真夏の夜の夢  遠野りえ



 暑い…。暑くて喉が乾いて目が覚めた。
 夜風ったってこんな熱帯夜じゃな。
 寝室のドアを開けると、リビングからの心地よい冷気が流れ込んで来た。
 ちぇっ、蘭の奴、ちゃっかりエアコンつけてやがる。リビングに一台しかないエアコンの冷気を入れるため、蘭の部屋のドアは全開だった。…ったく無防備な。
 暗闇の中、蘭の部屋を通り過ぎる。オレは冷蔵庫から麦茶を一杯コップに注ぐと一気に飲み干した。喉が潤う。
 おっちゃんは、どうやら徹夜麻雀らしい。今晩は十中八九帰って来ないだろう。いつものことだ。
 オレもこの冷気をもらおう。ドアを全開にしたまま布団に潜りこんだ。


 ………。
 …が、眠れない。気になるのは、リビング越しの蘭の気配だった。寝息、寝返り、微かな寝言…。耳を潜めると、感じる。オレは忘れかけていた体の奥の方にある「疼き」を思い出す。「疼き」は切なさを産み、衝動が突き上げてくる。
 オレは「決して触れないから」と言う一つの言い訳を持って、部屋を出た。何歩も歩かない。ほんの数歩でそこは蘭の眠る部屋…。ドアを開ける必要もなく。


 蘭の部屋に月明かりが射して、その顔を照らしている。蒼白い光が、いつもと変わらない蘭の顔をとても大人びて映し出す。
 そっとベッドの傍らに立ち尽くした。じっと蘭の顔を見る。次第に高まる鼓動と「疼き」に耐えながら。
 心でつぶやく。「蘭…」と。
 心でつぶやく。「オレは工藤新一なんだ」と。
 心でつぶやく。「触れていいか?」と。
 …そしてオレはハッとする。触れる?…もしも本能のままにそうしたら、オレは…?蘭は…?
 オレは、確かにもう一人の自分の存在を確認した。そして、すぐさま別のもう一人が自嘲する。「お前に何が出来る?」と。
「触れたい」
「触れてどうする?」
「ただ触れたい…。」
「それで気が済むのか?」
「わからない。」
「危険だな。」
「そうか?」
「でも…どうせなんにも出来やしないさ。」
「なんにも?オレは…、オレは工藤新一だぜ?」
「鏡、見てみろよ?お前は新一じゃない。コナンだ。」
「言うな!…オレは工藤新一だっ。」
「その小さな手を見てみろ?それで何が出来るってんだ?」
「何って…オレは、ただ…。」
「触れるだけじゃすまないぜ?」
「オレはただ、蘭が……。」
「蘭が?…違うだろ?お前はただ自分の欲求を満たしたいだけさ。」
「……いけないか?」
「なんだ、開き直ったのか?」
「触れちゃいけないのか?」
「蘭に聞けよ…。」

 オレは、眠っている蘭に問い掛ける。意味などないことはわかってても。
「蘭…、オレだ。」
 眠っているから反応などない。
「オレが工藤新一だ…。」
 気づいてくれよ…。知られちゃいけないヒミツなのに、あんなにしてまで欺いたはずなのに、気づいて欲しいと願ってる自分がいる。
 そっと手に触れる。ここにいるのが「オレ」だってわかって欲しい。蘭に触れただけで、心臓が高鳴った。

 一旦眠ると、ちょっとやそっとじゃ起きないはずの蘭が、気配を感じて目を覚ました。触れたままの手に気づく。
「コナンくん…?」
 月を背にして、オレは単なる影。そして偶然目を覚ました蘭はまだ半分眠りの中。
 夢の中の話にしてしまえばいい…。
「蘭…」
 蘭ねーちゃんとは呼ばない。だけど、その声を聞けば蘭にはそれがコナンだとすぐにわかるはずなのに。
「……新一?」
 咄嗟になぜ新一と呼んだ?眼鏡をはずしたオレの顔が、暗闇のせいで新一に見えてしまったのか?
 けど、オレは……「新一」と呼ばれてうれしかったんだ。「オレ」を少しでもわかってくれて、とてもとてもうれしかったんだ。だけど、それは引き金になってしまった。

