Little Miss Highway 沢村璃緒

 

和葉にとって、それは、衝撃的な事件だった。

「なぁ、和葉、あんた疲れてるんとちゃう?」

「まぁな・・平次が悪いんやから。アタシのこと、まるで彼女と思ってないみたいなんや・・もう、やらしい奴なんや

からぁ。こっちは疲れてるのに、いっつも無理矢理・・」

「はいはい、ごちそーさま。あんたら、そう言うても、毎日毎日、親の目盗んで、結局は楽しんでるんやろ?

暑い暑い」

そう言いながら、クラスメイトが、アタシにファンデーションを渡す。

「何?これ」

「先生に見つかったら、ヤバイんとちゃう?その首についてる、愛の証」

アタシは、ファンデーションのケースを開けると、首筋に昨日、平次につけられたキスマークを発見した。

「もうっ、平次のアホっ。あれだけ言うたのにっ」

アタシは、文句を言いながら、ファンデーションで、その愛の証とやらを消した。

 

和葉にとって、一番大好きな時間は、もちろん、平次といることだった。

だけど、アイツは・・平次は、親がいようが、いなかろーが、毎日のように、アタシの体を求めてくるのだった。

(今日くらい、断るんやからっ。アタシ、キスマークのこと、怒ってるんやからっ)

そう思いながら、平次のベットに座ってる和葉は思った。

そして、平次はいつものようにと、和葉のこと押し倒しながら、キスをしてきた。

「ちょいまちっ、平次!」

「何や和葉・・」

「今日は、ナシ・・Hナシっ」

「どうしたん?アレの日か?それでもええけど・・」

「ア・・アホっ。そんなんやないけ・・」

アタシは、その一言で、はっとする。

(アタシ、最後に生理きたの、いつやった?)

サーって血の気がひく。

「・・女の子にそんなこと聞くなんて、失礼やな。そうや、今日はアレの日やから・・あたし、イヤなん。そんな時は

やりたない」

そして、和葉は平次の腕を振り解いて、体を起こすと

「平次、ゴメンな。せやから、なんや体調よくないねん。今日はもう帰るわ」

それだけ言うと、服部家をあとにした。

 

和葉は、家に帰ると手帳とにらめっこする。

(先月・・きてない。生理用品買った記憶ないし・・本当だったら、この日あたりにくるはず・・ってことは・・)

 和葉の頭に、妊娠の漢字二文字が浮かんだ。

(ちゃう、そんなことないっ・・なんて言えない・・よくよく考えたら、可能性、充分あるんやから・・)

和葉にとって、その衝撃的な事件の始まりだった。

 

そして、その和葉に追い討ちをかける事実が浮上してくるのだった。

「和葉、アンタちゃんと食べなあかんで。ホラ」

次の日の朝、結局、和葉はほとんど眠れずに夜が明けていた。あまり眠ってないせいなのか、それとも妊娠の

可能性があるからなのか、気分は最悪だった。

朝食なんてとれない・・そう思って母親に伝えたら、言い返されてしまった。

「っっぅ゛っっ・・」

和葉は、朝食のニオイを嗅ぐと急に吐き気が襲い、そのまま洗面所へ駆け込んだ。

(・・まさか・・つわりなんちゃう??)

和葉にとって、ますます不安が襲うのであった。

 

(本当は行きたないんやけど・・こんなトコ・・)

和葉はその日、学校を午後になると、1時間だけ早く早退して、電車で2駅先の、産婦人科に行くことを決めた。

どうしても、近所の産婦人科には行けない。誰かに見られたりでもしたら、最悪だ。

だから、あえて電車にのって、普段したことのない化粧までして、髪おろして、親戚のお姉ちゃんにスーツを

借りて産婦人科にのりこんでいったのだが・・。

(やっぱり、よう行かんっ・・)

(なんのために、学校早退してきたんやっ・・ちゃんと確かめるため、ちゃうの?)

