降りそそぐ雨のよう 宮幡尚美
平次が息をせき切ってその場所に着いた時には、既に和葉の姿は見当たらなかった。
後悔が平次の胸をよぎる。
家を出る時には降っていなかった梅雨明けの強い雨が平次の上に降り注いでいた 。
和葉はぼんやりと窓ガラスに滴る雨の雫を見ていた。何ともやるせない気分だ。
今日は本当に久しぶりに平次と出掛ける約束をしていた。
ここ数週間、どんなにこの日を楽しみにしていた事だろう。
その為に(その理由だけではないけど、と心の中で思いながら) 新しいオレンジ色のボートネックのTシャツを
買ったりもした。
なのにアイツは来なかった、1時間半も約束の場所で待っていたのに・・・・。
携帯は平次が「そんなもん普通はいるもんちゃう、無駄や無駄」と言うので持っていない。
平次の家に電話をしても、もうだれもいない。
どうしたのだろう、腹ただしい気分と心配な気持ちが半々に入り交じって和葉は泣きたいような思いになっていた。
表の呼鈴が雨音をかき消すようにけたたましく鳴った。はっ として階下に降りて行きドアごしに外を伺う。
「和葉、おれや 平次や。」
「平次・・・・・!」
慌ててドアを開けるとぐしょ濡れになって、帽子のひさしから雨水を滴らせている平次が立っている。
「どうしたん! その格好一体!!」
玄関に招き入れながら和葉が尋ねる。
「駅、降りたら丁度雨が降ってきてな。 そやけど、一言顔見てあやまりたかったんや。今日は悪かった、昨夜親父
が・・・・ハーックション」
「アホ! そんなん、どうでもええよ!そんなかっこうして、濡れた服、何とかせな風邪引いたらどないすんの!?」
「いや 大丈夫や。 このまま帰る。」
「なに言うてんの! 今タオル持って来るから、はよ服脱いで!」
和葉はタオルを手にしながら、さっきまでの腹ただしさや、胃が痛くなるような心配な気持ちに代わり安堵とはずむ
思いが胸の中に広がるのを感じている。
「ほら タオル・・・!」
タオルを手渡そうとして下着一枚になっている平次の姿に一瞬絶句してしまう和葉、ドギマギして目のやり場に
こまる。
平次もそれを察して、慌てて大きなバスタオルを腰に巻きながら尋ねた。
「今日 おばちゃんらは?」
「うん 親戚の法事に行って今日は泊り。 濡れた服かして、軽くゆすいでしっかり脱水すれば2時間くらいで乾燥
できると 思うわ。」
「悪いな 和葉、ほんまに。」
「そんなん気にせんとって」
にっこり笑いかけると濡れた服を抱えて洗濯場にもって行く和葉。
その笑顔が平次の心を柔らかく和ませてくれる。
「コーヒーいれるわな インスタントやけど」
「サンキュ! さすがに体が冷えてる感じやから、あったかいのがありがたいわ。」
台所の入り口の壁にもたれて、和葉の父親のシャツをはおった平次が和葉の後ろ姿を見ながら答える。
腰には相変わらずタオルを巻いたままだ。
「はい、熱いよ」
コーヒーカップを手渡そうとした和葉の手に平次の指が触れる。
和葉は思わずはっ とする、目の前にシャツを羽織っただけの平次の裸の胸が見える。
服を着ている時よりもがっちりした感じがする、いつからコイツこんなに逞しくなったんだろう。
そんな事を一瞬考えている間にコーヒーカップが手から滑り落ち床に飛び散った。
「あっあつぅ・・!」
「おい いけるか?!」
台所の手ふきを持って平次は和葉の腕に少しかかったコーヒーを拭き取ろうと腕を取った。
ぐっと掴むと和葉の腕は思いの他細くて華奢だ。
二人は 引き寄せられるように互いを見交わす。
平次の目に映る和葉の瞳に戸惑いが走る。
平次の少しキツイ印象を与える目が、真近にあると思うと唇に柔らかな感触を感じて和葉は驚きに身を引いた。
「和葉・・・嫌なんか?」
「わ、わたし・・・」
後の言葉が続かない和葉を残して、踵を返すと平次は洗濯場から半乾きの衣類を出して身につけようとする。
そんな平次の後ろから和葉が声をかける。
「・・・・平次、怒った?・・」
「・・・・いや・・・おまえに変な気ィ起こした俺に腹が立つ。 俺・・・帰るわ。」
「平次!!」
思いの他、大きな声に驚いたように振り向く平次に、少しためらいながらそれでもはっきりと和葉は言った。
「平次・・・私 ずっと思てた。 そういうことは平次とって。平次やないとイヤやって・・・ほんまに、そやから・・・・。」
「和葉・・・? ええんか? おまえ」
胸の前で手を組むようにしながら、和葉は小さく肯いた。
相変わらずの強い雨の音が、ガラス越しに聞こえてくる。
