいつ、アホや。
「誰が!」
 またアタシは、そこから逃げ出した。ホントの気持ちは仕舞ったままで、いつでもこうして逃げてばかり。だいたい、アタシ、言うてないもんな。…気持ち。そやのに、気づいてって思うばっかりなんも勝手な話しやった。…反省。


 そして、数日後のある夜のこと。
 部屋の窓ガラスに小石が当たるのが気になるなぁと思って、外を見た。平次がそこに立って、こっちを見てる。その思い詰めたような目がなんか気になった。慌てて階段駆け下りて、「どうしたん?」と聞いた。
「あんなぁ、和葉。」
 いつになく深刻な顔をしてる。
「お前、キスってしたことあるか?」
「キ、キスって…なんやの、唐突に。」
「オレ、まだないねん。」
 なんかホッとした。けど、何かわからへんけど、そんな相談持ちかけて来んといてよ…。心がチクチクと痛む。
「そんでな、彼女にちょっと泣かれた。『手もにぎらへんしキスもしてくれへんし、ほんまにあたしのこと好きなん?』って。…ほんで、彼女の方から、その…キスしてって言われたんやけど…でけへんかった。」
「な…なんで?」 
「なんでやろ。わからへん…けど。なぁ、オマエちょっと練習させてくれへんか?」
「れ!練習って…。」
「なんか…オマエにやったら出来そうな気ィする。…あかん?」
 何考えてんの?変な奴や。フツー、そんなこと言う?練習やなんて、それってむっちゃ失礼やん。
 って気持ちでは怒ってるのに、「ええよ。」なんて答えてる自分がいる。言ってから、急にドキドキして、ついでにアイツの心臓の音も聞こえてきて、二人でドキドキした。いつもと違う空気が流れて…。
 ほんの一瞬の、はじめてのキス。だけど、練習やねんな?アタシやなくても誰でもいい、そんな練習のキスなんやな?
 そう考えたらちょっと悲しくなって涙がこぼれた。そんな涙に気づかないアイツは、「お前、可愛いな。」なんて、らしくない台詞を吐いて、アタシの頭を撫でた。アイツのアタシを見る目が、いつもと違う。
 だけど、そのあと「もう一回ええか?」っていかにも「らしい」ことを言うから、ちょっと笑った。
 そして、もう一度キスされてから、今度は抱きしめられた。このキスはなに?この抱きしめる腕の意味はなに?
「和葉、オレのこと好きか?」
 聞きたいのはこっちの方なのに、アイツが先手を取った。
「うん。」
 アタシは、やっと素直に言えた。
「オレも遠回りしてしもたけど、和葉が好きやって今、ようわかったねん。」
 好きって言われてびっくりして、でもうれしくて。
「アタシは、ずーっと、小さい頃から好きやってんで。」
 やっと気持ちが言えて、涙があふれた。
「オレも多分、きっとそうや。小さい時からずーっと一緒で、それが当たり前で、そやけど…。オレ、ほんまアホやなぁ。彼女の話しとか、オマエに思いっきりしてた。オマエの気持ちも考えんと…。」
 いつでも流暢に事件の推理してるはずアイツの言葉がバラバラで。それがアタシへのホントの気持ち?
「ええよ。もう、アタシ、平次の気持ち聞けただけですっごいうれしいもん。」
「オレ、彼女にはちゃんとごめんって謝るし。」
「なぁ、平次…。彼女ってあんたにとって何やったん?」
「うーん、麻疹(はしか)みたいなもんやったんかな…。」
「そんならもう二度とかからへんよね?」
「あったりまえや!」
 なんかうれしい、うれしい、うれしい。

 ただ、ひとつだけ、アタシは憂鬱になるべきことをしでかしていた。それは、進路だ。この数日のうちに、アタシは、東京の大学に進路を変えていた。だって、平次の顔を見るのもこの先辛い気がしたから。自分から離れて行くしか、なんて衝動的に思って。…ああ、平次の志望校は京都。そしてアタシは東京へ。…なんでこうなる?
 でもでも。前向きに行こう。あっちには蘭ちゃんもいる。同じ大学行って楽しく過ごすのもまたきっといい。

 遠距離恋愛。…けどきっと、大丈夫やよね?今までずっと一緒やったし、これからも…。心が離れへんかったら、アタシらきっと大丈夫。
「どうしたん?」
 ボーっとしてたからアイツが不審に思って聞く。
「うん?なんでもない!」
「ははー、オマエそんなにオレに惚れてたんやな。」
 アホな推理してる。ホンマ、こういうことに関してはヘボやな。
 そして、おもむろにまたくちびるを奪われた。
 …ああ、そんなヘボでもないか。そう、アタシはアンタにむっちゃ惚れてるんや。それにしても、最初の練習からこれで3回目のキスやけど、なんか上手くなってへん?これって気のせいかなぁ?
 平次のぬくもり、平次の匂い、平次の熱い息。こんな近くで感じるのははじめてで、このままずっとこうしていたいと思う、そんな夜だった。

fin