プライベート☆アイ
<恋ふたたび:サイドエピソード1>
作・華



オレは歩美が好きだ。ず〜っと昔から好きだった。
誰がなんと言おうと好きだ。悪いかっ!
オレが誰かって? 元太だよっ!
小・嶋・元・太。


歩美はかわいい。それだけじゃなくて素直でいい子だ。
だから小学校の頃からよくモテた。
ラブレターをもらったり、告白とかもされていた。
だけど、オレは全然安心してた。
歩美の好きな奴を知っていたからだ。
残念だが、それが叶わぬ恋であることも。
歩美は自分のことを好きになってくれない奴を
好きになる体質だった。

そもそも、コナンって奴が
現れたのが間違いの始まりだった。
歩美は何でも出来る、ちょっとこまっしゃくれたコナンを
すぐに好きになっちまった。おそらく歩美の初恋だろう。
コナンはいい奴だったから、オレも好きだったが
少々、うさん臭い奴だとも思っていた。
オレの勘は、的中した。

ある日、コナンは突然いなくなり
工藤新一という行方不明だった探偵として
オレたちの前に戻ってきやがった。
蘭姉ちゃんは、新一が戻ってきたとすごく喜んでた。
蘭姉ちゃんが喜ぶ姿を見るのは、オレたちも嬉しかったが
新一は、やっぱりコナンだ。
オレはコナンが戻ってきたと思っている。
あいつはなんだって、小学生の歩美をたぶらかしやがったんだ。
オレは絶対、新一なんて認めないぞ。
これって、毛利のおぢさんと同じ台詞じゃねぇか。
おぢさんと同じってのもなぁ…。
やっぱ、探偵としては新一のが数段上だしな。
いや、いや。それとこれとは別だ。
新一を認めたって、わけじゃねぇよ。
間違えんじゃねーぞ!

だいたい、蘭姉ちゃんも、蘭姉ちゃんだ。歩美に甘すぎる。
結局、新一に憧れてぽぉ〜となっている歩美が
新一のやつと一緒に過ごせるように
何かと理由をつけて誘っている。
子供とはいえ、自分のだんなに惚れてる奴を
大事にする気が知れねーな。
まあ、そのおかげでオレも
新一に、ただで家庭教師をしてもらって
落ちこぼれずに済んだのは、分かっているけどよ。

歩美が、ようやく幼い初恋から卒業できたのは、
小学校の卒業式の日だった。
卒業式が終わったあと、オレと光彦は歩美から呼び止められ
重大発表があるから、今晩付き合ってくれと言われた。
何の事はない、毛利探偵事務所で
卒業祝いと歩美の「コナン卒業式」が行われたわけだ。
勝手に付き合って、酔いつぶれていたのは毛利のおぢさんだ。
おぢさんにとっては、飲む口実だったのかもしれない。
でも、蘭姉ちゃんのかあちゃんは、歩美にいろいろ話をしてやっていた。
事件のときとかは、『すげぇこえー』けど、本当はあったかい人なんだよな。

で、コナンのことは卒業したが、それからは、もっと最悪だった。
中学に入ってからも、オレと歩美と光彦はいつもつるんでいた。
少年探偵団としても活動していたし
ちょっぴり癪だが、相変わらず新一から勉強も教わっていた。
もっとも光彦は、抜群に成績がよかったから
学校の勉強でないことを教わっていたみたいだ。
オレには分からん。
そう、次に歩美が輝く瞳で見つめたのは
なんと灯台下暗し、ほかでもない光彦だった。

そりゃぁ、光彦のほうが勉強は出来るが
野球じゃオレにかなわない。
でも、あいつはバスケがうまかった。
中学2年の夏休み頃から背が伸び始めた光彦の
そのすらりとした体で決めるシュートは
女の子の黄色い声を聞かなくたって
かっこいいことは分かりきっている。
だけど、なんだって歩美が
光彦を好きにならなくちゃいけないのか。
光彦は、コナンと一緒に現れ
そして、完全に姿を隠しちまった灰原のことを想い続けている。
そんな光彦を見て
歩美はよく、私は新一さんと会えただけでも幸せだと
言っていたんじゃねーのか。
光彦の気持ちは、よく知っているはずなのに。

歩美は剣道部で頑張っていた。
竹刀を構える凛とした姿は、すげえ綺麗だった。
しかし、そう思うのは、オレだけではなかったようだ。
歩美は相変わらずモテて、よく告白なんかされていた。
でも、今回も、幸か不幸か全く心配はない。

