こんな気持ちのまま




1.約束
 
「卒業式…ついに明日やね。」
「そうやな。…もう卒業か…。」
 学校の帰り道。ちょっと公園に立ち寄って平次と二人歩く。
 平次の横顔を眺めながら、またあたしは涙を必死で堪えていた。
 泣いたらあかん。ここで泣いたら…。
「あっちへはいつ行くん?」
 何気に平次が聞いてくる。あんまり素っ気無い態度で悲しくなる。
「うん…まだ決めてへん。」

 あたしが東京の大学に、平次が京都の大学に、それぞれ進路を決めて数ヶ月。
 いつもずっと隣にいた平次が…いなくなる。
 決めたのは紛れも無く自分自身なのに、それでも寂しさが募っていく。気づくと、また涙が出そうになる。
「和葉……、あっち行っても…。」
 あたしの寂しさが伝染したのか、急に平次の言葉も途切れがちになった。
 …あかん、こんなん。明るくいかな。もうちょっとしかいっしょにいられへんのやったら尚更。
「あっち行っても…?なに?…あたし浮気なんかせーへんもん。一途やしな。どっかの誰かと違うし。」
 …こう言ってからこれも違ったかと、頭を抱えた。喧嘩売ってどうすんねん。
「どっかの誰かってなんやねん!あ、まだあのこと根に持ってんねやな。執念ぶかー。」
 ホラな、こうなる。売り言葉に買い言葉やん。
 あのこと…って、実はちょっと前にかわいい後輩に交際申し込まれて平次その気になってつきあったってハナシ。(「あいつの気持ち アタシの気持ち」参照…関連付けてるし(笑))
「そ…そうや。言うとくけど、あたしは執念深いねん。よー、覚えときや。」
「オマエなぁ…なんでそんな言い方するんかなぁ…。」
「…え?」
「素直やないって言うてんねん。」
「す……素直やもん。」
 …もうあかん。涙がどんどん溢れてきて止まらへん。
「か、和葉…?」
 平次が戸惑ってる。泣きやまな。笑わな。なんかフォローせな。
「ちゃうねん、これは。…なんでもないっ。」
 あたし、何言うてんの……。
「アホ。何無理してんねん。」
 平次に全て気づかれた。見抜かれた。もう涙止まらへん。
 その時。ふわっとあたしを風が包みこんだかと思った。…けど、それは平次だった。
 抱きとめられて、ようやくその胸であたしは泣いた。
「ごめんな…。」
 泣いててごめん。笑えなくてごめん。
「何謝ってんねん?」
「ごめん…」
 それしか言えなくてごめん。涙止まらなくて、ごめん…。
「もう、ええって。」
 平次が頭を撫でて。あたしはこんな自分に恥ずかしくなる。顔が熱い。
 見上げると平次があたしをじっと見てる。きっと変な奴やと思てるんやろな。
 平次は、あたしの頬をそっと手で触れて、何をするかと思いきや、あたしの涙を拭きとってそれをぺロリと舐めた。
「しょっぱー。」
 平次、何やってんの?ぽかーんとしてると、あたしの目の下をぺロリ。
「ひゃっ。」
 さすがにビックリして飛び上がった。何するん?
 今度は頬にぺロリ。平次…?…あんた変やで?
「ここもしょっぱー。」
 そして、おもむろに次の瞬間あたしの口は塞がれていた。
 あ…。
 驚いて見開いていた目を、そっと閉じた。なんか騙された気分。でも、いっか…?
「ここは甘いな。…チョコレート食べたやろ?」
 そっか。これって照れ隠し?平次って、平次って…すんごい可愛い。
 平次の気持ちが伝わってくる。
 やさしい…気持ち。
 さっきまでの辛い気持ちが吹き飛ぶ気がする。
「あんなー。俺かてな…。」
 …さびしいんやで……口をつぐんでも、赤くなったその顔が物語る。
 そして耳元でそっと囁く。
「明日、卒業式終わったら……。」
「え?」
 平次に求めてはならないもの…気障な台詞。気の利いた台詞。ロマンチックな台詞。
「俺の部屋に来ーへんか?」
 それ、そのままの意味?唐突すぎて答えられへん…。
「やっぱり……嫌なんか?」
 勝手にすぐさま解釈するし。
「あ、悪かった。調子乗りすぎやったかな。」
「嫌やなんて言うてへんやん…。」
「そしたら……。」
「うん…。」
 あたしはようやく頷いて、その約束を受け入れていた。