 オレは、コナンの小さな手で蘭の頬を引き寄せた。ただならぬ雰囲気に驚いた蘭が、さっと身を引いてベッドから起きあがる。
「コ…コナンくん?…どうしたの?」
 避けられたことに、少しばかりのショックを受ける。蘭にしてみれば当然の態度だったとはわかっていても。それでもオレはベッドの上に上がって、蘭に近づく。そして、再び手を…今度は触れるのではなくしっかりと握り締めた。蘭は不思議そうにオレを見て。
「怖い夢でも…見たのかな?」
 子供に接するみたいにオレに聞く。…コナンだから当然なんだけど。なんだか悔しかった。
 オレは、新一だ。コナンじゃない。新一だ。この熱い気持ちは新一のものなのに、どうして届けられない?
 何も答えられなかった。自分の声を聞くのがいやだった。
 握り締めた手を引き寄せて、もう片方の手で再び蘭の頬に触れる。蘭はコナンの前ではスキだらけで、そのくちびるに触れることは、たやすかった。ほんの一瞬のキスに、蘭は少し怯んだ。
「なっ…?」
 事故?とでも思ってるのだろうか?オレは小さな体で蘭を抱きしめようとした。
「なに?…コナンくん、どうしちゃったの?」
 蘭がオレをコナンだと信じて疑わない態度が悔しくてたまらない。多分、こんなこと工藤新一がしたら…平手どころじゃ済まないだろう?何も言わずに寝こみを襲ってんだから…
「オレが…工藤新一だったら、どうする?」
 聞いてどうする?そんなこと。
「…新一?…違うよ、新一じゃない…。だって…。」
 だって?
「新一なら、こんなことしない…。」
 蘭の答えが痛い。
 じゃ、オレは誰だ?オレの気持ちも全てコナンのものなのか?
「オレはっ……」
 全てを口走ってしまいそうになった。それを蘭が止めなければ。
「何も言わなくていい。」
 なんでだ?言ってほしいはずだろ?ホントのこと。
「今ね、ちょっと信じそうになったよ?あなたが新一だって。…でも、それってわたしの願望なのね。」
 信じそうになった?
 真夏の夜の夢だから「信じさせてやりたい」と思った。
 ここから先、オレは誰でもない。コナンであることも新一であることも忘れる。オレは本能のままお前を…。
 ごめん、蘭。
 大事な言葉の一つも言えないこと、ホントの気持ちを伝えてないこと、ごめん。


 蘭をベッドに倒して、もう一度くちびるを塞ぐ。
 もう事故だなんて思わせない。荒々しく奪う。
 小さなオレのどこにそんな力があったのか、抗う蘭を手の中に捕まえておく。
「やめて、コナンくん…?」
 懇願する目は、まだコナンを見ていた。…哀しい。
 パジャマの前を力いっぱい引き裂く。ボタンが飛び散って、床に転がる。
 月明かりに蘭の胸が曝される。それはほんの一瞬のことで、蘭がすかさず前を合わせて逃げようとした。それでもまだ蘭は本気じゃない。
 戯れ程度に思ってるのか?それともコナンならいいのか?
 胸に手を差し込む。…それで抵抗してるつもりなのか?簡単に捉えてしまうじゃないか?
「いやっ」
 言葉でそう言っても逃げ切れてないじゃないか?
「やめてっ」
 もう一度そのくちびるを塞ぐ。蘭の抗う力が弱くなる。
 くちびるを離して蘭を見る。少し涙ぐんで、少し悲しそうで。
「どうするの?」
 と聞く。それは「もう抵抗しない」という意味なのか?
 その目を見つめていると何も出来なくなりそうで、オレは視線を外す。
 そして、抗わなくなった蘭の胸にくちびるを寄せる。
 悲しい目をした蘭が心にちらつく。それでも……いいのか?
 せめて本当のことを言ってやりたい。


 オレは、夢の中で話し始めた。
「蘭…。夢を見るよな?すごくリアルな夢。今、オレもオメーも夢の中だから、本当のこと言うよ…。オレが新一だ。…いつもそばにいる。オメーのこと見てる。それを伝えたかった。オレは…ずっと、ずっとオメーのことが……」
「・・・わかってる」
 え?
 蘭の言葉に驚く。
「その先をすごく聞きたいけど…今は、いい。」
「なんでだ!?」
「わたしが気づいちゃダメなんだよね?まだ…。」
「蘭…、オメー、それじゃ…。」
「知ってるよ、そんなのとっくに…。でも今…新一からの言葉聞いちゃったら…わたし…。」
 …余計辛くなるか?
 蘭の気持ちを考えると、もうこれ以上何も出来ない気がした。
 蘭をそっと布団で覆う。すると、