なぜオレが歩美の告白話を知っているかって?
歩美は、答えは出ているくせにどうしようって
いつもオレに相談する。
でもって、オレはいつも同じことを答える。
そいつのことが、好きか好きになれそうだったら付き合う
今好きな人のほうが好きだったら、断ればいいと。
いつも同じ会話だ。
いいかげん、慣れてもいいと思うが
そこが歩美のいいところで、いつも本当に真剣に考える。
わかっている答えを。相手の奴は、
その歩美の真剣さを分かっているのだろうか。
ろくに知らない奴の気持ちを、きちんと受けてとめている歩美を。
おそらく、光彦も歩美と同じように告白攻勢にあっていたのだろう。
オレは?...そんなのどうだっていいだろっ!

歩美は光彦に、新一の影を見ていたのかもしれねーな。
何でもスマートにこなしちまうところは、あのキザ野郎とそっくりだ。
でも光彦は皆に気を配って
いつも自分のことは後回しにしてしまうようなマヌケだ。
そう、細やかで優しいとも言うな。
オレが、こうして光彦を誉めてやっても仕方ないが
あいつがスマートに何でもこなせるのは、日頃の努力の賜物だ。
それをオレや歩美は、よく知っている。
新一も努力した時代があったのかもな。少しは認めてやってもいいか。
オレも光彦を通して、新一を見ているのかもしれない。

それにしても光彦は、コナンに負けず劣らず
女心には果てしなく鈍い奴だった。
まったく歩美の気持ちに気づいていない。
そのくせ、オレの気持ちは良く分かっていてくれた。
不思議なことだ。
さすがに歩美のことは言い出せなかったが
何でオレの気持ちが分かるのか、光彦に聞いてみた。
「元太くんは、昔から歩美ちゃんのことが、好きだったじゃないですか。
からだ全体でそれを表していますよ、今も昔も変わらずに」
けっ、聞かなきゃよかったぜ。生意気なことを言いやがる。

そんな会話があってから
なぜか、オレと歩美が二人で過ごす時間が増えていった。
光彦は気をきかせたつもりだろうが、あんまりいい考えとはいえねぇな。
なんといっても歩美の好きなのは光彦だから。
オレは歩美の話を聞いてやる。その場にいない光彦の話をだ。
何にも知らない野球部の連中は
オレと歩美が付き合っていると誤解していた。
そして、オレは、身に覚えのないやっかみを受けることになった。
しつこいようだが歩美はモテる。

まあ、オレが横にいたことで
歩美が変な奴と付き合わずにすんでいたのかもしれない。
歩美は本当に好きな奴としか付き合う気がないから
しつこく言い寄られたときにオレが出て行くと、一件落着って寸法だ。
歩美には「何かあったら必ず守るから、隠さずにオレに言え」と伝えてあった。
腕っ節には自信があったし
それは知られていたから、オレが出て行くと皆引き下がった。
オレにかかってくる奴はいなかった。まさに用心棒だな。
蘭姉ちゃんに、武道はやたらと振りかざすものではないと
厳しく言われていたが(蘭姉ちゃんも、そこんとこ考えろよな)
かかってくる奴がいないから問題はない。

…「光彦卒業式」のときの歩美は荒れたなぁ。
あいつにとって、ホンモノの失恋だろう。
さすがに光彦がいる場で、やるわけにいかないから
極秘で新一の家へ集まっての会合となった。
歩美は蘭姉ちゃんの胸で思いっきり泣いていた。
「蘭姉ちゃん、オレも泣かしてくれよ」と冗談で言ったら
新一が本気でオレの頭を殴りやがった。
オレだって命は惜しいぜ、冗談に決まってるだろっ。

大学に進学してからも、少年探偵団としての活動をしていたので
オレたち3人は、一緒に過ごすことが多かった。
ある日、光彦はミスキャンパスから交際を申し込まれた。
積極的なアタックで悩んでいるようであったので
付き合ってみたらどうかと言ってみた。
まさか、本当に付き合うことになるとは思わずに。
中学、高校時代にも光彦はよく告白されていたが
光彦にその気がないのは知れ渡っていたので
それ以上、深追いをする奴はいなかった。
しかし、大学では少しばかり有名人といったって、学生の人数が違う。
光彦がどういう奴かなんて、分からないよな。
その気がないことは知らないから、積極的にアタックして
ついにはデートまで、こぎつけたらしい。
光彦もその情熱にほだされて、付き合っているうちに
好意を抱いたってやつだ。よくあるパターンだな。

