夕焼けが染まる空の下 風丘はるな
⇒このお話しは宮幡尚美さんの「降りしきる雨のよう」のその後を想定して作りました。
あれから1ヶ月が過ぎた。
和葉はあの日のことを思い返しては、ポッとしたり、ドキドキしたり、妙に恥ずかしくなったり、そんなことを
繰り返していた。あれ以来、なぜか二人でいると息が詰まりそうにすらなる。苦しい。なのに不思議なことに
心は和んでいた。満ち足りていた。
二人はごく普通の巷で見かける彼氏と彼女のように、映画に行ったり、お茶を飲んでは他愛ない話しをしたり…
そんな日々を過ごしていた。
ただ、平次の態度がおかしい。いつもうわの空なのだ。あんなことがあったのに、なぜかあれ以来、キスどころか
触れることすら避けているように感じられる。一番平次らしくないのは、度々目をそらしたりすることだ。
(絶対おかしい。なんで?いっしょにいても楽しくないの?
言いたいことあるんなら、はっきり言ってくれたらいいのに…)
戸惑いを隠せない和葉だった。
そして、ある日。学校からの帰り道。
「なぁ、平次…。なんか考え事でもしてるん?言いたいことあるんやったら、はっきり言うたら?」
遂に和葉は押さえきれず思いをぶちまけてしまった。
キリリとした目で真っ直ぐ平次を見る。
一方、平次は、そんな和葉を一瞥しただけで、困ったように頭をかいた。
「どうしたん?」
更に一歩近づいて和葉がマジマジと平次を見る。
「行こ。」
和葉の問いかけに答えもせず、平次は足早に歩きはじめた。わけもわからず追いかける和葉。
「どこ行くん?待ってよ、平次!」
和葉の声にようやく平次が立ち止まった。
「うち帰るねん。和葉も来るか?」
「?」
「寄ってくやろ?」
「う・・・うん。」
うなずいたものの平次の意図するところがわかった気がする和葉は顔を赤らめうつむいた。
「ほな、行くで。」
強引に、今度は和葉の手を取る。手を取られながら和葉は「手をつなぐなんてはじめてかもしれない」と心は
踊っていた。平次の手は厚くて大きかった。
「ただいま。」
当たり前のように玄関を開け、我が家へ入る平次。
「おかえり。早かったなぁ。」
中から平次の母親の声が響く。
和葉にとっては何度となく踏み入れたことのある場所──のはずなのに、今日はその一歩が重かった。
「こんにちはぁ。お邪魔しまーす!」
それでもいつもと変わりなく元気に挨拶をしてみる。と、中から平次の母親が顔を出した。
「和葉ちゃん、いらっしゃい。なんや久しぶりやねぇ。」
「おばちゃん、こんにちは。」
もう一度、今度はぺこりとお辞儀する。
「平次、悪いけどこれからちょっと出てくるわ。…枚方のおばちゃんとこ。ちょっと遅なると思うし…。ごはんは
作っといたからあっためて食べてな。お父さんも今日は泊まり──。」
せわしく身支度をしているようだ。
「うん、わかった・・・。」
「ほな、行ってくるわ。和葉ちゃん、すれ違いでごめんな。ゆっくりしていって。」
そう言って玄関ノブに手をかけた平次の母親だが、ふと思い出したように付け加える。
「平次。あんた和葉ちゃんに変なことしたらあかんで。わかってるな?」
本気なのか冗談なのか…。ドキリとする二人だった。
「なにアホなこと言うてんねん。」
真っ赤になりながらそう言う平次に気づきもせずに、にこやかに平次の母親は出かけていった。
そして、平次の部屋は2階。トントンと階段を登りつつ、平次の後姿を見つめる和葉。
(また二人きりや・・・・)
鼓動が高まっていく。
平次の部屋──。
「なんかここ来るの久しぶりな気ぃするわ。いつ以来やろ?」
明るく話す和葉だったが、それが照れ隠しなのは見え見えだ。
平次が自分の家へ誘ったわけはわかっていた。そしてわかってついてきた…。そんな自分が恥ずかしいと思う
和葉だった。
「それにしても、いつ来ても殺風景な部屋やなぁ。──あ。この本、平次もこれ読んだん?うちもこれ・・・。」
しゃべりつづけるしかなかった。この鼓動の高鳴りを打ち消すために…。
そこへ口を挟むように平次が言った。
「こっちけーへんか?」
ベッドに座って、その傍らを指差す。
「うん・・・。」
和葉は、素直にうなずいて平次の隣に腰掛けた。
──二人の間に緊張が走る。もう和葉には何のコトバも見つからない。沈黙が続く。
口火を切ったのは平次の方だった。
「うわぁ〜〜〜〜!オレ、もうこんなんあかんわ。」
「え?なに?平次・・・?」
狐につままれたように和葉はなにがなんだかわからない。