「…やっぱり新一だ。」

 蘭の泣きそうな声にハッとした。…いや、正確にはもうすでに蘭は泣いていた。そして、身を翻して背中を向けた。肩が震えている。声を殺して泣きつづけている。
「蘭…?」
 涙の意味がわからない。
「ごめんね…。なんで泣いてるんだろう、わたし…。」
 涙の意味はわからないけど、蘭が無理してるのはよくわかる。
「無理……すんな。」
 蘭の頭をそっと撫でた。
「オレが…いるから。…コナンだけどな。」
 蘭は振り返り、オレを見る。そして少し涙顔で微笑んでから、オレの胸にしがみついてきた。
「ありがと……。でも、もう泣かな…い…」
 言ってるそばからまた涙。ったく泣き虫。
 ひとしきり泣いた後、恥かしそうに顔を上げた蘭は、開いて覗いている胸を即座に隠す。
 あ…、ボタン引きちぎっちまったんだ。
 先ほどまでの自分の行為に驚く。
「ごめん…。」
 小さくつぶやいて。
「さっきは…ホントにビックリした。でも、ちょっとだけ……。」
「ちょっとだけ?何?」
「ううん…。」
「・・何?」
「わたし、新一だって知ってたから…。」
「え?」
 顔を赤くしてうつむく蘭。もしかして…そんないやじゃなかったってこと?
 それ以上は言えないと口をつぐむ蘭がとても可愛かった。そして、とても愛しかった。
 またオレは、そのくちびるを狙っている。懲りてねーな、全く。
 だけど今度は目を閉じる蘭がそこにいた。ようやく甘いくちづけを交す。深く、長く、とめどなく…。

 自然、手が蘭の胸を探る。先ほどくちびるを寄せた場所。
 …が、蘭は軽く手で制した。
 どうして?
「もう…、そんなことしか考えられないの?」
 半ば呆れて蘭が睨む。…それを聞いてオレは自分の知ってる蘭に思い至った。確かにそうだ。新一に対してなら蘭はこういう態度を取るんだよな。
「やっぱ…ダメ?」
 往生際悪く、まだ胸を探ろうとする右手。
「こういうことは元に戻ってから……。」
 そう言った後にバツが悪くてまた赤くなる蘭だった。
「それって元に戻ったらOKってこと?」
 突っ込んでみる。
「バカ。」
 怒ったようにプイと横を向く。その仕草と来たら…。
 …ああ、もうダメだ。…可愛いじゃねーか?蘭。こういう蘭を目の前にして手を出すなって方が無理な話。オレは頭っから蘭の胸に飛びこんだ。
「きゃっ」
 驚いた蘭の声も可愛いもんだ。
 柔かで豊かなその場所に顔を埋めて心臓が高鳴っていく。
 ようやく捉えた乳首を口に含んで舌で味わう。
「いや…っ…」
 抗いながら少しづつ受け入れる蘭。
 感じてる?確かめるように顔を窺うと、月明かりに照らされたその顔は更に艶かしく。更に奮い立たされる。
「ん……っ」
 微かな声を聞いて、ハッとして顔を上げる。気配に気づいた蘭は、その声を聞かれたことが恥ずかしかったのか、
「もう…やだったら…!」
 と激しく抗議した。
「ホントに…?」
「ホントに!」
 突出した胸の先端がウソだと言ってるのに。
「気持ちよくない?」
「なっ…何を…バカ!」
「ったく、またバカって言ったな?」
 オレは、復讐でもするかのように再び胸に顔を埋め、今度はそのままそっと手を下へ這わせていく。
「やっ、やだぁ…。」
 間延びした声は少し色っぽかった。
 下着の中に指を滑りこませる。その場所はもうすぐ。蘭の…ヒミツの場所。
「ダメダメダメ───っ!!」
 もう少しってとこで、蘭の手に阻まれる。
「ダ・・・メ・・・?」
 さすがに蘭の様子からは「この先は絶対ダメ」という頑固な態度が見て取れる。
「新一は…いいの?そんな、あとさき考えないで……。わたしたち、はじめて…なんだよ?」