しかし、オレの前には難題が突きつけられた。
歩美だ。
灰原じゃない奴といとも簡単に付き合い出したことに
少なからずショックを受けている。
「光彦卒業式」をした手前、オレの前では気丈に振舞っていたが
長年の付き合いだ。オレに隠し通せる筈もない。
オレでさえ、光彦に灰原でない恋人が出来たのは信じられない。
こんな展開になるのなら、オレがさっさと歩美に失恋してあきらめて
その後、歩美が光彦に積極的なアプローチをしていたら
案外うまく行ったのかもしれない。
オレが歩美のことを好きだから光彦にとっては
好き、嫌い以前に歩美は恋愛の対象から外れている。

今からだって遅くない。
オレは一大決心をして、歩美にあることを伝えることにした。
「なあ、歩美。光彦がおまえのことに気づかなかった理由、知ってっか。
光彦の友達が歩美のことを好きなんだよ。
だから、歩美は光彦の恋愛対象から、もともと外されているんだ。
オレのいっている意味わかるか」
「うん、よくわかるよ」
「だから、その友達が歩美をあきらめたことを光彦が知った後に
歩美がアプローチすればうまくいくと思うんだ。
オレ、光彦が灰原以外の奴と付き合うとは思ってなかったから
今までそんな風に考えなかったけど」
「元太くん、ありがとう。
歩美のこと心配して、そんな風に言ってくれているんだよね。
歩美は大丈夫だよ。うそなんて、ついてくれなくてもいいんだよ」
「今からだって、遅くないと思うぜ」
「ううん。私、光彦君の気持ち、分かる気がするの。
今はきっと自分を見失っているんだと思う。
だから、心の奥の気持ちに気づいたときにどうなると思う。
相手の子はふられちゃうよね。
だから相手の女の子のこと、羨ましいと思わない。
今の光彦君、なんとなく隙があるような気がして
もしかして今だったら、うまくいくかもしれないって、わたしも考えてた。
ばかみたい、いつかふられることは分かっていても
灰原さんの代わりになれるのは、私しかいないって思っていたの。
わたしね、同じ人に何度も失恋したくない……もういいよ…」
オレは何も言えなかった。
歩美はオレが歩美のことを好きだなんて
夢にも思っていないようだし
光彦に対する切ない思いも、受け止めてやることが出来ない。
オレはどぉしたらいいんだよぉ〜。

歩美は、辛い気持ちを表すかのように
交際を申し込んでくる男と、手当たり次第付き合っていくようになった。
でも、彼女が相手の男を好きになることはなかった。
付き合っては、別れるを繰り返していた。
そんなことを1,2年続けていたっけ。
オレはといえば、歩美が悪い奴から逃れられなくならないように
目を光らせることしか出来なかった。
新一のアドバイスを受けながら、相手の男の素行調査を必ずした。
今まで何人の調査をしただろか。
とにかく、今までの男は特に問題はなかったが
今回の男は、ちょっとヤバそうだ。
クスリをやっているという噂が、複数の情報筋から聞こえてきた。
歩美には、こんな調査をしていることは秘密だ。
しかし、これは伝えなくてはならない。

急いで、光彦と一緒に歩美を探したが、
どうもタイミングが悪く、歩美がつかまらなかった。
歩美と仲のいい女の子に聞いたら
今日はそのヤバイ男とのデートだった。
行き先を聞いて、急いで追いかけた。
携帯にメールを入れることも考えたが
そいつに見られたらまずいので、やめておいた。
とにかく歩美たちがイタリアンレストランに入るところで見つけた。
力ずくで歩美を連れ出すことは簡単だが、なるべくトラブルは避けたい。
携帯は留守電になっていたので
店に電話をして、歩美を電話口に呼び出した。
「歩美か?オレだ、元太だ。いいか、相槌を打つだけでいい。
おまえはなにもしゃべるな」
さすが探偵団、こういうときの連携は完璧だ。
「今度のおめぇの相手の男、ヤバそうだ。クスリをやっているらしい。
クスリを使って、女の子にヤバいこともするらしい。気をつけろ。
オレは、おまえたちを尾行する。
何かありそうだったら大声で叫べ。オレが必ず助けてやる。
急に帰ることにして、奴を刺激することはない。
食事だけは済ませろ。そこで帰るようにすればいい」
「ありがとう、わかった」