もう一人の自分と言い合いしながら、和葉は産婦人科の前をウロウロする。

そして、悩むこと30分・・。

(決めた・・行くっ)

そう心に決めて、和葉は外来のドアを開けた。

その空間は、まるで高校生の和葉にとっては、場違いだった。

お腹の大きい妊婦さんや、見た目ですぐわかる大人の女性の人・・いくら化粧してスーツ着こんだところでも、

和葉は和葉。

(アカン・・ここで躊躇してどーするんっ)

和葉が受付に行く時だった。

「なんや、和葉やないか」

「え?」

振りかえって、声の主を探すと、なんと、平次と平次のお母さんが来ていた。

「な・・なんで平次、こんなトコいるん??」

「おかんの友達の娘がここで出産したんや。そのねーちゃん、ガキの時、よく遊んでもろたから、おかんと

一緒にお見舞いにきたんや」

「せやけど、和葉ちゃん、なんでここにおるん?」

「ア・・アタシは・・っっそうっ、友達のお姉ちゃんがここで子供産んだんやっ。せやから、お見舞いに・・」

「そのわりには、和葉らしないカッコしとるなぁー」

「いややなぁー、平次っ。アタシかて、こーいうカッコするんやっ・・じゃ、アタシ、帰るから!」

和葉は、逃げるようにその場を離れていった。

 

(あー、ホンマ、どうしたらいいんや・・)

悩みに悩んでいた和葉のところに、ちょうど一本の電話が鳴った。

「和葉ちゃん、元気ー?」

「蘭ちゃんっ!」

和葉にとっては、誰かに話を聞いてもらいたかった時に、蘭からのナイスタイミング。

口の固い、しかもご近所に住んでない蘭とくれば、この手の話は相談しやすかったのである。

「なんなら・・私、ちょうど来週の日曜、大阪行くって言ってたでしょう?その時、妊娠検査薬買ってきて

あげようか?地元じゃ買いづらいけど、大阪だったら知り合いがいるわけでもないし・・」

「ホンマ?蘭ちゃん助かるわぁー」

そして、その和葉だけの事件が、蘭にまで被害がいってしまうとは、この時、誰も予想しなかったのである。

 

「えっと・・妊娠検査薬って、どこにあるんだろー」

日曜日。大阪に着いた蘭は、駅の近くの薬局で、和葉と約束のモノを買うため、お店に入った。

「聞いちゃったほうが早いかなぁ・・すいませーん。妊娠検査薬あります?」

そして、そんな蘭の言葉に反応したのが、その薬局に偶然居合わせていた平次であった。

(なんや、どっかで聞いたような声・・工藤の女やないか・・しかも妊娠検査薬なんて買っとるでっ。工藤、

もしかしたら、あのねーちゃん妊娠させてしもーたのか?)

平次は、蘭にバレないように、隠れて蘭の様子を見ていた。

そして、蘭がいなくなると、あわてて新一の携帯に電話をかけるのであった。

「蘭が妊娠??」

「なんや、こっちの薬局で検査薬買ってたんや。まぁ、和葉に会いにきたんやろーけど・・せやけど、

工藤・・お前もちゃんと避妊せなアカンでー」

「おいおい、本当に蘭だったのか?」

「しつこいなぁー、お前も。胸に手当てて、よぉ考えてみぃ。まぁ、どうするかは、工藤が考えるんやな」

パニックしている新一に、平次は、真実を何も知らないでいたのだった。

 

(・・蘭ちゃんがコレ買ってきてくれたはいいけど・・やっぱりコワイ・・ホンマに、赤ちゃんできてたら、

どーしたらええん?)

その日の夜、和葉は、部屋で一人、妊娠検査薬を見つめながら、あーでもない、こーでもない、考えていた。

 

「和葉ー。平次くんやで」

「和葉、入るで」

(へ・・平次!?)

