Red Sensation
帝丹高校には不思議な伝統がある。
入学したての1年生の歓迎会と称しての運動会が新学期早々行われるのだ。
イベントというのは、どんなものにしろ心が浮き足立つ。
「楽しみだね」
隣を歩く新一に言うと、
「どうせアレだろ?運動部が勧誘のためにイイトコ見せようってそういう魂胆なんだろうな」
「…え?そうなの?」
「多分な」
「へぇ…、でもさ、このプログラム見ると楽しそうだよねぇ。新一は何に出るか決めた?」
「ああ?」
「やだ、ちゃんと見てないんでしょ?選択出来る種目があってね…」
新一は興味なさそうに大欠伸をした。
そんなこんなで新入生歓迎運動会の日は訪れた。
確かに新一の言う通り、運動部のアピールもその目的の一つだったらしい。蘭は空手部のその妙技に目を輝かせていた。
この運動会はお遊びめいたモノも兼ねていて、例えばコスプレ徒競争(注:途中謎の袋に用意された何かの衣装を着て走らなくてはならない)などは毎年好きな者にはたまらない競技となっている。そして、今回新一が「かったりー」などと呆けているうち出ることになった借り物競争、これもまたただの借り物ではないと噂されている。…が、その詳細を一年生はまだ知らなかった。
蘭はといえば、すっかりコスプレに翻弄されたらしく楽しそうにスタート地点についている。
「よーいドンっ!!」
トップを切って走った先に謎の袋。トップなので選ぶ権利がある。これが妙に小さいとひょっとしたら水着か何かかもしれないと噂で聞いたので、一番大きい袋を取って、その先の簡易着替え室に入った。
中身を確かめる。
うわ。…一体どこから調達してきたんだか、そこには純白のウエディングドレスが入っていた。
と、とにかく競技中よ、と気を引き締めて着替えはじめて、颯爽とグランドに出てゴールに向かって蘭は走った。
周囲のざわめきにも気づいていたものの、逃げるように走りきるしかなかった。
「…ああ、恥ずかしかった」
とゴールしてみたらやはり一位で。
更にこの競技には特典があった。…この運動会の終了までそのまんまの姿でいることが許される…そんな特典が。
あとからゴールしてくる面々を見て、あちこちで笑いが巻き起こる。
さすがに水着はなかったようだが、きわどいコスプレはあったようで。セーラームーンがいる。着ぐるみのピカチユーがいる。着ている当人がなんだかよくわかっていないコスプレもあるようで、「?マーク」をつけて走る様が笑いを誘った。
そんなこんなで最後の種目、新一が出ることになっている借り物競争がはじまった。やはりこれも遊び心が満ちていた。ただではすまない新入生歓迎運動会なのだ。
それよりも。新一は先ほどのコスプレ競争からこっち、ドレス姿の蘭を直視出来ないでいた。いや、気持ちとしては見たいと思うのだが、変に意識してしまって目のやり場に困ってしまう。一体この気持ちはなんなのか、自分でも不思議でならなかった。…いや、要するに直視出来ない癖に気になって気になってたまらないから心穏やかではないのだ。
そわそわしているうちに順番が来た。
ここは気楽に、と走り出した。50メートルほど走ると封筒が置かれている。そこに書いてあるものを借りてゴールすればおしまい…。ただそれだけだ。と、封筒から中身の紙を取り出した。
そこに書かれてあったのは…。
おいおい冗談が過ぎるんじゃねーか?
こんなのばかりなのか? ええ?