光彦が車を持ってきてくれた。さすが気がきいている。
どういう展開になるのか分からないので、念には念を入れての準備だ。
歩美たちの座っている席は外から見えないが、店に入ってから2時間近くたつ。
そろそろ出てくるかと思ったとき、店の前にタクシーが止まった。
歩美が相手の男に抱えられるようにして出てきて
2人はそのタクシーに乗りこんだ。
光彦がオレと視線を合わせると、急いで車のエンジンをかけた。
オレも光彦も車での尾行は、あまり経験がなかったが
相手が尾行を警戒している可能性は低かったので
慌てずタクシーのあとを追うことにした。
「歩美の奴…気をつけるようにって言っておいたのに」オレは唇をかんだ。
「元太君、彼はいろいろな女の子にそういうことをしてきたんですよね。
そうしたら、慣れていて当たり前ですよ。元太君が悪いわけではありませんよ」
光彦が急にアクセルを踏んで、オレは思わず座席を掴んだ。
「おい、赤信号だぜ」
「そんなこといっていられる状態ではないでしょう。見失うわけにいきませんよ」
「ああ、そうだな」
オレは自分の判断が間違っていたことを悔やんでいた。
まさか、今日、睡眠薬を盛られるとは思っていなかった。
いや、よく考えてみればそうかもしれない。
歩美は長続きしない女だってことは承知の上だろう。
短期決戦で相手も臨んでくるのは、自然なことだ。
まずったな…。のどの奥に石が積まれているような嫌な感じがした。
  
あるマンションの前にタクシーは止まった。
オレたちは1ブロック手前に車を止め
タクシーが走り出すのを見届けると、その男に近づき声をかけた。
「さいふ、落ちましたよ」
かがもうとする男に、すかさずもう一言。
「大丈夫ですか。その女性を支えていましょう」
「すみません」
オレの拳がその男の顔面に命中すると同時に
光彦が歩美を抱えて、その場から離れた。
オレは反撃に備えて構えたが、その男は一発でのびちまった。
手加減したんだがなぁ。
これじゃあ、警察に突き出したオレらが、悪者になっちまうじゃねーか。
ぼんやりと倒れている男を見ていると
マンションの玄関のところに光彦が車を回してきた。
「元太君、歩美ちゃんは後の席です。様子を見てやってください」
「ああ、わかった」
光彦から渡された電気のコードで、男の手を後ろ手に縛ってから
車のところへ行った。
「たぶん、睡眠薬だけだと思うんですけど、元太君どう思います?」
「光彦がそう思うんだったらそうだよ」
「歩美ちゃんのことは、元太君が一番よく知っていますからね」
そう言いながら光彦は携帯のボタンを押した。
「木刑事ですか?光彦です。実は…・・」
手際良く状況を説明して、アドバイスを求めている。
「はい、大丈夫です。わかりました、僕がここに残ります。
車もありますし、そちらは元太君にやってもらいます。
よろしくお願いします」
光彦はいったん携帯を切ると、またどこかへかけている。
「夜分すみません。円谷光彦です。
はい、新一さんの…友達ではありません…はい。
実はお願いがありまして…」
光彦はその電話で、歩美の採血を依頼していた。携帯を切るとオレに言った。
「さっき、高木刑事と相談したように僕がここに残ります。
木さんが、どなたかを派遣してくださるそうです。
その前に元太君は、新出先生のところに歩美ちゃんを連れていってください。
先生のところは、すぐですからね。
先生に採血してもらって、その足で検体を持って警察へ行ってください。
美和子刑事か木刑事どちらかが、いるようにしてくださるそうですので渡してください。
すぐに分析に回してくれるそうです」
「おう、わかった。血液中に睡眠薬が含まれていることを調べるんだな。
じゃあ、まずは新出先生だな」
「ええ、お願いします」

