雪の朝 
遠野りえ


 それでも、まだ疑っている。
 「信頼していない」とかそういうことじゃなく、ただ女の勘が、疑いと言うよりも、もっとずっと確かな答えを手にしていたとも言える。
 だから、確かめたくて…。

 

 寒い朝だった。ふと外を見ると、うっすら雪が積もっている。更に、雪は降り続いている。
 いつまでたっても、コナンくんが起き出してくる気配がなかったので、様子を見に行ってみた。
「コナンくん、朝だよ。おはよ。」
 微笑んで、被っている布団を剥ぎ取る。
 すると、真赤な顔で息も荒く、体を震わせているコナンくんが現れた。様子がおかしい。
「どうしたの?」
 布団を体にもう一度掛けて、おでこに手をあてる。
 …すごい熱。
「大変!!」
 救急箱から体温計を取り出して、ちゃんと熱を測ると、40度近い。
「コ、コナンくん、病院…いかなきゃ、ど、どうしよう…。」
 こんなときに限ってお父さんはいない。泊りで、人探しの仕事らしい。
 うろたえていると、コナンくんがわたしの手を探って、それをつかんだ。
「蘭…ねえちゃん、ボク、大丈夫、だから…。」
 辛そうなのに笑顔まで作ろうとしている姿が健気で。
「でも、病院…。そうだ、救急車…。」
「ホント、大丈夫…。ここに…いて。」
「大丈夫って、こんな震えて…、寒い?」
「うん…ごめん、毛布か布団、もっと欲しいんだけど…いい?」
「こんなときに、なに気を使ってるのよ。ちょっと待ってね。」
 自分の部屋から毛布を取りだし、コナンくんを丸めるようにして毛布で包みこむ。

(…あ、蘭の匂いだ…いい匂い。蘭に抱かれてるみたいで、いい気持ちだ。
 もう少し、甘えていいかな。頭がボーっとして…。頭まわんない…。)

 コナンくんの顔が安らいでいく気がした。
「まだ寒い?」
「うん、寒い…。蘭ねえちゃん、もっとあったかくして。ねぇ、こっち来て…。」
「え?」
 いきなりコナンくんに手を引かれてバランスを崩す。
「あっためて…。」
 突然そんなふうに言われて戸惑う。
 だけど、少しためらいながらも、制服のまま、布団の中へ入りコナンくんを抱きしめようとした。
 すると、ごそごそとコナンくんの手先が動き出す。
「なに?コナンくん。」
 制服のボタンをはずしていくその行為に驚く。
「だって、服、ぐちゃぐちゃになっちゃうよ。」
「…わかったから。」
 熱があるくせに、そんなことを気にするコナンくんが可笑しい。
 わたしは自ら服を脱ぐ。下着姿になってあらためてコナンくんを抱いた。
 恥ずかしさよりも、きっとわたしがコナンくんを抱きしめていたかったのかもしれない。
「…こんな汗かいてる。」
 急いでそのパジャマを脱がせる。下着を一枚残してすべて脱がせると、また包みこむように抱く。
 7歳の子どもの肌は滑らかで、手で背中をさすると、伝わる指が快感を感じていた。
 コナンくんのお腹部分に手を滑らせたとき、あの時の銃創を確認した。指で傷跡をたどる。それは、とても痛々しくて。…なぜか涙があふれる。

 コナンくんは、その涙にキスしてくれた。とてもやさしいキス。
 …あなた、ホントに子どもなの?ホントのホントは…。
「どうしたの?」
「・・・え?うん、なんでもない。傷、もう痛まない?」
「時々、痛い気がする…。」
「やっぱり寒い日は痛むのかな?」
 コナンくんのその傷にそっとくちづける。涙にキスされたせいか、そんな行為も不自然な気がしなかった。

(傷が妬ましい…。)

 そして、また静かにコナンくんを暖める。
「ね、蘭ねえちゃん…、これ痛い。…取っていい?」
 ブラジャーを指してそう言う。
「うん…。」
 らしくない、と思いつつも素直に頷いて。
「コナンくん、はずせる?」
「わかんない…。」
 その小さな手を取って、背中のホックまで導く。

 …小さな手。幼い手。新一の手とは、違う。それが悲しいけど。
 でも、きっと、ホントは…。
 わたしは疑ってるんじゃない。確信してる。

 その小さな手がたどたどしくも、ブラジャーのホックをはずす。胸があらわになって、少し恥ずかしい。
「これでいい?」
 そう言ってコナンくんを引き寄せてみたけど、今度はなぜか身を引く。

(オレ、小学生のこんな体で、なにしようとしてる?
 …蘭の匂いが漂う。熱で朦朧としてるはずなのに…子どもの体でも蘭を求めてる?)