 は、じ、め、て。

 そうだな。こんなのがはじめてだなんて、オレも蘭も切な過ぎるよな。
 こんなことを考えてると、妙に冷めてきてしまった。それに。これ以上進めないことも知ってる。
だけど。確認したいこともある。蘭は……感じてたのか?こんなオレでも。
 確かめたい。確かめたい。
 もう一度くちづけからはじめて、胸を探って、その下へ手を這わせる。それでもやっぱり蘭は強く拒否する。だけど、オレも好奇心に熱くなる。
 まるで長い闘いのようだ。何度も何度も繰り返し攻め、愛撫を続ける。
 もう確かめなくても蘭が感じていないはずはない。確信できるほどに蘭は喘ぎ声を聞かせてくれた。
 そして、一瞬のスキを見つけ、ようやく死守していた蘭のヒミツの場所へたどり着いた。ビクリと蘭の体が跳ね上がる。オレはその潤いに驚いていた。
「蘭……こんなに…?」
「やだ…」
 顔を背ける蘭の初々しさに、こちらも緊張してしまう。
 女性のその部分に触れるなんて、オレはもちろんはじめてで。どうすれば蘭がイイのかなんてよくわからない。そっと指を動かしながら、蘭を盗み見る。溢れる蜜に吸いこまれるようだ。蘭が感じると思うとオレも高まる。

 ふと自分のモノを確認する。ガキのモノだ。これをイレルなんて最低だな。
 いくら高ぶっていようとも、その辺は至って冷静だった。
 蘭に触れ、感じている顔を見るだけでオレは満足していた。
 ずっとずっとこうしていたい。
 ………。






「ねぇ、もういい加減寝ない?」
 蘭がしつこいくらいのオレの愛撫の中で水を差す。
「…よくない?」
 ちょっとがっかりしたオレは、それが顔にも出たらしい。
「続きは元に戻ってからね?」
 明るく言い放ち、頬にくちづける。
「いっしょに寝ていい?」
「え?でもお父さん帰って来たらビックリするよ?」
「その前に戻るから…。」
 オレ、まるで駄々っ子だな。
「バカね、そんな顔しないでよ。」
「…ごめん、あっち行くよ。」
 ちょっと反省しつつベッドに背を向けた。
「ねぇ…。」
 後姿に蘭が声をかける。
「コナンくん。」
 呼ばれてハッとする。
「新一に伝えて。夢で会えてうれしかったって…。」
 オレは返事出来なかった。
 ごめん、何も言えないよ。
 振り返ったら蘭はまた泣いてるかもしれない。
 新一として何もしてやれない。
 ごめん。…オレ、なんて言えばいい?

 よせばいいのに、オレは振り返った。
 すると。
 すでに蘭は眠りの中で、夢の続きを見ているのかとてもしあわせそうな顔をしている。
「…ったく。泣いてるかと思って振り返ったら、ちゃっかり寝てるし。」
 オレは、やれやれとため息をついた。

 だけど、気づいてたんだ、ホントは。蘭の目から一筋の涙が光ったこと。
 寝たフリしてんだな…。気づかないフリしとくよ。
「蘭ねーちゃん、おやすみ…」


 エアコンの冷気が真夏の夜の夢をかき消していく。
 朝まで数時間、オレも頭を冷やそう……。
 リビング越しの蘭を気にかけながら、眠れない夜が明けていく。
 それは、多分「オレを取り戻す」その日まで続くだろう。



fin

 


*あとがき*
遠野です。お久しぶりです。「真夏の夜の夢」…またわけのわからないものを書いてしまいました。本当のこと言うと、新一はコナンの体で欲情したりするんだろうか?…そりゃーないよな。と思ってるわたしなのですが、書くとこうなるから不思議です。でも相変わらずメイクラブ(最後の一線超えると言う意味)は、なし。いまだ書いてません。(コナン×蘭だから当然って言えば当然?)でもこれからもこの線でいこうと思っています。(笑)
白状すると、これ本当は夢オチにする予定だったのです。それはまた変な話なんですが、ちゃんと挿入しちゃうつもりでもありました。で、その瞬間体が元に戻る!なんて話です。変ですよね。(笑)…それでは、またいつかお会いできる日まで。(遠野りえ)

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