オレンジ系のストライプのカーテンを引いた部屋は静かな秘密の空間のようだ。
和葉は心臓が喉の辺りでドキドキ鳴っているのを感じながら、平次に寄り添うようにベッドの端に腰掛けていた。
「和葉・・・」
平次に名前を呼ばれて、一瞬和葉はビクッとする。
「ほんまに ええんか? 俺もう止まれへんで。」
その言葉に 意を決したように平次の目を見詰めながら肯く。
そっと 平次の手が伸びて和葉の頬に触れる。 目をつむる、温もりが近づいてくるのがわかる。
平次の唇が重なったと思うと、緩く開けた和葉の唇の間から舌が差し込まれ和葉の舌先と戯れようとする。
そっとその動きに答えてみるとおずおずとした動きに力が加わり、もつれるように絡めてくる。
その動きを支えられなくなって、平次に押されるように和葉はベッドに背中から倒れていった。
首筋に平次の唇を感じる、くしゃくしゃになったポニーテールがはずれて髪がクリーム色のベッドカヴァーに流れる
ように広がる。
「あ・・・平次・・!」
首筋や襟足、鎖骨の辺りに感じる平次の唇と舌の刺激に耐え兼ねて、和葉は思わずかすかに声をあげる。
固く閉じた瞼が 震えているのが自分でも分かる。
和葉は何ていい香いがするのだろう。
首筋を愛撫しながら平次は思う、いつも一緒にいたのにどうして気付かなかったのだろう。
襟足が長くてきれいだ、生え際の後れ毛も柔らかくいとおしい。
手を服の裾から差し入れ乳房に触れてみる、和葉が少し体を固くするのがわかる。
そのままオレンジ色のシャツを脱がせ、下着を外すとはにかむような乳房があらわになる。
和葉はどちらかというと小柄で華奢だ。
まだ少女の面影を残しているその乳房に平次は唇を押し付け、淡い色の乳首をそっと吸ってみる。
「あ・・・」
和葉はまた小さな声をたてると、手を伸ばして平次が羽織っているシャツを外そうとする。
それに合わせて、和葉の上に重なったまま平次はシャツから腕を抜き、その腕で和葉を抱きしめる。
平次の体の温もりを直に感じて、和葉は肌の滑らかな感触に恥じらいよりも驚きを覚える。
「和葉・・・好きや」
耳元で平次の声がする、でも答えられない、ただ背中に廻した腕に力を加える。
平次の手が和葉の腹を伝って黄色いスカートの中に滑り込んできたかと思うと布の擦れ合う音を立てながら、
スカートは和葉の脚を滑り落ちて行く。
「あ・・・」
腰の辺りを愛撫すると、和葉はまた小さく声をあげる。
平次は左手で和葉の頭を抱え込むようにして、軽く開かれた口もとにもう一度唇を押し当てると右手を腿の付け根
に滑り込ませる。
しっとりと滑らかな感触が平次の指に伝わってくる。
和葉の体が微かに震える。
なんだか船の上にいるようだ・・・頭がフワフワする。
和葉は平次の性急な愛撫を受けながら考える。
何とか浮き上がろうと水の中でもがいている感覚。
体の奥深くに今まで感じたことのない感覚が起き上がって来る。
和葉は柔らかな猫のようだと平次は思う。
しなやかで滑らかで、そして命の輝きに満ちている。
吸い付くように自分を受け入れていく和葉。
白い喉、波打つ胸、小さく震える顔を隈取る艶のある髪、細い指先の下でシーツが奇妙な形にゆがむ。
「平次ぃ・・・!」
和葉が名を呼ぶ、平次は止まらない。
一気に上り詰めると、和葉の胸に額を押し当てるように崩れおちていった。
雨の音が再び二人の耳に戻ってくる。
ぐったりと、和葉の横にその体を投げ出して平次はもう一度和葉を見る。
和葉も平次を見て緩く微笑む。
平次は和葉の乳房に手を当てながら微笑み返す。
「和葉、こんなことになってしもて・・・・悪いな。」
「なんで そんな事言うの? わたしのこと好きやからこうしたんとちゃうの?」
「そんなん、当たり前や、そうやなかったらこんなことせえへん。」
「そやったら 謝らんといて。 な?」
「和葉・・・・!」
見詰める和葉の目にいとおしい光を感じて、その肩を強く抱きしめる。
幼い時からいつも一緒だった。
でも、今では和葉は自分よりもこんなに華奢で頼りなげに思える。
ずっとこうして抱きしめていこう。 平次は心の中で繰り返し思う。
「平次・・・・コーヒー飲む?」
腕の中で和葉が、思い出したように聞く。
「ああ、そうやな、そやけどその前に・・・」
「・・・平次・・」
平次は和葉を強く引き寄せると唇に頬に額に首筋にキスの雨を降らせていった。
雨の音は窓の外の世界から二人を引き離し、長い時をかけて育んできた二人の思いを永遠へと導いていこうと
しているカのようだった。