Heart Beat



<失くした心>

 新一が犯人を追って無茶をして、その右足を骨折した。なんでもビルのニ階から飛び降りたんだそうだ。それでも、そこまでした甲斐があったからか、一瞬躊躇した犯人を取り押さえることが出来たらしい。

 即座に病院に運ばれ、一週間ばかり入院を強いられた。
 わたしは、学校帰りに病院へ足繁く通った。とは言っても、大部屋だったし、さほど重症でもなかったので、世話を焼くほどのことはなくて。更に、周囲の目もあって、言いたいことはお互い言えないままで。
 退院の日を今か今かと待って、そしてようやくその日が来た。

「もう、無茶ばっかり。そんなんじゃ命がいくつあっても足りないんだからね!!」
 わたしは少し頬を膨らませ、怒って見せた。
「はいはいっ…」
 新一は、わたしの心配をよそに、自室のベッドで推理小説を暢気に読みふけっている。
 …ったく。
 新一が病院に運ばれたって聞いた時、わたしがどんなに心配したのか、全然わかってないんだから。新一のバカ!!もう心配なんてしてあげないからね。
「だいたいね、この受験を控えた大事な時期に………」
 わたしは小言を続けた。それでも本を離さない新一に怒り爆発!!
「もう!!ちゃんと話しを聞いてよねっ!!」
 本を取り上げ声を大にして言った。
 すると目を丸くした新一が、
「あ───っ!!」
 と、わたしを指差しすっとんきょうな声を上げた。
「なに?なんなの?」
 わたしは自分の服や腕やあらゆるところを確認した。なんか変なの?
「おいっ、蘭…。ちょっと」
 手招きされて、少し新一に近づく。
「もうちょい」
「え?なんなのよ一体……」
 また少し新一のそばに。
 すると、ふと腕をひったくられ、わたしは素早く引き寄せられた。容易くくちびるを奪われ、強く抱きしめられる。
 …また新一のペースに巻きこまれてる。もう、くやしい。くやしい。
 だけど、こうしていると安心できて、やっぱりうれしい。
 複雑な思いは、どう顔に表れているんだろう。
「おめぇ、今、俺のことすっげー好きだって思ったろ?」
 新一が自信たっぷりにそんなことを言うから、またわたしはくやしくて。
「わたしは…わたしはねぇ!!」
 声を荒げてみたけど、そこから先は。
「新一が………好きだよ…。くやしいけど、…好き。だから、心配もするし怒ったりもするの。…ねぇ。わかってる?わたし、わたし…新一がまたいなくなったりしたら………」
 素直な言葉が飛び出してくる、これはどうして?
 きっと新一の腕の中だから。安心できるから。
 そうして、涙まで零れるから、余計にくやしくて。
 だって、泣き落としなんてイヤだもの。
「泣くなよ…おいっ…」
 新一は困った顔をして、わたしの髪を撫でた。
 ああ、やっぱりこれって泣き落とし?いやだいやだっ!!
 それでもその困った顔を見るとうれしくなってしまう。わたしの心はゆらゆら揺れて、とっても複雑。
 ともかく。この新一の腕から抜け出さなくちゃ。
「放して…」
「やだ」
「な、なに言ってるの?放してってば!!」
「やだ、放さねーっ」
「し……」
 新一のくちびる。容赦なくわたしの口を塞ぐ。
 酷いんだから。ホント、酷い。
 そうやって自分のペースに巻きこんでいくのね。
 でも、どうして?…惹きこまれていく。どうして?



***

 新一とわたしは、もうキスだけの関係じゃなくて。わたしたちは自然一つになって、あたたかさを分かち合うようになった。
 そして繰り返し繰り返し、その関係は深まって。
 わたしだけが知ってる新一がいること、うれしかった。だけど同じように、新一だけが知っているわたし。…とても恥ずかしくて。まだその行為に戸惑ってばかり。新一が求めれば受け入れた。求められてしあわせなことを隠しながら。…だって、どうしていいかわからない。だけど、少しずつわかっていく。「欲しい」のは男の人だけじゃない。好きだから、触れていたい。触れて欲しい。それはとても自然なことだよね?