「気ぃ悪せんと聞いてや。…オレ、もうこんな緊張したり煮詰まったり・・・こういうのアカンわぁ。このなんて言うか
重ーい空気?もう息苦しィてたまらん。オレがオレでないみたいになってるやろ?」
ここで一呼吸を置く。和葉の中になにやら悪い予感が芽生え、先を聞くのが怖いと感じていた。
「和葉は前から和葉で、いっつもちっちゃいときからいっしょに遊んでて・・・今更こんなん・・・絶対変や。変やねん。
前みたいに気楽に付き合えたら・・・むかしのまんまやったら、どんなに楽やろ。…そう考えた。・・・。」
「それ、どういう意味なん?」
和葉は泣きたいような気持ちになってきた。
「ちょー待って!話しはこれからなんや!」
平次は口を挟む和葉を遮った。
「そやけど…オレ、もう前みたいには和葉のこと絶対見られへん。・・・もうオレにとって和葉はそんなんと
ちゃうねん。オレ・・・・オレな、ホンマこんなんメント向かって口にだして言うことって絶対ないって思てたんやけど。
(でもあの日も自然に言えたっけ・・・)オレな、おまえのこと好きなんや。」
びっくりする和葉。悪い妄想ばかりしてしまっただけに心の中では「うそーーー!」と叫ばずにはいられなかった。
「ここまでの話し、わかったか?」
和葉は「うん」とうなずく。内心、飛び上がらんばかりにうれしいのだが冷静なふりをしている。
和葉の様子を見て、意を決したように平次は言った!
「そ、そやからな、オレ、もう我慢でけへんねん!」
・・・どうやらこれが本音らしい。言うが早いか平次は和葉を押し倒していた。
「平次ぃ!ちょっと待って。ちょっと待ってよ!」
抗う和葉。
「ちょっと、平次。それはないんちゃう?」
強い口調で異議を申し立てている。
「え?」
平次は和葉の上に乗ったままで不思議顔になる。
「こういうんは・・・もうちょっとムードとか…ホラ、その・・・順序っていうのがあるんちゃうの?」
「ムード?」
「もうちょっと部屋暗くしてみる・・・とか、もっと気の利いた台詞のひとつも言うてみる・・・とか・・・。」
言いながらも恥ずかしげに目をそらす和葉。
「そんなん、オレの性にあえへん。・・・それやったらなにか?いちいち『死ぬ時はいっしょだぜ』とかなんとかキザな
台詞、言うたらええんか?うわっ、さっぶー。」
「ちゃうやん、もう───!あんた一言多いねん。・・・『我慢でけへんねん』はないやろ?もう露骨なんやから・・・。」
「ほな、なんて言うねん?」
「そ、そやから・・・・やさしく抱きしめる、とか・・・・そういう・・・・。」
和葉の顔が真っ赤に染まる。
平次、ニヤリ。
おもむろに立ち上がりカーテンを引いて電気を消す。そして再びベッドに腰掛けると和葉の肩をそっと
抱き寄せ、耳元でささやくように・・・。
「和葉、オレ、おまえが好きや・・・。」
・・・そして抱きしめる。和葉の胸の鼓動が伝わってくるのがわかった。
「こんな感じでええんか?──ほな!」
そう言って再び和葉を押し倒す平次だった・・・。
「そやから一言多いって・・・。」
また口をついて出てきた和葉の文句を平次は今度はくちびるで遮った。和葉のくちびるに自分のくちびるを
押し当て、そしてそっと舌を絡めていく。和葉の体の力が抜けていく。次第に緊張していた和葉のそれが微かに
反応をしめす。そして耐え切れず声を漏らした。と、同時に平次は和葉から顔を離した。そして、固く目を閉じて
いる和葉を見つめた。いつのまにか和葉の腕はしっかりと平次の背中にまわり、それはすがりつくように、身を
任せるように・・・。
そんな和葉がとても愛しかった。その頬に額に、そして再びくちびるにと、やさしくくちづけをする。
和葉の反応を見つめる平次。その視線に気づいたのか和葉がそっと目を開けた。しばし見つめあう二人・・・。
平次はやさしく微笑み、和葉の前髪をかきあげながら言った。
「おまえ、めっちゃかわいいなぁ。」
今度は両手で和葉の頬を撫でながら軽くキス。
「平次のアホ・・・。」
言葉とは裏腹にクスクス笑いながら、和葉は平次に抱きついていた。そして今度は和葉が平次の上に
乗りかかるようにして、頬を撫でながらのキスを返した。
カーテンの隙間から、夕焼けの赤い一筋が二人に届いた。まるで二人を結ぶ赤い糸のように、それは真っ直ぐ
高い空へとのびていた。
(そこから先は二人の世界。覗き見厳禁。悪しからず。)
平次と和葉のラブ・ゲームはまだまだつづく・・・。かも。