「どうしたの?」
 戸惑うコナンくんに、シャイなあいつを見た。
 躊躇している少年のくちびるにキスし、抱き寄せる。
 文字通り肌と肌とを合わせながら、わたしは新一のぬくもりを感じ取っていた。

(蘭…どういうつもりだ?これはオレじゃなく、コナンなんだ、これはコナン…。オレが嫉妬すべき相手は、コナンなのか?)

 キスのあと、まっすぐに少年を見つめた。いや、その瞳の新一を。
 新一、わかる?わたしが今見つめているのは、コナンくんじゃなくて、新一なのよ。
 気づいて。気づいて…。

「新一…、ここに戻って。わたしに触れて…。」
「蘭…。」

(そう呼んでもいいよな、今なら。熱にうなされているだけだ。夢見てるだけだ。今は夢の中にいるんだ。)

 その小さな手が、今、わたしの胸に触れる。そして、そこに顔をうずめ、やさしくくちづけて。
 わたしは、とてもいい気持ちになる。感じるってこういうこと?
 少年の指やくちびるに身を任せながら、夢心地に声を漏らす。

(綺麗な胸、滑らかで、柔かで、いい匂いがする。…だけど、オレにこれ以上何ができる?
悔しくて、切なくて、もどかしくて、だから、辛い。もっと蘭を感じたいのに…。)

「いいの、何もできなくても。触れてるだけで、それでいい。新一を感じることができただけで…うれしい。」

(気づいてるんだな、蘭…。ごめんな、蘭。だけど、もうちょっとコナンを演じさせてくれ。…これは、夢、なんだ。)

 そして、少年からの熱いキスを受けた。目を閉じて、新一を感じる。
 そのぬくもり、やさしさ、愛情…ほんのひとときでもしあわせを感じる。

「新一…なのね?」
 答えられない質問に、時間がストップした。
「…わかった…答えなくてもいいから。今日はコナンくんを抱きしめさせてね。」

 

 蘭の体はコナンの熱を吸い取る。少しずつ、少しずつ…。
 コナンは静かに眠りにつく。深い深い眠りに。
 長い夢を見たあとに、コナンは、やはり「蘭ねえちゃん、さっきはありがとう。」といつも通りコナンを演じつづけることを宣言した。

 

 時を経て。

 雪の朝、慌てて飛び起きる。
「いけない、朝だ。無断外泊しちゃった。どうしよう。お父さん、怒ってるだろうな…。」
 ベッドで隣にいる新一は、まだ寝息を立てている。暢気なものだ。
「それにしても、寒い…。外は雪か…。」
 蘭は眠る新一の手を取る。大きな手。しっかりとわたしを包みこむ手。
 そして、今一度、その腹部に指を滑らせる。その傷跡をたどりながら、愛しさが込み上げてくる。その頬にキスして、そっと抱きしめる。
 気配に気づいたのか、それとも無意識のうちにか、新一が足を絡めてくる。
 …あたたかい。
 その顔を覗きこむと、まだ寝息を立てている。
 ふと思い出した、あの日の質問をもう一度。
「新一…なのね?」
 耳元で囁く。すると、新一の手が力強くわたしを抱きしめてくれる。
「蘭、アイシテル…。ずっと、アイシテル…。」
 あの日、止まった時間が、今、動き出した気がした。
 言えなかった言葉、聞けなかった言葉。今ならこうして伝え合える。
「新一、わたしも…。ずっと、だよ。」
 流れる涙にキスする新一。

 バイバイ、コナンくん。でも、きっとわたしは忘れないよ…。

 そこに、あなたがいるだけで、しあわせな気持ちになれる。
 だから、ずっとそばにいて。こうして抱きしめていて。
 外は降り積む雪だから、もう少し、このままで…。

 

 …fin