***

 新一の手が胸に触れる。ボタンをはずしていく。制服のわたしは不自然に胸だけあらわにされる。新一がそこにくちづけて、わたしは声を洩らす。
 だけど、ふと我に返った。気になる新一の右足。まだ安静にしてなくちゃいけないんだよ?こんなことして、どうするの?
 これ以上は新一の力じゃどうにもならないんだよ?どうするの?

 …でも、もう少し。そうね、もう少しだけ夢の中で、新一に触れられていたいから。…目を閉じて。感じて。

「蘭……」
 耳元で囁かれるだけで、身震いするほどに敏感になっている。
 そんなわたしの手をそっと掴む新一。ゆっくりと自分の下半身に這わせて。
 …新一も感じてる。こんなに感じてる。
 わたし、でもどうしていいかわからない。ごめん、どうしていいかわかんないよ…。
 そっと手を引いて、新一から逃げるように背を向けた。
 ブラウスの前を合わせて「ごめん」と言った。

 新一がどんな顔をしているのか確認できない。怒ってる?ため息ついてる?それとも全然平気?……怖くて見られないよ。
「イヤ…だったか?」
「…ううん」
「ずっと…今までも無理してた?」
「そんなこと…」
「俺が求めるから・・だから無理して…?」
「そんなことない…。違うよ…新一…」
 上手く言葉に出来なくて、涙が溢れた。だけど、それを新一に見られるのは嫌だった。
 新一は黙りこんだ。沈黙が怖かった。わたしからなんて言えばいい?…新一、何か言って。
 やはり、その沈黙を破ったのは新一で、随分考えて結論だけを突き付けた。
「しばらく、俺んとこ来なくていいから」
 …耳を疑った。来るなって新一は言った?
 嘘…。嘘だよね?
「新一……どうして…?」
 ようやく新一の瞳を覗いた。怒ってる目じゃなかった。優しい目だった。だけどどこかさびしそうで。
 …わたしが新一を困らせてるんだね。
「ごめんね……。でも、なんかあったら、電話して…」
 そう言うのが精一杯だった。そして背を向けてドアを開けた。
 新一は何も答えずにわたしを見送る。

 さびしい別れ方、しちゃったよ。
 どうして?
 幼なじみだった頃にはこんなことってなかった。
 お互いに気持ちだってわかってるのに、触れ合っていたいってこんなに思ってるのに。
 わたしは戸惑っていた。
 あの頃には、もう戻れないんだね?
 幼かった頃が懐かしい。思いが届かなかった頃が懐かしい。
 心が通じたら、もっとずっと満たされると思っていた。だけど、失ってしまったものもあるんだね。気づかなかった。
 もうこの先、わたしたち心だけじゃ満たされないのかな?
 体を合わせなくちゃ、愛って表現出来ないの?

 …わたし、とっても子供だね。
 だからね、新一。もう少しだけ待ってて。もう少しわたしの心がオトナになるまで。

 新一の家をあとにした。
 秋の風は少しずつ、木の葉を揺らし落としていく。季節が巡るのを感じながら、心が少し寒く感じられた。




<揺れる心>


 新一に会わずに過ごす日々なんて三日と我慢出来ないわたしだった。
 それこそ、あの日家に帰ってすぐにまた引き返そうかと思ったくらいに。
 その夜も新一を思って眠れず、朝起きても、新一に会えないんだと思うと元気なんて出ない。なんとなく生きてる、そんな感じで。
 ああ、わたしってこんなに新一のこと……。
 以前よりずっとずっと好きになってる?