歩美の血液からは、多量の睡眠導入剤が検出された。
オレたちは、その報告を木刑事から受けていた。
「元太君や光彦君が、ついていながら……」
と木刑事が言いかけたが、
そのときのオレの表情を見て取った美和子刑事が
木刑事の言葉を遮るように言った。
「ワタル…彼らは分かっていると思うわ…これ以上追い詰めないであげて…」
「…美和子さん…。…そうですね…僕が言うべきことではありませんね」
木刑事が、優しく微笑んだ。
こいつら、結婚して何年経ってんだ? 
こんなときにまで、ラブラブするなよっ!!
そして、美和子刑事ちょっぴり頬染めながら
オレたちのほうを向き直って言った。
「歩美ちゃんは何ともなかったんだから、気にすることないわ。
元太君が歩美ちゃんの不安定な行動を
フォローしていたことは、工藤君から聞いているわ。
だから、彼女は助かったの。事件を未然に防いだのよ」
光彦がうなずいてくれていた。
オレは少し心が軽くなるような気がした。
高木刑事が言いたかったことも分かる。
好きな女のことは、ちゃんと守れってことだろ。
きっとオレの力も、少しは認めてくれているってことだよな。
だからこそ、あえて言おうとしたんだよな。

美和子刑事は、更に続けた。
「でも、これで終わりじゃないわ。
歩美ちゃんには、これからも付いていてあげたほうがいいと思うの。
あの男の仲間はまだいるわ。逆恨みされる可能性も除外できないのよ。
警察の仕事と思うかもしれないけれど…。
危険度からいったらかなり低いものだから
私たちが簡単に動くというわけにもいかないの」

オレはもう、そのつもりで仲間内には宣言していた。
オレがそれを言い出すと
あいつらは、オレの頭をなでながら、にこにこ微笑みやがった。
光彦、新一、蘭ねーちゃんが、もう相談していたことらしかった。
オレの用心棒人生は、不幸にも、ここに来てホンモノとなっちまった。
歩美を襲おうとした男には
余罪もかなりありそうだったので
警察による本格的な捜査が始まっていた。
歩美の件は証拠不充分で、事件として扱われなかったが
歩美には蘭ねーちゃんのかーちゃんがついて
法律的な助言ってやつをしていた。
歩美はいつあの男の仲間から狙われるか分からないので
オレがいつも影のようについていた。

その後、事件は解決したが、歩美はオレから離れなかった。
オレは事件の恐怖が残っているのだろうと単純に解釈して
以前と同じように接していた。
事件が解決した後、どのぐらいしてからだろうか。
少なくともオレが気づいたときには
オレが歩美を誘って、出掛けるようになっていた。
そうせずにはいられないほど
歩美は考え込むようになりふさぎ込んでいた。
家に閉じこもりがちになっていった。
自分のいいかげんな行動の結果
あんなことになっちまったんだから仕方ない。
あいつは元々そんな行動を取る女じゃなかったから
その心の傷は計り知れない。

オレがこんなことを相談できるのは、光彦や新一しかいない。
あいつらのような野暮天に
女のことを相談しなければならないオレは
情けないことこの上ない。
しかし、あいつらは女のことはともかくとして
いい連中だから、きっと歩美にとって一番いい方法を考えてくれるだろう。
しかし、あいつらは無責任にも、オレが歩美を誘って外に連れ出せと言ってきた。
女の子がいやがっていることを無理やりさせるのは、オレの趣味じゃねーが
あんな歩美を黙ってみているだけなのもたまらない。
オレのモットーは行動あるのみ。

まず、歩美のかーちゃんに電話をして様子を聞いてみた。
外には出たがらねーようだが、食欲はあるらしい。
おぉ〜。オレ向きの所に誘えそうだぜ。俄然やる気になってきた。
手始めに、歩美んちから、さほど遠くないうなぎ屋に連れて行くことにした。
やっぱ、うなぎははずせない。
歩美のかーちゃんにだけ連絡して、歩美の家へ行ってみた。
玄関のチャイムを鳴らすと、歩美のかーちゃんが出てきて小声でオレに言った。
「元太君ありがとう。いつもと様子が違うけどよろしくね。
実はね、誰が誘っても知らん顔だったんだけど
元太君が来ると伝えたら、出掛ける支度を始めたのよ」
えっ…。それって、どういう意味だ…何だか混乱しているうちに歩美が出てきた。
「おかあさん、なんか変なこと言わないでよっ」
歩美はおしゃれをして、オレを待っていてくれた。
少し拗ねて、尖らせた唇に薄い桜色のルージュが輝いて
オレの心拍数は跳ね上がった。
前にオレが『すげぇにあってんぜ』って
誉めたことのある服を着ていたのも嬉しかった。
サーモンピンクのワンピースに白っぽいベージュのボレロを羽織っている。
まさかあいつが覚えているとは思わねーが、うまく行きそうな予感がした。
歩美とオレの付き合いじゃなくて、歩美の気持ちをほぐすことのほうだよっ!!
「歩美、かーちゃんから聞いてっか。
晩めしを食いに行こうぜ。大丈夫か。外に出られるか」
「元太君、心配かけちゃってごめんね。大丈夫。ねえ、どこに行く?」
「ああ、やっぱ『うな重』だろ」
「あはは。元太君、何かっていうと『うな重』だもんね。
そういうんじゃないかと思ってたんだ」
考えていたより、ずっと元気そうな歩美に安心した。
この夜は、歩美とうな重を食ったあと
歩美んちに寄り、帰りがけに買ってきたケーキを
歩美んちで食ってオレは帰った。
オレの頭には謎だけが残された。
はっきり言って、歩美はいつもと変わらなかった。
どーなっちまってんだ?
オレは歩美に変化に気づくことにだけは、自信を持っていた。
今のオレは、それに気づかなくなっちまうほど、ヤキまわっちまったのか。
なんだかよくわかんねーよ。

