指の想い 宮幡尚美
視線を天井に向け、私はその後の余韻を満ち足りた気持ちで反芻していた。
ふいに、女が私の手を取って自分の顔の前にかざす。
「なに?」
いぶかしんで尋ねる私に、女が答える。
「アナタが忘れても、指がワタシを覚えているように・・・」
そういうと私の指先のひとつひとつに形のよい唇を当て接吻していった。
まるで神聖な刻印を押すようにゆっくりと丹念に。
その後、暫くして女は私の生活の中から姿を消した。
予定されていたような、突然の別れだった。
記憶の中の女のイメージはだんだんと薄らいでゆく。
それからも私は、何人かの女たちと肌を合わせた。
ある者は恥じらいをもって、ある者は冷淡に、そして中には情熱的に私の指に反
応していった。
しかし、私の指がその度に言うのだ、これではないと、これではお前は満ち足り
る事が出来ないと。
そう、あの刻印は確かに私の指に深く刻まれ、もう消えることがないのだ。
もう、あの女の顔の輪郭さえはっきりと思い出せないと言うのに、私の指は覚え
ているのだ。
その全てを、すべらかな肌、丸い肩、絹の感触の髪、乾いた唇、そして温かな内
側を。
漆黒の闇の中でも、この指はほんのわずか触れさえすれば、あの女を見分ける事
ができるだろう。
私はその刻印に縛られている、あれは呪縛だ。
そうして私は指が覚えているあの女を捜して、また視線を虚空に彷徨わせる。
私の指先に接吻した私の永遠の女。