 ご飯、どうしてるんだろう?
 博士がいるから大丈夫なのかな。
 それとも誰かわたし以外に…?まさかね、そんなことはないよね。
 気になってしょうがない。
 もう、限界。
 三日目にして、もう限界。

 足が先に、新一の家に向かっている。
 学校の帰りに、つい急ぎ足になってしまう。
 ちゃんと口実も考えてある。授業のノートを渡すため。試験の範囲を知らせるため。…こんなあれこれ理由を付けようとするなんて、まるで中途半端な幼なじみに戻ったみたい。
 玄関でインターホンを押す。いつもなら勝手に「新一、入るからねっ」なんて声をかけながら入っていっちゃうところだけど。
 だけど、返事はない。
 …考えてみたら、それは当然。二階の自室にいる新一は骨折している。玄関まで軽快に降りてきたらビックリだ。
「新一!!入るわよ!!」
 結局いつものように勝手にお邪魔する。
 シーンと静まりかえった玄関ホール。
 新一も誰もここにはいないんじゃないかと不安にさえなる。
 …やっぱり毎日来ればよかった。…後悔。

 新一の部屋のドアを、そっとノックした。返事はない。
 もう一度…。それでもないから。
「新一?」
 ドアのノブを回す。
 いなくなってたらどうしよう…。
 ドアを開けると、新一の部屋はカーテンが閉めきられて薄暗かった。こもった空気に息苦しくなった。
 そして、そのベッドを見る。
 …いた。新一だ。
「よかった…」
 思わず声に出してしまった。
 新一は寝息を立てて気持ち良さそうに寝ていた。
「なんだ、寝てるのか…」
 ベッドのまわりには、博士が差し入れたらしいコンビニ弁当の空箱や空き缶が散乱していた。読みかけの推理小説は、開いたまま新一の顔の下にあった。
「顔に本の型がついちゃうじゃない」
 くすっと笑って、そっとその本を抜き取った。
 新一はよく寝ている。きっと、夜昼逆になっちゃってるのかもしれない。
「あどけない顔しちゃって」
 新一を見ながら、思いを巡らせる。
 その無防備な寝顔に、少し前まで一緒にいたコナンくんを思い出していた。
「コナンくん……」
 しばらく……ううん、ずっと呼んでなかった名前を口にしてみた。守ってもらっていた日々を思い起こして胸が熱くなった。
 コナンくんは新一だったけど、だけど、やっぱり新一じゃない。
 どこかが何かが違うの。
「コナンくん…。もう、新一の中にコナンくんはいなくなったの?」
 そんなこと、聞くまでもないことなのに。寝顔の中には、まだコナンくんが潜んでる気がした。
 今、愛しさはコナンくんへ……。そっと頬を近づける。その頬に自分の頬を合わせて。
「あなたの視線にいつも抱きしめられてた。何も言わなくてもコナンくんの気持ちならわかってた気がするなぁ…」
 だけど、新一なのね?あの視線も思いも全て新一のものだったのね?
 今、目を覚ますと、あの頃のコナンくんの視線ではなくなってること知ってる。熱い視線はわたしを求めるの。
 それはわたしも望んだこと。嫌なわけじゃないのよ?

 新一が好きなの。
 その気持ちは全然変わってない。ずっと好きだった。そして深く愛しはじめた。
 愛を伝える方法は、これしかないのかな?
 どうして新一は求めるの?どうしてわたしは求めるの?

 じっとその長い睫を見ていた。
 整った呼吸を感じていた。ほんの近くで。
 ここでこうして見ているだけでも、そばにいるだけでわたしはしあわせなんだよ?
「新一……」
 つぶやきは新一へ届いた。
 見つめていた新一のその瞳が突然開いて。わたしはハッとした。
「起こした?…ごめん」
「いや、ちょっと前から気づいてた」
「知ってて寝たふりしてたのね、やだぁ」
「…んなこと言ったって、おめぇはコナンを呼んでるしさ。返事できるわけねーだろ?」
「ああ…」
 そういえば新一って呼んでなかったんだ。
「蘭……?」
「なに?」
 言葉を詰まらせながら。
「コナンが……恋しいのか?」
 新一が聞く。
「恋しい…って…。コナンくんは新一でしょ?」
「けど、、、」
 けど。…そうね、わたしは別々に感じているのかもしれないな。
「コナンを呼んだだろ?」
「うん…。つい懐かしくて。…だって、コナンくんはわたしにとって」
「なに?蘭にとって、コナンは…」
 詰め寄る新一の目が真剣だったから、わたしは思ってもいない答えを言ってしまっていた。
「お…弟みたいなもので」
 ──なんて。全然違うのに。
「弟?」
 それを聞いて、少し安心したふうな新一に、はじめて気づいたその嫉妬心。
 そっか、コナンくんに妬いてるんだ…。でも変なの。コナンくんは新一なのに。