 …けど。こんな約束するんやなかった。
 もう夜も寝られへんやん。ドキドキして、明日平次の顔見るのも恥ずかしいやん。
 卒業式どころやないやん…。


 2.涙

 翌日。
 式の間中、あたしは平次が気にかかる。
 卒業生代表で壇上に上がった平次は、なんだか遠い存在で、その卒業に泣いてる下級生の姿が目に入る。
 平次…ほんまにあたしでええんかな?
 平次の目、肩、腕、指…ひとつひとつを目で追って、あたしはドキドキしていた。昨日のキスを思い出して顔が熱くなる。あたしって……エッチやなぁ。

 式の後。記念に写真を撮ったり、別れを惜しんだり、時は過ぎていった。
 だけどいつも視界の端っこには平次を置いておく。そしてチラッと見ては顔を赤くしていた。
 最後の最後に平次に告白する後輩の女の子の姿も見た。あたしは気が気でないながらも平次があんまり素っ気無く断るから、内心女の子側の気持ちになって痛々しく思っていた。プレゼントや花束も頑として受け取らない平次。
「プレゼントくらい受け取ったりーや。」
 ついつい口を出してしまう。
「アホ。やさしさは罪やで。それに俺の欲しいプレゼントは今日は一個だけやねん。」
 ニヤッと笑って、あたしを見る。…カーっと顔が熱くなる。
「アホ!」
 恥ずかしくなって身を翻す。
「ほな、正門前でな。」
 すかさず耳打ちする平次。
「ちょっ、ちょっとそんな目立つとこ…。」
「なんで隠れなあかんねん!」
 あたしの頭をポカンと軽く叩いて、平次は男友達の方へと向かう。
…別に隠れるとかそういうことやなくて……恥ずかしいやん、もう…。平次の辞書にはデリカシーって単語もないようだ。


 そして約束の正門前。
 やっぱりなんか恥ずかしい。遠目に平次がそこへ向かうのを見計らって、後に続く。声もかけずに後を追ってると、気配に気づいた平次が振り返った。
「何してんねん?」
「え、何って…。」
「ちょこちょこ後ろで……。声のひとつもかけたらええやん。」
「…ごめん。」
「…別に謝らんでも…。」
 なんとなく平次の顔を見るのが恥ずかしい。
「ほな、行くで。」
 さりげなく手を取られ、わたしは平次に引っ張られるようにして歩き出した。
 なんかなぁ、平次もぎこちない気がする。ふっと顔の覗きこんで、その顔が真赤なのに気づいた。
 …ああ、平次かて無理してる。それがわかって、少しホッとした。
 手をつないで平次と歩く。こんなこと、照れ屋の二人には一度もなかった。だけど、今日は卒業式だったから、最初で最後になるんやね。そう考えるとなんかさびしかった。
「なぁ、平次…。」
「ん?」
 振り返り様の平次の顔がいつもよりオトナっぽく見える。
「この道…いっしょに歩くんも最後なんや…。」
 少し感傷的になってしまう。
「そうやな…。」
 だけど、平次はその道を振り返らない。そう、それが平次なんや。いつも前向きで、あたしはきっと平次のそういうところも好き。
「けど……卒業って終わりとちゃうよな?」
「え…?」
 何を言いたいんやろ?ふと不安になって立ち止まる。
「どないした?」
「平次こそ…どうしたん?」
「なんか………寒ないか?」
「……」
「オレ、…なんか寒い。」
 平次がめずらしく感傷に浸ってるふうで。なんとなく、らしくない。
 そして、少し躊躇しつつもあたしの肩をふわりと抱き寄せた。
「おまえ、あったかいなぁ。湯たんぽみたいや。」
「平次…?」
 卒業式では見せなかった涙。今、ほんの少し平次の瞳からこぼれた。


 3.大切な時間

 平次の家は、小さい頃から何度となく遊びにきていて、勝手は知っている。
 誰もいない家。平次は鍵を自分で開ける。
「今日、おかん、いてへんねん」
 真顔で言うから、少し怖気づく。
 玄関。その先の廊下。シーンと静まり返っている。それでも「ただいま」といつもの癖なのか平次の声だけが響いた。
「喉乾いてる?なんか飲むか?」
 台所に寄ってふたつのコップにジュースを注ぐ。それを持って部屋へ向かう。
 ドキドキしていた。とてもドキドキ。心臓の音が平次に届くかと思うくらいに。
 あたしが今日ここへ来たのは……、平次とひとつになるため。
 あたしのこの決心って並大抵のものじゃない。
 平次は?…こんな時、男の子ってどんなふうに思ってるんだろう?