周囲の男4人を見ると一様に「マジかよ」な顔をしている。
…ったく、コスプレにしても、これにしてもお遊びが過ぎるって。
上級生にいいようにからかわれてるとしか思えない。
少々不機嫌になりながらも新一は競技を続けた。
探さねば。ぐるりの観覧する生徒たちを眺める。
探す探す探す…。
…いたっ。目立つ格好してくれてて助かるぜ。
よし。と走り出す。
「蘭ーっ!!」
叫んだが、そんなものは観客席の応援の激しい声にかき消されてしまう。だからもう一度、
「蘭ーーーっ!!」
叫ぶ。
やっと気づいた蘭が「わたし?」と自分を指差す。
周りのクラスメートたちが囃し立てるのも気にせず、新一は蘭の手首を掴んでトラックまで引きずり出す。
「なになになに?借り物競争なんでしょ?何がいるの?」
慌てる蘭に、新一は頬を染めつつ答える。
「ハチマキ…赤い奴、ないか?」
「え?ハチマキがいるの?」
「そ」
「なら、そう言ってよね。もうっ!!」
振り返って蘭がクラスメートに赤いハチマキを要求している。新一を世話の焼ける奴だと内心やれやれと思いながら。
一つ、赤いハチマキが放り投げられた。
「サンキュ」
新一の手にそれが渡って、蘭は席に戻ろうとするが、また新一はそれを引き止める。
「待て」
「なによっ。まだなんかあるの?」
怪訝にそう言う。
口で説明するよりもと新一は即座にそのハチマキを蘭の足と自分の足とに結びつけた。
「え?」
戸惑う蘭。
ギュッと結ばれてそれは固定された。
「なんなの、新一…」
答えは簡単。
「二人三脚」
「…?」
「よし、走るぞ。真ん中からだ、行くぞ」
「ええっ!?」
もう有無を言わせない。
二人は走り出した。
蘭はウエディングドレスだから、その裾を両手で引き上げるので手一杯。だから必然的に新一は走りやすいようにと蘭の肩を抱く。
見え隠れする赤いハチマキ。意外にも、その息のあったコンビネーションに、二人が二人三脚だということすら忘れそうになる。
トラックを走りながら、二年生三年生たち上級生の席の前を通り過ぎると、囃し立てる声と口笛が響いて拍手喝さいだった。
そして見事ゴールイン!!
「よしっ!!」
ゴール出来て、とりあえずは一位だったことに新一と蘭は二人喜び合った。思った以上に蘭が喜んではしゃいでいるので、それが新一にはうれしかったりするのだ。
と、声がかかる。
「君たち、競技はまだ続いてるんだから、ホラ、1の旗のところに並んで待つように」
そしてそのまま旗の下で二人──。
突然蘭が聞く。
「あ、そういえば、借り物って……その紙に何が書いてたの?」
新一はハッとしてその封筒を後ろ手に隠した。
「あーっ!! 協力してあげたのに〜!! 見せなさいよねっ!!」
奪い取ろうとして、でも新一はそうはさせなくて。
最後の手段としては、
「よし、じゃあ、教えてやるからこの手品のタネを当てろよ?」
「えー?何よそれ」
「まぁまぁ…。ホラ、ちゃんと見てろよ。ここに一枚の紙があります。これを、こう……小さく破いていきます。はい、小さく小さく」
蘭は何がどうなるのかと目を皿のようにしている。
「そして、」
新一は小さくなった紙を右手に握って空に向かって放り上げた。
「わっ!!」
蘭は驚いて空を見る。
降ってくる紙吹雪は蘭の頭上に…。
ちらちらちら…。
しばらく二人で沈黙した。
数秒たってから、蘭が誤魔化されたことに気づき。
「いいわよ、もう!!」
怒ってそっぽを向いてしまい、新一は半分ホッとしながらもため息をついた。
「…でもさ」
そっぽを向いたまま蘭が話し続ける。
「赤いハチマキって……それで二人三脚って…運命の赤い糸みたいだよね…」
新一は答えに困る。
「って…ちょっと少女趣味だった?」