「なんか久し振りだな」
 新一は、ようやくにこりと笑った。ホッとしたような笑顔に、わたしもなんとなく心が和んだ。だけど、すぐに思い出した。「来るな」って言われたのはまだ三日前だったってこと。
「あ……ごめん…」
「え?なに?」
「来るなって言われたのに来ちゃった」
「そ…それはだな…」
「それは?」
「俺、自分の頭冷やそうと思っただけで、それでしばらく会わない方がいいかってつい、あんなふうに……悪かったよ。あんな言い方して」
 頭を掻く新一。…なんだか可愛くて。
「それで、頭は冷えた?」
「…全然」
 新一は笑う。
「思いは募るって、コナンの時に散々学んだはずだったんだけどな。すっかり忘れてた」
「思いは募る・・・か」
 わたしも同じ気持ちだった。
「で、新一の思いは、どのくらい募ったの?」
「気持ちはな、コナンの時と何も変わっちゃいねーんだぜ?ずっと、蘭を抱きしめたいって、そう思ってた」
 今更コナンだった頃の気持ちを聞かされてドキドキしていた。あの熱い眼差しの中に、確かに新一はいたんだ。
「なに真赤になってんだよっ。こっちが照れるだろっ?」
 新一まで赤くなってる。…あ、この表情、コナンくんの時に何度も見た。
 どうにもいつもと空気が違う。調子が狂って、困った。
 わたしは背中を向けて、その辺に散乱したゴミや洗濯物の選別をはじめた。ほとんど無意識に。
「蘭…?」
 調子が狂ってるのはわたしだけじゃないみたいで、新一も戸惑っている。
「やだなぁ、もう。わたしがいないと全然駄目なんだから…。この部屋なんて換気の一つもしてないんでしょ?窓くらい開けなさいよね?」
 わたしが窓辺に向かおうと立ちあがると、それより早くに新一が立ちあがって、片足で器用に窓辺に向かっていた。
「…え?新一、大丈夫なの?」
 目を丸くしていると。
「右足以外はぴんぴんしてるぜ?」
 自慢げに微笑んで見せる。だけどカーテンを開けていると、不意にバランスを崩したようで、転びそうになるのを間一髪でわたしが受け止めた。
「わりーわりー」
「…もう、無理しないでよね」
「無理なんてしてないって。ホント平気」
 そう言って、わたしから離れて。
 本当はわたし、すごくドキドキしていた。三日会ってないだけなのに、触れるだけでドキドキ。はじめて恋を認識した中学生の頃みたいに──。
  
 新一はカーテンを全開にしてから窓を開けた。陽射しが部屋に入ってきて心地よい。でも風は少し冷たくて。秋の終わりの風は、枯葉まで運んで来た。
「ちょっと寒いよね?」
 と新一を見ると、伸びをしながら大きく空気を吸いこんでいた。
「気持ちいいな?」
「うん」
 わたしも同じように空気を吸いこむ。
 同じ風をそばで感じて。季節が巡るのを一緒に過ごせるのを…こういうのをきっと「しあわせ」って呼ぶんだろうと、漠然とわたしは思った。
「蘭…」
 そして、新一がわたしの名前を呼ぶ。たったそれだけなのに愛しさが溢れてくる。新一は、少し戸惑った少年のような瞳でわたしを見る。わたしは、その瞳の奥にコナンくんを見てしまう。

