月明かりの中で 宮幡尚美
指先にはじける水の感覚を心地よく思いながら、蘭は工藤家のキッチンに立って夕食の支度をしていた。
今日は 久しぶりに新一のために食事を作りに来たのだ。
いつもなら支度が出来ると、すぐに父、小五郎の待つ自宅に帰っていくのだが、今日は小五郎は泊りで仕事に
行って明日の遅くにならないと戻ってこない。
東都タワーで、口づけを交わしたことで、新一の気持ちをはっきり知ることが出来た気がして、蘭はこのところ
華やいだ気分がしている。
「蘭、一緒に飯は食っていくんだろ?」
新一が後ろから声をかける。
「うん、そ、そのつもりで来てはいるけど・・・」
「OK、じゃ あれを出そう」
そういうと新一は隣のダイニングルームへと消えていった。
工藤家にはオランダ製のがっしりとしたダイニングセットを置いたダイニングルームがあるのだが、今は新一が
ひとりなのでもっぱら食事はキッチンにおいてあるこじんまりとしたテーブルで取ることにしている。
テーブルの上には 蘭の作ったチキンのハーブ焼きやコーンスープ、ポテトサラダにアスパラのベーコン巻きなどが
並べられた。
「おっ うまそうだなぁ」
言いながら新一はテーブルの上に平たく丸い緑色のビンを置いた。
「これは? なに?」
「ワインさ、この前おやじが来た時に置いてったんだ。ドイツ、フランケン地方産の白ワインだ。フルーティで中々
うまいんだぜ。」
「ワイン いいの? そんなの飲んで?」
「大丈夫「 健康のために水ばかり飲まないで少しばかりのワインを飲め」って、聖書のなかで聖パウロも言ってい
る。それに おやじだっておれに飲ませるために置いてったんだしさ!」
コルクの栓を抜くと、グラスをプラチナ色の液体で満たす。
「さあ、何のために乾杯しようか?」
新一の切れ長の大きな目に正面から見つめられて、いつになく蘭は落ち着かない気分になる。
それに新一がいつもよりずっと大人に見えるのも不思議だ・・・・。
「蘭の瞳に乾杯!」
新一はグラスを目の高さまであげるとウィンクして蘭のグラスに軽く自分のグラスを当てる。
キンッとグラスの触れ合う音。
「馬鹿、なに言ってんのよ。」
蘭は、はにかんで微笑みながらグラスを口にもって行く、淡いぶどうの香りが広がり軽やかに喉を滑り落ちて
行った。
食事もなかなかの出来で美味しい、いつものように推理小説のことホームズのことを際限なく話しながら新一も
十分に楽しんでいる。
蘭は自分が新一と向かい合って、彼が満足そうにしている様子を見てとても嬉しいと思う。
ワインのビンも半分ほど空になり、蘭はほんのりと思いが宙をさまよっている気分になっていた。
動くのがおっくうだが、使った皿を何枚かシンクに運んで洗い始める。
「蘭・・・・」
「なあに、新一、手伝ってくれるの?」
「・・・今晩 どうしても帰らなきゃいけないのか?」
蘭の肩に手を廻して新一が尋ねる。
「えっ・・・?」
手に持っていた皿が指から滑りおちそうになる。
「そんなこと・・・」
言いながら振り向く蘭の唇を、新一は後ろから蓋い顔をおとがいが上向くように引き寄せる。
皿が蘭の手からシンクに落ち硬い音を立てる。
そのまま 新一は蘭の向きを変え、腰を強く引き寄せて舌を蘭の舌に絡めてくる。
東都タワーでのキスなどこれに比べれば子供のお遊びだろう。
気持ちが何処かに飛んでいきそうだと蘭は思う、新一にこんなキスが出来るなんて。
「今夜、一緒にいられるだろう?」
顔をようやく離すと新一は蘭の耳に囁くようにつぶやく。
「新一 わたし、・・・」
「帰したくないんだ。今夜は。」
もう一度強く蘭を抱きしめると、新一は蘭の手を引いて階段を上って行った。
二階の正面にある大きなドアを開くと新一は蘭をやさしく招き入れた。
そこはこの家の主寝室で、工藤夫妻が使っていたものだが、今は新一が自室にしている。
中央にはオーク材で出来たキングサイズの大きなベットがペパーミントグリーンのシーツをかけておいてある。
ダウン素材のコンファーターにも同じ色のカヴァーがかぶせてある。
庭に面したバルコンに続く窓は大きく、そこから淡い月の光が部屋の中を薄明るく照らしている。
新一は蘭をベットの端に座らせると、窓際に行ってレースのカーテンをひいた。
部屋が水の中のように静かにほの暗くなる。
窓を背にしたその位置で、新一は一気に着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。
月明かりの中に新一を見て、蘭は思わず息を呑む。
若木のような肢体、しっかりと組み立てられた骨格にしなやかさを添える筋肉が美しい平衡を保って新一を形
作っている。
そうして見つめる蘭の目を見返しながら、新一は手を延べて蘭をまねく。
新一の指が蘭の着ていたブラウスの胸元に触れ、一気に両側に押し開いた。
ボタンが辺りに飛び散る音と布が裂ける音が静寂を一瞬おびやかし、蘭のすべやかな胸元があらわになる
「あ・・・新一・・!」
