哀とプラダとクリスマス

 クリスマスイブ。
 と言っても、何をどうすればいいのか、わたしは知らない。アットホームなパーティーも、恋人と過ごすロマンチックな夜もわたしは知らない。
 そんなわたしを気遣ってか、博士はせっせとクリスマスの支度に忙しい。
 11月の末に大きなモミの木を仕入れてきて、その飾り付けに余念はなかった。鼻歌交じりに楽しげにオーナメントや、モールを飾りつけている。
「さぁさ、哀くんも手伝ってくれ。」
 手渡されたオーナメントを見る。サンタ、トナカイ、キラキラ星。こんな平和な日々を過ごしてる自分が嘘みたい。地下室のこもった空気にも慣れたはずなのに、この空間が安らぐ。ほんの少し、博士の華やいだ気持ちが理解できた。
「哀くんは、アレかな?サンタさんからのプレゼントは何がいいのかな?」
 大真面目に聞く博士にフッと笑った。
「やだ、博士。わたしのこと小学1年生として扱ってくれてるのかしら?」
 だけど、その好意に思わず一言。
「クリスマスのお菓子がいっぱい入ったブーツ、なんていいわね。」
「ほほー。哀くんなら、またプラダのバックとか言い出すんじゃあるまいかと危惧しておったんじゃがなぁ。」
「じゃ、プラダのバック。」
「おいおい…。」
 なんだかそんなやり取りが可笑しくて、久しぶりに声を出して笑った。
 博士は、わたしに同情の目を向けているのかしら?


 イブには、手の込んだ料理を、本を片手にがんばったりしている博士。
「何か手伝うコトない?」
「ちょうどよかった。哀くん、ちょっと駅前のケーキ屋にクリスマスケーキを取りに行ってくれんかのぅ。」
「いいわよ。駅前ね。」
 コートを羽織って、町へ飛び出す。
 町もクリスマスムードでいっぱい。ツリーや、電飾、道ゆく人の顔もなんだかしあわせそうに見える。
 そんな中で、ふと通りの向こうに、見覚えのある彼を見つけた。江戸川コナン。小学生のフリで好きな女性を騙してる、とっても不運な彼は、その彼女に手を引かれ先を急いでいる。どんな状況にしても、「そばにいる」ことは事実。それが余計に辛いのかもしれないけど…メリークリスマス!
 ケーキを受けとって、本屋に少し寄り道した。
 いつもは全く興味のない占いコーナーのページを見ていた。占いなんて信じないけど、それでも目がそれを追っている。
「恋愛…チャンス到来」
 占いなんて信じない。だけど、今日のわたしはいつもと違う。こんな気持ちにさせるのは、クリスマスのせい?

 博士と二人でささやかにクリスマスパーティー。っていっても何をするわけでもなくて、ただ、ちょっと豪華な博士の手料理とクリスマスケーキを並べて、ツリーの電飾を楽しむ。博士の古いレコードをBGMに。
「博士、ひげにベタベタクリームついてるわよ。」
「そういう哀くんこそ、鼻のてっぺんに、ホレ!」
 二人で笑った。
 多分、わたし、はじめてのクリスマス。
 こんなふうに和やかに、心穏やかに過ごせる時間をありがとう、博士。


 そして、夜はふけ、博士は白々しく、
「哀くん、今日は早く寝なさい。」
と声をかけた。やることが見え見えなのよね。
 それでも夢のつづきを楽しみたいわたしは、眠りにつく。
 ホントに今日だけ、今日だけだから、フツーの女のコに戻っても誰も責めないで。いいえ、戻るんじゃない。演じている。わたしはわたし。やはり、変わることなんて出来ないもの。

 イブの夜。阿笠サンタはやってきた。
 そっと哀の眠るベッドの傍らにプレゼントを置く。
 哀は、ガサゴソとサンタの物音に目を覚ましたものの、眠ったフリを続けている。
 サンタのやさしさに、目頭が熱くなる。

 翌朝、開けたプレゼントのなかにはプラダのバック。
 …博士ったら…。
「博士、サンタにお礼するにはどうすればいいの?」
 そんな問いに博士は答える。
「そのプラダのバックのお礼をするんじゃったら、元に戻ったら、それ持って、恋人としあわせなデートでもすることじゃな。それこそがお礼じゃよ。」
 思わず笑った。
「何が可笑しいんじゃ?」
 照れた阿笠が余計に可笑しい。
「それじゃ、博士、元に戻ったらよろしくね。」
 上機嫌にウインクしてみた。
「そ、それはどういう意味なんじゃ?哀くん!!。」
 更に可笑しくなりながら、
「そうね、わたし遊園地にも行ったことなかったのよね。」
 と付け加えた。

 そして、夢の時間は終った。夢の続きはこの薬を完成させてから。
 地下室に向かった。いつものわたしに戻って行く。
 階段を降りながら、それでもふと頭をよぎったことがひとつ。
 「恋愛…チャンス到来」の文字。

 窓のない地下室に行く足を止めて、もう一度階上へ。
 窓の外を見つめ、しばらく時間のかかりそうな自分を思い知って困惑した。
 外にはちらちらと雪も舞い降りて来る。
 そんな中へ思わず飛び出した。駆け出した。向かう先は毛利探偵事務所。
 その窓を見上げ、彼を探す。見えるはずがない。見えるはずが…。
 この窓から「10」数えるうちに、彼がそこから顔を覗かせたら、占いは当たり。そうじゃなかったら占いははずれ。勝手な賭けをした。

 「1」
 わたしは何を望んでるの?
 「2」
 彼の気持ちはわかってる…
 「3」
 わたしはどうしようとしてるの?
 「4」
 彼になんて言うつもり?
 「5」
 「恋愛…チャンス到来」に彼を連想するなんて。
 「6」
 彼に恋?まさか…
 「7」
 じゃ、この賭けはなに?
 「8」
 なに?

 …身を翻した。バカバカしい。わたしらしくないわね。
 頭に雪が積もってきている。ああ、冷たい。そして寒い。
 うちへ帰ろう。
 博士特製のあったかいココアでも注文しよう。

 哀は、知らない。その窓から哀の後姿をコナンが見つけたことなど。
「なにやってんだ?あいつ」
 訝しげにその姿を見送っていると、蘭の声がした。
「コナンくん、あったかいココア入ったよ。」
「はーい!」
 子供のフリで返事するのも慣れた。


 しあわせは、いつでも一番近くにあるもの。
 寒い日のやさしさは、ホットココアと同じ。
 心も体もあたためて…

fin