 コナンくんが弟みたいなわけ、ないじゃない?そんな熱い目でわたしを見るのよ?弟なんて感じるはずないでしょ?
 わたしはね、コナンくんも愛してるんだよ。
 ……でも、これは内緒にしておくね。

 新一がわたしに手を伸ばそうとする前に、わたしが新一を引き寄せた。
 目を閉じて、そのくちびるを奪ったのはわたし。
 
 窓の外の空は夕陽で真赤に染まっている。そして、わたしの頬も新一の頬も赤く染まって。たった一枚舞いこんだ葉っぱの色は、少し早めの赤色で。
 わたしがいつもと違うのはその赤のせい。
 誘われたのは、その赤に。
 いつでも言い訳を用意している、わたしは卑怯者だね?
 
 わたしがあなたを抱きしめる。
 その赤色がわたしを変える……。



<心のままに>

「蘭……?」
 新一もいつもと違うわたしを感じたのかもしれない。
 問いかけるような瞳に答えるように、わたしは再び新一のくちびるを塞いだ。わたしのくちびるは多少震えていた。弱々しいくちづけに、新一は強引なくちづけを返しては来なかった。
 くちびるを離して、その瞳を見つめた。目が合うと新一は、にこりと微笑んで見せて。そんな態度がいつもと違う。強引じゃないのね?今日は。
「…らしくないじゃない?」
 憎まれ口を叩くと。
「そう?」
 と悪戯っぽく笑った。
「変な奴だと思ってるんでしょ?」
「へ?なんで?」
「だって、わたしから……なんて」
「蘭にくちびる奪われるの、なんかドキドキしたぜ?」
「…もう」
 くやしいなぁ。なんか新一の手のひらで躍らされてるみたいで。
「で、続きは?」
「バカ!!」
 …ああ、またやっちゃった。別に怒ってなんてないけど、ついソッポ向いちゃうわたしの悪い癖。
 でね、その先が見えてるんだ。新一がそんなわたしの機嫌を直そうとして、抱きしめ、もしくはキス。…それから、もう新一のペースで…。


 そんなの駄目よ。駄目、駄目。
 …新一になんて負けるもんですか!!
 わたしのこの奇妙な闘志は、なにを求めているのだろう。


「おい、蘭っ…」
 案の定、新一はわたしの肩をグイと引き寄せて来た。
 …だけど、新一の思い通りにはならないからね?
 強引にキスする気?それとも、この場で押し倒す?…そうはいかないんだから。
 振り返って挑戦的な目を向けた。
 すると…。
「肩貸してくれよ…。ベッドまで」
 穏やかな新一の表情に、肩透かしを食らったようで。
「えっ?……う、うん」
 なんだ…。今日は強引じゃないんだ。
 ……あれ?
 わたし、なんか期待してた?
 おっかしいなぁ。こんなはずないのに。
 求められないと、それはそれで不安になってくる。
 ねぇ、どうしちゃったの?新一。
 さっきは、「思いは募る」って「抱きしめたい」って言ってたのに。どうして?…どうして抱きしめてくれないの?どうしていつもみたいに…。

 変なわたし。
 矛盾してるよね。…わかってる。
 そばにいるだけでしあわせ…そう思ってたのは、ホントなんだよ?
 なのに今はこんな気持ちで。

 肩を貸して、ベッドまで新一と歩いた。
 ほんの短い距離。
「ねぇ、新一…。今日は……なんかいつもと違うね?」
 新一は、ベッドに仰向けに寝転がった。天井を見つめて言う。
「だって、まだ三日前のことだぜ?おめぇが俺から逃げたのって」

 逃げた…?
 そうかもしれない。あれってわたしが逃げ出したんだよね?
 だって、どうしていいかわからなかったんだもん。
 わたしから、どうしたらいいって言うの?