胸元をかき合わせるようにしながら蘭は小さく叫ぶ。
「しっ 静かに 蘭」
頬を両手で挟み込むようにして、新一は蘭の顔を見詰めている。
月の光が、その顔をギリシャの彫刻のように浮き立たせる。
見開かれた目は切ない愛情と微かな恐れとに潤むように輝き、艶を帯びた唇は緩く開かれ今にも何かを語ろうと
しているかのようだ。
その唇をもう一度、深い口づけで新一は蓋った。
引き裂かれたブラウスが蘭の肩から白い猫のように音もなくすべりおちていった。
「こわい?」
そっと新一が尋ねる。
「・・・少し、でも大丈夫・・・」
その言葉に微笑みかけると、新一は蘭の胸をあらわにしてそっと乳房に触れる。
微かに蘭が身を震わせ、乳首がツンと固くなるのが伝わってくる。 愛しさをこめて手のひらで蓋うと弾力のある
乳房は新一の手の中で息づく。 まだ誰にも触れられたことのない滑らかな感触。
蘭はかたく目を閉じて新一にすがるようにベットに倒れ込んでいった。
脱ぎ捨てられた衣類が床に落ちて、月の光だけが二人の体に影をつくっていた。
どことなくぎこちない新一の愛撫が、蘭の滑らかな体の隅々をやさしく刺激する。
それを受けなが蘭は少しずつ自分の中で何かが目覚めて行くのを感じていた。
閉じた瞼に月の光が当たっているのだろう。
ほのかに明るく見える。
ここはどこだろう・・・砂漠? 月の砂漠だわ・・・新一と二人、月に照らされた銀砂、金砂の海をラクダに揺られて
いくのどこへ? 砂丘が月の光に光ってる、なだらかな弧を描いて。
月明かりで見る蘭は絵の様に美しいと新一は思う。
全てが滑らかで暖かい、傾けた首の線も、首を大きくのけぞらせたときの喉の動きも、しなやかな腕から脇をとおり
腰のくびれに続く曲線も、そうしてゆるくはった腰からやがて命の源へと続くまあるいラインも。
そっと新一がそのラインにそわせて指を差しいれると、蘭は小さくうめく。
「痛い?」
少し驚いて新一は尋ねる。
蘭は首を微かに振ると新一を受け入れるように柔らかな腿の内側を月明かりに照らしてみせた。
本当に蘭の全てに口づけしたいと思う、自分の一部分のように蘭が愛しい。
蘭は新一の愛撫に答えて腰を浮かせる、もう何も考えられない、このまま何処かに落ちてゆくのだろうか。
「あぁ・・・」
また小さく蘭は叫ぶと緊張したように体を硬くさせ、大きくしならせる。
苦痛と快楽の表情は同じものなのだと、小さく喘ぐ蘭の顔を間近に見つめながら新一は漠然と思う。
その表情もたとえ様もなく美しい。 こんなに美しい蘭、暖かい蘭、すべやかで、滑らかな蘭。
蘭は新一を受け入れる、すべてが始めてで戸惑いと、少しの恐れが表情をよぎる。
「苦しいの?」
蘭の中にしっかりと自分を入れると動きを止めて新一は尋ねた。
「・・・・」
そっと目を開けて微かにほほえみながら蘭は首を振る。 その潤んだ大きな瞳は新しい世界を新一の肩越しに
見詰める。
ああ! 蘭はなんて滑らかで暖かいのだろう! その首筋も、やわらかな脇も、乳房も、腹も、腰も、そして新一を
包み込んでいるその内側も。
蘭の両手がすごい力で新一の両腕を掴んでいるのが分かる。
蘭が何度目かの小さな叫びをあげた時、新一の背から腕に悪寒のように電流が走り鳥肌が立つ。
蘭の叫びに声を合わせるように叫びながら、新一ははじけ飛んでいた。
蘭の上に重なるようにして新一は少しまどろんでいたのだろう。
「新一・・・重い」
蘭の言葉にはっとすると新一は体を横にずらした。
「大丈夫か 蘭?」
「うん・・・ でも、なんだか疲れた。」
「向こうにシャワーがあるから体を洗って寝るといい。 今夜はずっと一緒だぜ」
そういいながら新一は蘭の額に汗で張り付いていた前髪をかきあげて軽くキスをする。
「あっ・・・」
「どうした? 蘭」
「シーツが・・・やだわ・・・」
手を伸ばすと蘭の腰の辺りのシーツがぐっしょり濡れている。
新一の愛撫に蘭が答えた後だ、そのなかに赤いシミをみつけて新一はそっと蘭を伺う。
その視線に蘭は頬を染める。
「今度 おっちゃんにきちっと会いに行くよ。」
「どうして?」
「蘭を嫁さんに貰えるように頼みにさ。」
「新一・・・!」
新一は蘭を引き寄せると腕を天井に向けて突き出し指を伸ばして見せた。
もう一方の手で蘭の手を取ると、その指先に自分の指を当てて
「ほら 感じるだろ 俺のエネルギーが蘭に流れて、蘭がそれに答えてエネルギーを送り返してくる。これからずっと
二人で行こう。蘭。」
「・・・新一・・・」
「馬鹿 泣くなよ。」
大粒の涙が蘭の目から滴ってシーツに新しいシミをつける。
新一は愛おしさにかられて体一杯で蘭を包み込む。
若い二人の時は始まったばかり、梢から降り注ぐ月の光は終わることのない愛のいとなみを照らし出して静かに
夜も更けようとしていた。
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BGMは「パッへルベルのカノン」by咲良さん
咲良さんのHP:Sakura's Classic Room