和葉は、あわてて妊娠検査薬を枕の下に隠した。

「今日、工藤の女、こっちに来てたやろ」

「ら・・蘭ちゃんに会ったん?」

「薬局で見かけたんや。和葉、お前知っとったか?」

「な・・何が?」

「工藤の女、妊娠しとるかもな」

「え・・えぇぇ?」

「妊娠検査薬、買うてたんや。ホンマ、工藤も大変なことになったなぁ・・」

(う・・うそっ。見られたん?蘭ちゃんが検査薬買ってるところ・・)

「なぁ、和葉。もう、あれから1週間たってアレ終わったんやろ?今日、久しぶりに・・」

平次はそう言いながら、和葉のことをベットに押し倒した。

「ちょ・・ちょいまちっ、平次っ」

「なんや、またおあずけか?」

和葉は、必死で、平次につかまれてる腕を振りほどこうと、じたばたさせる。その時・・。

枕が床におちて、一緒に妊娠検査薬もおちてしまったのである。

「・・和葉、おまえ、コレ・・」

(アカン・・見つかってしもた・・)

「お前・・まさか・・」

和葉は、目をつぶる。そして、大きく深呼吸すると、何もかも決心したかのように、口をひらいた。

「そうや・・アタシ、妊娠してるかもしれんの・・コレ・・蘭ちゃんに買ってきてもらったん・・」

「ホンマか?和葉・・」

和葉は、下を向く。そして、小さくうなづいた。

(コワイ・・平次にもし・・もし、おろせって言われたら・・)

しばらく、沈黙が続いた。かなりきまづい沈黙が。

「かわいいと思わん?和葉」

「え?」

「オレと和葉の子供やったら、絶対かわいい。そう思うやろ?」

和葉が、顔を上げると、そこには、いつもの平次の笑顔があった。

「何で黙ってたんや。和葉、こーいうことは、オレに一番に言うもんやろ?まっさか、また不吉な妄想でも

しとったんか?」

「じゃ・・平次・・」

「和葉の好きにしたらええ。とにかく明日、一緒に病院行こう。な?」

「うん・・うん」

その時、和葉は何もかも捨ててもいい・・平次とだったら・・そう思ったのだった。

 

「平次・・やっぱり、怖いっ」

「和葉なぁー、お前、ここまできて、何言うんや。ほら、受付しにいくで」

「う・・うん」

次の日、和葉と平次は、妊娠検査のために、病院にやってきた。

「では、順番がきたらおよびしますので、待合室でおまちください」

受付をすませると、和葉の緊張はさっきよりもひどくなる。

「・・なんや、緊張して、お腹いたくなってきてしもーた・・平次、アタシおトイレ行ってくるわ」

和葉は、緊張を隠せない状態で、トイレに向かった。

 

「へ・・平次っ!!」

「なんや、和葉。そんなにあわてて」

「来てたんやっ」

「来てたって・・何が来てたんや」

「アレや、アレっ」

「アレ??」

「せやから・・ずっときてなかった、アレや。アタシ、妊娠してなかったん」

「・・・・ホンマか?」

「うん。ホンマ」

「遠山さーん。遠山和葉さーん」

看護婦さんの声がした。

「すんませんー。ちょっと今日は・・診察、またあとにしますー」

平次と和葉はそう言うと、あわてて病院をでていった。

「ホンマ、アレがきてたんか?」

「うん」

和葉は、安心しつつも、ちょっとがっかりしてしまった。だけど、それは、和葉だけではなかったようだ。

「平次・・安心してるんやないの?」

和葉は平次の顔をのぞきこむ。ちょっと残念・・という表情だ。間違いなく。

「いつか・・産んであげる。平次の子供・・」

和葉は、にっこり笑うと、平次の帽子を奪い取って、自分の頭にかぶった。

「おいっ、和葉、返せ!」

いつか・・本当に、二人のかわいい天使に会えるのは、まだまだ先のお話し・・。

 

〜おまけ〜

「ちょっと、服部くんってばー。ヘンなこと、新一に言ったでしょう!」

「だからな・・それはな・・」

「もう、大阪から帰ってきたら、大変だったんだからー。新一にいろいろ質問されちゃって」

蘭から、怒りの電話をもらうことになった平次は、結局、東京に行って新一にすべて分けを話すのであった。

 

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