 こんなんじゃ、同じことの繰り返しだね。
 そんなの嫌だから。一緒にいたいから。
 わたし、新一に抱きしめられたい。そして、抱きしめたい。
 だから、どうしたらいいか教えてくれる?

「新一…、無理、してる?」
 わたしは新一の視界の真中を占拠する。
 目の前のわたしに戸惑う新一は、わたしと一緒。新一だって、まだ心まで大人じゃない。戸惑ってるのを隠して、大人の振りして、わたしを安心させようとしてた?
「…無理、してる。ホントは……」
「ホントは?」
「押し倒したい。キスしたい。無茶苦茶……抱きたいっ」
「素直だね、新一は…」
 そんなとこ、大好きだよ。
「うれしい…」
 わたしは、言葉で伝えきれないからキスをした。
 こんなに好きなんだって、熱烈に。
 新一からの答えもまた、キスに返ってくる。
 …届いてくる。心に響いてくる。新一の気持ち。

「蘭っ…」
 新一の手が背中に回る。ようやく捕まえてくれた。…うれしい。
 わたしは新一に覆い被さるようにして、新一を抱きしめた。
「あ……」
 そして、わたしは気づいた。新一がキスだけで感じていること。
 息づく新一の下半身。わたしは、そこへ手を這わせて、パジャマの上から恐る恐る触れてみた。
「どうしたら、いい…?」
 そう、わからないなら、聞けばいいんだよね?

 新一の手がわたしを導く。震える手は、導かれるままに、新一の願いを聞いていく。
 新一のもう一方の手は、わたしの胸を探る。いつのまにブラウスのボタンは全てはずされていた。
 首筋にくちづけられ、そのくちづけは胸の先端へと向かっているを知った。
 新一への愛撫を続けながら、いつになく声を上げてしまう自分に驚いた。新一が感じてると、わたしも感じる。
 わたしの指先が濡れていく。すでに溢れ出している。こんなに感じてるんだね?
 わたしは新一の洩れる声も聞いてみたい。…どうすれば、もっとよくなる?
 ねぇ、新一、どうして欲しい?
 
 新一は、何も教えてはくれなかったのに、わたしは動いた。
 声が聞きたい。あなたの声が。
 新一の下半身にくちびるを寄せる。軽くキスしたあと、新一の表情を垣間見た。すごく困ったような表情。
『蘭、いいのか?そんなこと…?』
 その目がそう言ってる。
 だって……。新一はそうして欲しいんでしょ?
 わたしはゆっくりと、新一の固く逞しくなったものを頬張った。
 …新一が「いい」んなら、わたしも、…「いい」んだよ?
 感じて欲しいの、わたしの気持ちを。
 声を聞かせて、答えて欲しいの。
 新一は、耐えかねて声を洩らして、わたしは「いい?」って微笑む。
 答えの変わりに、髪を撫でてくれる新一を、わたしは更に逃さなかった。
 もっと、もっとよ?
「イキそうだ…」
 そう言った後、新一は息を殺した。ほとばしる液体がわたしのなかに入って来る。


「もう、わたしのことはいらない?」
 意地悪な質問をして微笑んだ。
「…いる!!……当然だろ?」
 子供のように叫ぶ新一に聞く。
「ね?足がそんななのに、どうするの?」
 自ずと答えなどわかっている。それでも聞いてみるわたしに、新一は素直に答えるから、わたしはおかしくてたまらなかった。
「乗って。蘭が、…俺に…な?」
「我侭ね」
 笑って答えると。
「んじゃ、俺が乗りたくなるようにしてやるぜ?」

 新一は、先ほどの仕返しとばかりに、わたしを攻める。
 多分、待ってたのは、わたしのカラダ。
 潤いは、新一を求めていた。それを確かめて、新一は満足そうに囁いた。
「ホラな、おめぇ、ずっと待ってたんだろ?」
 いじめて喜んでるつもりの新一が可愛いと思える。
 バカね、わたしだって新一が欲しいんだよ?一緒に気持ちよくなりたいんだよ?
「おめぇも入れたいんだろ?乗りたくなってきただろ?」
 待ちきれないのは、どっち?
 でも、今日はわたしが新一をいじめちゃおうかな。
「…意地張っちゃって…。新一が入れたいんでしょ?」
 にこりとそう言うと、新一は突然闘志を燃やし始めた。
「よし!!…まだなんだな?蘭…」
「えっ?」
 意外な答えにわたしは目を丸くした。
 どうするつもり?