 
 部屋に入ると、あたしはコートを、平次はその学生服の上着を脱いでハンガーに引っ掛ける。
 平次の部屋はあまり広くはない。あたしはベッドの傍らに腰掛け、先ほどのジュースを一口飲む。喉元がゴクリと鳴るのさえ、なんとなく恥ずかしくて。
「和葉…なんかお前、緊張してるやろ?」
「へ?」
「さっきからそわそわしてる」
 そう言って平次は少しだけ笑った。あたしも一緒になって笑いたかったけどいつもみたいに笑えない。上手く笑えない…。
 そんなあたしの隣に、平次が腰掛ける。すぐさま肩を抱くから。
「きゃっ」
 思わず声を上げてしまった。
「な、なんや?」
 驚いて平次は手を引く。
「ご、ごめん…。なんか、……あかんなぁ、あたし」
 何がどう「あかん」のかはわからないけど、いつものあたしじゃない。顔が熱くて火照ってる。手が震えて冷たくなってる。
「和葉……」
 平次が名前を呼ぶ。視線を合わせるのがこんなに怖いなんて。
 平次は俯いたあたしの顔を引き寄せて、やさしくくちづける。
「平次…ほんまにあたしでええの?」
「アホ。オレはお前がええんや。」
「ほんまにほんま?」
 答えはなくて、更にあたしの口は平次のくちびるに塞がれる。
 長いキスの最中に平次の手があたしの胸元に伸びてくる。制服の上から不器用そうにそっと触れてから、セーラーの下から手を入れる。ブラジャーの上からなのに、はじめて触れられることで、あたしは舞い上がる。体中の力が抜けていく。
 なのに平次ときたら、現実に引き戻す発言するんやから…もう。
「なぁ、この服どうやって脱がしたらええんや?」
「えっ?」
「セーラー服ってどうなってんのかわからへんねん」
「ああ……これ、こことここがホックになってて、そんで頭から被るように……」
って、あたし何を説明してんねや?
「ほんなら」
と言って平次は、あたしの服を脱がしにかかる。頭から引っ張られて髪のリボンに引っ掛かる。そしてリボンは服と一緒にほどけてしまった。
「あ、ごめん」
 髪も少し乱れてしまったみたいで。それより、……あたし下着姿やん!
 恥ずかしいと思っている暇もなく、平次がスカートを剥ぎ取り、下着に手をかける。ブラジャーのホックを手探りしながら、キスの続きをはじめる。
 身を任せるしかなくて、だけど、あたしだけ脱がされて行くことに戸惑いを感じて。
 あたしの胸が平次の目に曝される。残された砦はパンティ1枚。
 そして、あたしの顔を見つめる平次。
「綺麗やで、和葉」
 いやーっ、恥ずかしいっ。平次の言葉にじたばたする。
 平次はひたすら冷静で、あたしの頬にキスをする。そして、髪に手をかけた。
 バサッ。
「あっ…」
 まとめてあった髪のゴムが平次の手で取り去られる。長い髪が大きく揺れながら広がった。
 あたしには、それが「はじまり」の合図のように思えた。
 すかさずベッドにあたしを倒す平次。そして、胸に顔を埋め、その先端にくちびるを寄せる。
「あ………んん……」
 思わず声が…。自分の声なのに、なんか変。
 平次の指が、くちびるが…あたしのそんなところに触れていると思うだけで、電流が走るような刺激。鳥肌すら立つ。
 更に平次の手が最後の砦にかかる。
「あ…、や……!」
 抗ってみても、体は平次に従順で。
 少しずつ指を滑らせ、その場所に侵入しようとしている。足を開かせようと平次の膝が割って入る。
 ああ、もう抗えない。
 ゆっくりと捉えられ、あたしのその部分は平次の指によって、いやらしい音を立てる。…恥ずかしい。もう、どこをどうされても、何をされても恥ずかしい。目をギュッと瞑って恥ずかしさと闘う。
 そんなあたしに気づいたのか、平次が再びやさしくくちびるにキスする。
「お前、むっちゃ可愛いで」
 耳元で囁かれるとドキリとした。
「可愛い…」
 もう一度囁かれると、なんだかすごく安心した。
「好きやで…」
 この言葉で、あたしはもはや魔法にかかったように、暗示にかけられたように平次の言いなりと化した。
「平次……」
「もっと声、出していいで」
 平次の指が執拗に愛撫を続ける。あたしはためらいながらも、声を洩らす。
 いつのまに、平次は自分の服をすべて脱いでいた。裸の胸にドキリとしながら、その下半身に視線を下ろす。
 は、裸……!
 あらためて、あたしは思った。
 今、あたしらセックスしてる。
 大人になろうとしてる。
 これってすごくいやらしい体勢で、頭に浮かんだ構図に自分と平次を組み合わせる。
 キャー!あたし…あたし、こんなことほんまにしてるんや。
 …嘘みたい。
 平次とこんなことしてるなんて夢みたい。
 平次だってはじめてのはずなのに、どうしてこんなに冷静?