その後、歩美が出掛けたいと言ってくることはなかったが
オレが誘えばいつも来てくれた。
ただ出掛けるだけならいいだろうと、オレは自分を誤魔化していた。
オレは変わりなく、歩美のことが好きだった。
ただ、歩美を助けたことにつけこむことような気がして
それ以上、積極的に出られないでいた。
時々、歩美はオレが今までに見たこともないような
すげぇ綺麗な微笑を見せることがあったが
はにかむような仕草に、その微笑みはすぐに隠れてしまっていた。
それをオレは、どう考えていいのか分からなかった。
歩美は、もしかしたらオレのことを…。何度かそう思いかけた。
しかし、そのたびにオレはそれを打ち消した。
歩美はオレの分からないところで、深く傷ついているんだ。
それにつけこむような行為は最低じゃないか。
オレらはいつも一緒だった。なんとも不思議な関係だった。
周りは当然、オレらのことを恋人同士だと思っていた。
光彦や新一を除いては。

大学を卒業して、オレは社会科の教師になった。
がっ!男性の家庭科教員を増員するプログラムとかで研修を受けさせられて
なんと家庭科‐今は生活科ともいうのかな‐の教諭となってしまった。
野球部の顧問は、そのままだから別にオレは構わなかった。
どういう経緯でオレが選ばれたのかは分からんが
選んだやつには礼を言わなきゃならねーな。向いていたみたいだ。
特に『うな重の経済学』ってのが受けて
この前なんぞは、いろんな偉いさん方が見学に来た。
原料の原産地や生産方法、問題点から始まり、最後はうな重を食うって訳さ。
もちろん生徒を含め、オレらのメインはうな重を食うことだが
偉いさん方は、原料の供給などの講義に興味を示す。まあ、当然だな。
さすがにうなぎをさばくのは出来ねえから
オレの行き付けの鰻屋の親父に頼んで、見学させてもらって
特別割引で生徒と一緒にうな重を食うのが最終講義。
上位5人は、オレのおごり。
大半の生徒は自腹だから、毎月150円ずつ積みたてている。
しかもテストで悪い点を取ると、うな重まで行きつかねえから
結構、みんなマジに取り組んでくれる。おもしろいぜ。

歩美は、蘭姉ちゃんのかあちゃんの仕事を間近に見て
弁護士の仕事に興味を持ったようだ。
おばちゃんの事務所で仕事をしながら、司法試験を目指している。
おばちゃんが、筋がいいって誉めてるぐれえだから
そのうちきっと、「先生」なんて呼ばれるようになるんだろうな。
だけどな、おぢちゃんよぉ。
いくら歩美が頼みやすいからって、自分の仕事押し付けるなよな。
また、おばちゃんに怒られんぞ。

こんな具合で大学を卒業してからは、それぞれの仕事に忙しくて
一緒に過ごす時間は減ってしまったが、何かにつけてオレたちは会っていた。
というか、オレが誘ってたわけだが
歩美がいやがらずに来てくれるから、それで良かった。
相変わらず、オレらが付き合ってると誤解されていることについては
別に否定も肯定もしなかった。
オレの教え子たちも、完全に誤解していたな。
「先生の彼女って、すっごく綺麗な人でしょ。この前見ちゃった」
なんて勝手なことをほざく。
もっとも、オレらも新一をそんな風にからかっていたもんな。