 新一は、できるはずがないとタカをくくっていた「わたしを押し倒す」ということをやってのけた。突然両手首を掴まれ、上から見下ろされて、わたしはドキリとした。裸のわたし、全身をくまなく見つめられると、それだけで感じてしまう。真直ぐな視線が少し怖い。
 もう主導権はわたしにはなくなった。
 新一の思い通りにはならないんだからねと、そう思ってたのに。  
 
 恥ずかしさに顔を背けると、新一がくちびるを奪う。逃さないとばかりに舌で攻める。唾液が絡み合って気が遠くなった。
 両手でわたしの手首を掴んでいるから、新一はそのくちびるだけで、わたしを刺激する。首筋から、次第に胸へ。胸の先端…わたしのその敏感な部分は、すでに固く突出して、新一からのくちづけを待ち受けていた。新一は焦らしながら、わたしをもてあそぶ。舌先でほんの少し触れられただけで、体がビクリと反応を示した。一緒に声も洩れて、新一はそんなわたしを見て楽しんでいる。
「ここ、イイんだ?」
 そんなこと聞かれたって、答えられないよ…。
「感じてるんだ?」
 いじめるんだ。
「あんまり声出したら、外に聞こえるからな?」
 ふと窓を見る。…そうだ!!窓は全開だった。
 もう暮れかかった空は、すでに赤色を失っていた。風も止まって、外はとても静かだった。せめてもの救いは電気がついていなかったこと。
「窓、閉めてくる…ね?」
 冷静に答えても無駄だった。新一は、もう止まらない。
「駄目だぜ?もう逃がさないからな?…待ってたんだろ?蘭…」
 そう言って、次に新一のくちびるが捉えようとしたのは……。
「し……新一、や…」
 わたしは、逃げ出したくて身をよじった。新一は容赦なく、わたしの太股をしっかりと掴み、しばらくしてその舌先が、その部分に触れた。
 わたしは飛びあがって、まだもがいた。
「やだぁ……」
「やだじゃなくて、イイんだろ?」
 新一の舌先は、そこを舐め、侵入し、攻めつづけた。
 わたしは、声を殺しながら、それに答え、喘いで、受け入れていた。
 自分じゃない自分が声を上げてる。この声はわたしのものじゃない。この体もわたしのものじゃないみたい。
 熱くなっていくわたしの体に、新一も気づいてる。
「イク?」って聞かれて、そのままわたしは、今まで感じたことのないような大きな波に飲まれていった。


 今の………なに?
 触れられて、感じて、「イイ」のとは全然違う。こんなのはじめて。
「イッタ?」
「…?」
 わかんない。
「ヨカッタ?」
「これがイクってことなの?」
「へ?」
 新一も不可解なふうで、だけど、少し納得もしたようだった。
「女の体って不思議だよな?」
「…な、なにが?」
「なんか進化しつづけてるってーかさ…、成長していってるってーか」
 …は、恥ずかしい。
 思わず布団を引っ張って頭から被った。
「おい、らーんっ」
 新一が呼んでる。
 わたしの体は、まだ新一を求めてる。先ほどの余韻は、体の内側からよみがえってくるみたいで。
 布団を剥ぎ取った新一は無邪気に笑いながら。
「蘭、まだまだこれからだぜ。なーに逃げてんだよっ」
 わたしはその笑顔に、幼い頃のかくれんぼを思い出していた。新一が鬼で、わたしが隠れて。見つけられたのに、なんだかホッとしてうれしかったこと、思い出した。
 わたしは逃げない。逃げるわけないでしょ?…だって捕まえられたいんだもの。そして捕まえていたいんだもの。 
「新一っ」
 うれしくて愛しくて、わたしは笑顔を返した。新一の首に手を回して抱きしめてキス。
「蘭…」
 新一も、じゃれるようにキスの嵐をわたしに降らせて。負けずにわたしも新一を攻めた。
 おどけながら、新一をベッドに倒す。抱きしめて、新一の息づくものを確かめる。少しドキドキしながら、そっと手で支えて。
「…大丈夫かな?」
 新一の耳元で囁く。新一の指がわたしの濡れた部分を捉え、確かめ、合図のように激しくくちびるを合わせて来た。