そんな蘭に何も答えらないまま競技のすべてが終了した。
各自クラスに戻って、そうして閉会式に入る。
その間も、新一の借り物競争については話題の的だった。
その紙になんて書かれていたのか──。
同じ借り物に出た他の生徒たちが自分たちのモノを見せては「見てくれよ、こんなんだったんだぜ?」などと苦笑している。
例えば、
『今がチャンスだ告白ターイム!! 好きなあのコをおんぶしてゴールイン!!』
あるいは、
『年上の素敵な彼女を見つけて、さぁ、お姫様だっこでゴールしてくれっ」
おおよそこんなノリである。
稀にごくフツーの借り物ネタも混ざっているが、どちらかと言うと、それは「ハズレ」くじみたいなものだと上級生たちは言う。
そして。閉会式の折、どこからともなく聞こえてくる噂話に新一はピクリと反応した。
「なんでも帝丹の伝説らしいぜ?」
「ああ、運命の赤い糸って?」
「そうそう。将来必ず結ばれるってか?」
「まーた、冗談ばっか」
「でも歴史は物語るって言ってた」
「へぇ、じゃこのネタ毎年やってんだ」
「でも、一通だけらしいよ、このネタ」
「上手く引き当てても相手がいないんじゃ意味ねーじゃん?」
「だからこそ伝説なんじゃないっ」
話の続きを聞きたくて聞き耳を立てていると、同じように蘭も聞き耳を立てているのが目に入る。
新一は、「やべぇ…」と内心焦る。
そして噂話の続き。
「赤いハチマキで二人三脚ねぇ…」
…あ、言ったよ、コイツ。
新一は蘭の反応を見る。…と視線が合ってしまう。途端、頬を染めてそっぽ向かれてわけがわからなかった。
『さぁ、運命の赤い糸で彼女をゲットっ。赤いハチマキで二人三脚、一位でゴールすればきっと二人は結ばれる!!』
紙に書かれてあった文面ならもう覚えていた。…恥ずかしいことを考える奴がいるもんだとあきれるばかりだ。
新一は、それでも咄嗟に思いついたのが蘭だったことに一番動揺していた。グラグラと何かが崩れ落ちるみたいな感覚。確かだったものが不確かになっていく。…掴んでいた何かが、手のひらの隙間から零れ落ちていくような、そんな感じ。
新一の耳に不意に流れていく蘭の声。
──赤いハチマキって……それで二人三脚って…運命の赤い糸みたいだよね…。
あの時、ドキリとした。
本気でその運命って奴、信じたくなるくらいに。
それもこれもみんなみんな…。
オレ、蘭のことが──。
***
お祭騒ぎが終わって日が暮れて。
いつものように新一と蘭は並んで下校する。時に邪魔が入るが、蘭は全く気に留めていない様子だ。
今日もまた。
「らぁ〜ん!!」
手を振り追いかけてくるのは鈴木園子だ。
二人の真ん中を割って入って、おもむろに空手チョップのフリを決めた。
「なによ、それ〜!!」
その仕草に蘭が笑う。
「あんたたちの赤い糸を今すっぱり切ってあげたのよ、この園子さまが!!」
園子はふんぞり返って新一を見た。
二人とも避けていた話題をいきなり振られ、二人して動揺してしまう。
たちまち新一も蘭も顔を真っ赤に染めた。
「なになになに?二人とも真っ赤になっちゃって…。…え?…もしかしてマジで赤い糸効果!?」
ここに園子がいてくれてよかった…、この時ばかりはそんなふうに思う新一だった。
恋は不安をかき立てる。失いたくないと思いはじめると臆病にすらなるもの。幼なじみゆえ、自覚できていなかった新一が、とりあえず今のままでいい──そう思ってもそれは仕方のないこと。
思った以上に新一の悲運が続くことを、この時の新一はまだ知らなかった──。
おしまい
*さ、さて、いかがでしたでしょう?リクしていただいたサイコロさんに強引に捧げます。遅くなってごめんなさいでした〜。こんなんで許してくれますか?(ななみん)