ある時、教え子が同棲していたことが発覚して、
いろいろと奔走したときに、オレもいつまでもこんな関係を
ズルズルと引きずっているわけにいかないと気づかされた。
あんなに若い連中だって、自分の気持ちと真剣に向かい合っているんだからと。
もちろん、真剣な思いが理解できたから
彼らの卒業までは、出来る限りサポートしたつもりだ。
新一と蘭姉ちゃんの昔がダブったんだよな。

オレは自分と歩美とのことについても
いろいろ考えたが結論は出なかった。
オレが思い悩む姿は珍しかったのだろう。
歩美が随分心配してくれた。
なんだかうれしいよな。好きな女にそうして見つめられるのは。
でも、あいつがどう思っているのか、分からないからどうしようもない。
新一も光彦も無責任に大丈夫だから、ちゃんと自分の気持ちを伝えろと言うが
そんな簡単なもんじゃない。
あいつら、頭はいいが女のこととなると、からきしあてににならん。

オレなりに考えて、蘭姉ちゃんのかあちゃんに相談してみることにした。
あの人は安易な気休めは言わないはずだ。
厳しいことを言われることを覚悟で、約束のカフェへ行った。
オレがカフェか、似合わねえ…。
おばちゃんは、足を組んで椅子に浅く腰掛け、資料に目を通していた。
かっこえ〜。やっぱ、おぢちゃんにはもったいねえなぁ。
「おばちゃ〜ん」オレは場違いなことを承知で声をかけた。
「あら、元太くん早かったわね。でも、もう少しカッコ良く呼んで欲しいものね」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「そおねぇ、英理さんとかなんとか呼んでくれると、若い恋人が呼んでくれたみたいじゃない?」
「そうか?やっぱ、親子にしかみえないんじゃないか。
かあちゃんとかのほうがしっくりきそうだよ」
「まあ、そうかもしれないけど。
仮にも相談を持ち掛けるんだったら、ちょっとは持ち上げたって罰はあたらないと思うけど」
「ははは…。蘭姉ちゃんは、誰に似たんだろうな。
しっかりもののところは、おばちゃん似だけど、性格が違うもんな」
「どういう意味かしら?」
「やっぱり、おばちゃんとおぢさんとお似合いってことさ」
…おい、おばちゃん。そんなところで頬を染んなよな。
誉めたわけじゃないんだけどなぁ。
そんなにおぢちゃんのことが好きなのか。わかんねーもんだよな。

「ねえ」「あのさ」おばちゃんと同時に話し出した。
もちろんオレはおばちゃんに譲る。「どうぞ」
「元太くんの用事っていうのは、歩美ちゃんのことでしょ?」
あまりに単刀直入な言葉に、オレは返事が出来なかった。
それをいいことにおばちゃんは、どんどん勝手に話を進めていった。
「元太くんが行動を起こさなくちゃ何も進展しないわよ。
いろいろあったから、歩美ちゃんは自分の気持ちを元太くんに伝えることは
元太くんを縛ってしまうことだと思っているの。だから、彼女からは何もしないわ。
あなたたち、傍から見たら完全な恋人同士よ。元太くん、それはわかっているわね。
歩美ちゃんは、そうありたいと思っているから、あなたから離れないのよ。
そうしたら、どうすればいいか分かるでしょ?」
「どうすればいいんですか」
「やーねぇ。恋人たちの次のステージは、プロポーズにきまっているじゃない」
「へっ?ぷろぽーず??」
オレは絶句した。そもそもオレらは付き合ってもいない。
お互いの気持ちも確かめたこともない。
ついでに言わせてもらえば、手をつないだ事ぐらいしかない。それもずーと昔に。
「私の言う通りになさい。きっとうまくいくわ」
おばちゃんの言う言葉には、なぜか説得力がある。
こうして、後押ししてもらいたかったんだよな。オレは。