 新一…じゃあ、行くよ?

 そっとそっと新一が入って来る。新一の熱いものが溢れるみたいに、わたしの体を突き上げて。
 ううん、…それは、そう感じただけで、本当はわたしがそうした。
 体を揺らしているのはわたし。包みこんで離さないって、そんな気持ちを込めて。
 わたしは喘ぐ。新一も声を洩らす。二人で熱くなる。二人で感じる。
 新一の上で、わたし………やっぱりまだ恥ずかしいよ。
 こんなわたし、見ないで。
 いやらしい顔してるでしょ?
 すごく恥ずかしいの。


 また波が押し寄せる。
 耐え切れないのはわたしだけじゃなくて、新一の苦しげな表情に聞いてみる。
「イク?」
 新一は、そう聞かれたのがよっぽど悔しかったのか、ニヤリと笑って。
「まだだぜ?」
 そう言うと、起き上がって座った姿勢で腰を揺さぶった。
「蘭を先にイカせてやるからな?」
 …新一、それってなんだか子供みたいだよ?粋がっちゃって…。
 だけど、足、大丈夫なの?無理しちゃ、駄目だよ?
 そんなわたしの心配をよそに、新一は激しくわたしを突き上げて。
 新一の思惑にハマっていく。少しずつのぼりつめていく。
「新一ぃ……」
 呼ぶ声が甘い間延びした声で、自分の耳を疑った。
 波はわたしをどこかへ運んでいく……。
 わたしは新一の胸に顔を埋めて、抱きしめられて満たされていた。
 
 目を開けて、最初に飛び込んできた新一の顔は、とても満足そうで、わたしはまた恥ずかしさに目を逸らす。
「ヨカッタ?」
 自信満々なそういうトコが鼻につくのよね。…でも、ホントはそれも照れ隠しだって、今日のわたしには見破れた。
「ヨカッタよ…すご──くねっ」
 その耳元で囁いてから抱きしめてみた。
「ら、蘭っ…」
 新一は言葉を詰まらせながら、困ったように言った。
「…おめぇには…敵わねーよっ」
「うん?」
 どう言う意味?
「おめぇのこと、すんげー好きだっ!!」
 な、何を突然…?
「愛してるっ!!!」
 とんでもなく強く抱きしめられて、息も出来ないくらいに。
 ああ、伝わってくる。……新一の気持ち。
 うれしくて涙が出そうだよ………。
 

 幼なじみのわたしたちが、いつのまにかこうして大人になって、色んなことを知っていく。迷ったり、悩んだり、途方に暮れたり。時に後戻りしたり。
 まだまだ未熟でガキで、な〜んにもわかってない二人かもしれないけれど、それでも二人でいれば…、ううん、二人でいることが「しあわせ」だと知った。

 新一…わたしは、あなたに出会うために生まれてきたんだと思う。
 新一のこと、信じてるからね。
 …出来るなら、五年後、十年後、ずっとずっとその先も同じ気持ちでありますように。
 わたしのこと捕まえててね。そしてギュッてしてね。わたしも負けないくらいにギュッてするから。
 抱きしめられて、抱きしめて、…それで全てが伝わってくるから。

fin


*さて、その時新一は!?待て次号!!(←嘘ぴょん)