 そして、もう一度くちびるが重なり、きつく平次があたしを抱きしめた。
 太股に平次の固いものが触れ、驚く。これが…その…、あたしに入る?
 間もなく、少しずつ、平次が入ってくる。
「痛いっ」
 思ってもみない激痛。あたしの声に平次は怯む。
「ごめん、大丈夫か?」
「うん…」
 本当は大丈夫なんかじゃないけど、後戻りはできなかった。
 もう一度、平次は試みる。ゆっくりゆっくりと。
 やっぱり痛いけど、大丈夫。平気平気。


 そして、ようやくあたしたちは一つになった。
 溢れるあたたかい気持ち。この安堵感はなんだろう?
 不思議不思議。
 体を合わせるってしあわせが倍増するんだと知った。
 平次は体を何度も激しく揺らして、あたしの中で埋没した。熱い体があたしの上で重なったまま。平次の荒い息遣いに愛しさを覚えて、あたしは平次を強く抱きしめた。


 しばらくして、冷静さを取り戻したあたしは、あることに思いを巡らし、ハッとした。
「平次、こんなことしたら…!」
 …妊娠するやん。言いかけて言えなくて、口をつぐんだ。
「なんや?」
「あ…、そやから、その」
「ああ。それやったら、これ」
 ニッと笑った平次の手に、家族計画の小箱。
 うわっ、コイツ!!
「なんかちゃっかりしてるんやなぁ。」
「…ったりまえやろ?」
「それ、いっつも用意してあったん?」
「いっつもってなんや!」
「そやから、ずーっと前から買ってあったんかってことやん」
「これ買うたんは…実は半年前で……」
「な!!半年も前から!?ってどういうことなん?」
「いや、そやから、そのぉ…」
「あたしがここ来るたびに狙ってたんちゃうやろな?」
「はははははは」
「エ――ッ!!」
 知らなかったあたしの方がどうかしてた?
 平次はそんな前からあたしのこと、そう言うふうに見てたってこと?
 あたし、いっつも暢気な顔して、ここで受験勉強一緒にしたり、遊びに来たりしてたやん。ひょっとしてあたしってものすごい鈍感?けど、そんな用意までして、指一本触れへんかったなぁ、平次。

「まさか、平次…今日がはじめてとちゃうとか……?」
 訝しげな目を向ける。
「アホか!オレはお前以外抱いたりせえへん!」
 その平次の熱烈な台詞に驚いた。ちょっと怒ったような平次の態度になぜか涙がこぼれる。
「ごめん…」
 謝っても、それでも涙はとめどなく流れた。
「お、おい和葉……なんで泣くねん…?」
「…なんでも…ない…」
「なんでもないって、そやったらなんで…」
 平次があたしを見ておたおたしている。
 だけど、なんか止まれへんねん、この涙。なんなんやろ?自分でもようわからへん。
「オレ、なんか傷つけてしもたんか?お前のこと…」
 心配そうに顔を覗きこむ平次。
 ちゃうって。全然ちゃうよ、平次。あたし、多分うれしかったねん。
 あたしは言葉にならずに、ただただ首を横に振った。
「和葉…」
 あたしの態度が不可解なまま、どうしたらいいのかわからず取った平次の行動は、ただあたしを抱きしめることだった。
「なんかわからんけど、泣くな…」
 そう言われて、あたしはまた、平次のやさしさにうれしくなる。子供みたいにえんえんと声を上げて泣いてしまった。


 卒業式のあと、二人で過ごしたこの大切な時間。あたしはずっとずっと忘れない。
 もう少ししたら、離れ離れになるけれど、平次の心はいつもあたしのそばにある。
 …これは二人の約束。
 
 『これからずっ―と、一緒に歩いていこな。』


++++fin++++

*なんとか書き上げましたが、なんとなく変わり映えしない気がするのは気のせいではないでしょう。やはり、こういうのは似通ってくるもので。和葉視点ではこうなる、と。でも平次視点では?案外、冷静そうに見えて、実際ドキドキしてるに決まってるよねー?その辺は男の子ではないので、わたしにはわかりません。それともこういうときは結構度胸すわるもんなんでしょうか?これって永遠の謎?(笑)<2000.10.7>