いつもの週末のように歩美の買い物に付き合って
食事をして歩美の家まで送っていく途中、オレは切り出した。
自分でも信じられないほど、さらりと言ってのけることが出来た。
「歩美、結婚してくれないか」
「ええ、もちろん喜んで」
簡単に、まるで当然だと言わんばかりの返事が返ってきたので驚いた。 
「えっ?ちょっと待て。オレがなんて言ったか分かっているのか。
明日、トロピカルランドにいこうと誘っているわけじゃないぞ。
そんな軽く返事できんのか」
「…うん、元太くんありがとう。歩美ね、凄く嬉しいの。
…ずっと待っていたことなのに、本当に…本当にそうなってしまうと
…なんと言えばいいのか……言葉が見つからないの…」
「本当か?本当にオレでいいのか」
「当たり前でしょ?それとも、何か元太くんが困ることでもあるの?」
「なんだかよく分かんねぇな」
「そうだよね、今まで歩美は恋人のつもりでいたけれど
本当はそうじゃなかったもんね。
でもね、元太くんが助けてくれたときに気づいたの。
歩美は元太くんと、どれだけ長い時間を過ごしてきたか。
どれだけ同じ時を共有してきたか。
そして、歩美のしてしまったことにも」
「歩美、オレが…」
「ううん、元太くんは何にも言わないで。歩美が子供だったのよ。
子供じみた恋心から、なかなか抜け出すことが出来なくて何も見えてなかったの。
馬鹿みたいでしょ。一番大切な人を失いかけて気づくなんて。
あんなことがあったから、もう元太くんには
歩美の気持ちを押し付けることは出来ないと思ったけど
元太くんに彼女が出来るまで、元太くんが誘ってくれるときならば
元太くんのそばにいることは許されると思ったの。
だからずっと離れなかった。でも歩美が誘ったことはなかったでしょ。
元太くんは恋人を作る気もなさそうだったし、いつも歩美を誘ってくれていたから
最近は、突き放されるまで恋人の気分を味あわせてもらおうと開き直っていたのよ。
でも…いつも……いつも、もしかしたらって…期待もしていたの…」
「オレは、ずっと歩美が好きだったんだ。だから、あんな事件なんてオレには関係ない。
だけど、あれから歩美の考えていることがわかんなくなっちまって。
オレどうしていいか分からなくてよ。
歩美がオレのことを見てくれているんじゃないかって
思ったこともあったけど、あんなことがあった後だろ。
気弱になっているだろうし、助けてもらった弱みも感じているだろうと思うと
それに付け込むようで、歩美を抱きしめようと思った手は、いつもこぶしを握って抑えてた」
「そうだったの…」
「なあ、歩美。この指輪似合うと思うぜ。はめてみてくれねぇか」
「…ありがとう…」
歩美の目はに涙があふれていた。きっと、どんな指輪か見えていないだろう。


初めて、歩美をこの手で抱きしめた。


感激をかみしめているオレたちの横で、何だか甘ったるい恋人たちの声が聞こえてきた。
女が「こんなところじゃダメよ」と言っているのが聞こえてきた。
なんだぁ。こんなところじゃダメなことってなんだよ。何をする気だぁ〜。
歩美にも聞こえていたらしい。オレのほうを見て口に手を当てて「しーっ」と言っている。
歩美が手招きするので見てみると、光彦だった。なんだ、あいつぅ。
歩美の口が「よく見て」と声を出さずに言っている。
「……?!」
歩美にぐいぐい引っ張られて、少し離れたところに来た。
歩美の手には携帯が握られている。
「どこに電話するんだ?」
「決まってるじゃない。蘭お姉さん」
「あ、こんばんは、歩美です。
蘭お姉さんとお話したいんですけど、今大丈夫ですか。
もしもし、蘭お姉さんっ。歩美ね、プロポーズされちゃった。うん、うん」
オレの名前を言っていないところをみると、いろいろと相談してたんだろうな。
ってことは、新一や光彦もオレが歩美に好きだと言えば、解決することを知っていたんだ。
やっぱ、あいつらにはかなわねーかもな。
いいや、そう簡単に認めてたまるかっ!

歩美は、更に話を続けた。
「それでね、今公園なんだけど。
光彦くんが灰原さんとそっくりなすっごく綺麗な女性と一緒でね。
あっつあつなのよ。んもぉびっくり! 
えっ?蘭お姉さんは、もっとすごい場面を見ちゃったのぉ。
うん、今から行っていいの?。ありがとう」
歩美は携帯のスイッチを切った。
「さぁ、元太くん!いくわよっ!!」

再び、歩美にぐいぐい引っ張られながらオレは走った。
なんだか「いつかに」戻ったみてぇだな。
歩美って、やっぱかわいい〜〜!!!!!
これからずっと歩美と一緒にいれるなんて夢みてぇだぜ。
みんな聞いてくれよ。
オレ、小嶋元太は吉田歩美を妻にするんだぁ〜。



おしまい

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